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再会②

「エディアス様……」


 わざわざ古い手紙を引っ張り出してきたのは、昔と自分は変わっていなくて、恨んではいない──そのように、伝えようとしてくれているのだと信じたかった。


「ありがとう。ティモシー。あなたが手紙を持ってきてくれたおかげで、決心がついたわ」

「え、何かそんな大層な事が書いてあったのですか?」

「男と女の話にお前が口を出すんじゃない」


 手紙を覗き込もうとしたティモシーの頭を、アルフォンスが叩いた。遠慮なしの雰囲気は、確かに兄弟らしくて、少し笑ってしまった。


 馬車は程なくして、ラング領に到着した。


 貧しいと言われている地域だけれど、行き交う人の数は少なくない。


「……思ったより人が居るのね?」

「行き場のない人間が最後に救いを求めてたどりつく。それがラング領です」

「エディアス様、無理して受け入れちゃいますからねえ……」


「お人好しも、行きすぎると愚鈍だ」


 カイルのからかいに、ティモシーとアルフォンスの二人はむっとした表情を作った。


「カイル、妖精の常識はわからないけれど……親を侮辱されていい気がする人はいないわ」


「なるほど。カイルのかわりに、私がメモをとっておきましょう。……と思いましたが、私達はなにも持っていないのでした。そこの小さい方の神官、私達に筆記用具を貸しなさい」


「妖精に貸しを作ると助けて貰えるって本当かなあ……」


 ティモシーはぶつくさ呟きながらも、カーレンのために荷物から筆記用具を取り出した。


「仲良くしてちょうだいね」


 人が一人増えただけで随分と賑やかになるものだ。彼らのやりとりに耳を傾けていると、周りの景色は街道から村へと形を変えてゆく。


 ……この地を訪れるのは、始めての事だ。年がら年中水不足にあえいでいるせいか、全体的にぱさぱさとして殺風景だけれども、王都の近くよりはずっと人々の目に光があるように感じられた。


 やがてたどり着いた領主の屋敷は古びてはいるけれど清潔で、王都とは違ってすがすがしい緑の香りがした。ティモシーの言うことには、砂漠地帯からやってきた乾燥に強い植物を植えてあるらしい。


 庭先や屋敷の中には子供が沢山いて、まるで学校のようににぎやかだ。


「さあ、アリア様。中でエディアス様がお待ちです」


 その言葉にドキリとする。彼と会うのは五十年ぶりだ。……意識が戻ってから、私が出会ったのはその間に生まれた人ばかり。当時を知る人……老いたかつての知人に会うのは初めてだ。


 ……怖い。


 変わっていないハズはない。失った時間の重さを、エディアス様に会うことで私は本当に受け入れなくてはいけない。


「アリア様。大丈夫ですか?」

「ええ、平気よ」


 そう言いながらも、私の足は震えていた。


 ──ラング領にて、君を待つ。


 手紙には確かにそう書いてあったじゃないか、と自分を奮い立たせて、屋敷に足を踏み入れる。


「こちらへどうぞ」


 飴色の渡り廊下を通り抜け、ティモシーに案内されたのは応接室ではなく執務室だった。エディアス様は老齢にさしかかった今でも、毎日働き詰めで、執務室にこもりきりなのだと言う。


「お邪魔ではないかしら?」


 出迎えにきては貰えないのだ、目が回るほど忙しいのかもしれない。


「アリア様がいつ来るか分かってしまうと、何も手につかなくなった上に緊張で心臓が止まりそうだから、直前になるまで言わないでくれ、と頼まれていたのです」

「あなたがそう言うなら、信じるわ」


 ティモシーは「でも、そんな事を言うとちょっとかっこ悪いかな……」とエディアス様の秘密を暴露してしまった事を反省したように頭を掻いてから、気を取り直したように控えめにドアをノックした。


「誰かね?」


 ──エディアス様!


 扉の向こうから優しげに問いかける声がして、思わずびくりと体をすくめた。心臓が早鐘を打ち、額から汗が噴き出てくる。本当に、このドア一枚を隔てたところに今のエディアス様が居るのだ!


「ティモシーです! 聖女様をお迎えし、先ほど戻りました」


 ドアの向こうからでも、息をのむ気配がした。……それから、しばらく沈黙が続いた。


「あれ、もしかして、緊張しすぎて倒れてしまったのかな?」

「えっ、そ、そ、そんな……っ」

「ではアリア様、あとはよろしくお願いします」


 ボクはお茶を出して貰えるよう、頼みに行きますので──ティモシーはさっさとその場を離れてしまった。五十年ぶりの対面は、二人でどうぞと言うことだろう。


「し、失礼します……」


 恐る恐るドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を押し開く。緊張して、まっすぐ前を見ることができない。


「あ、あの……お久し、ぶり、です……」


「アリア・アーバレスト嬢。久しぶりだね」


 俯いたままの私のつむじに、ゆっくりとエディアス様の言葉が降ってきた。声の張りはいくぶんか失われていたけれど、やさしい声色は当時のままだった。


 顔を上げると、彼は窓を背にして、背筋を伸ばして立ち、私をまっすぐに見つめていた。手元には、大事そうに熊のぬいぐるみを抱きかかえている。どうしてだろう、孫娘へのプレゼントかなにかだろうか。


「あの……」


 視線を戻して、違和感に気が付く。この男性は、エディアス様ではない。背格好やまとう雰囲気はよく似ていて、一瞬年老いたエディアス様かと思ったけれど──。


「エディアス様は、どこ……」

「ここにいらっしゃいます」


 ゆっくりと男性の口から聞こえてきた声は、やはりエディアス様とは別だった。


「僕は、ここだよ」


 ──エディアス様の声が、ぬいぐるみから聞こえた。

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