アリアとエディアス①
「ちっ、魔力なしか。政略結婚してこれとは、神はどこまで私に意地悪なのか」
一番古い記憶は、父が私という存在に失望した瞬間。
私は身分こそはアーバレスト公爵家の長女として生まれたけれど、公爵家の人間に多い亜麻色の髪と深紅の瞳、どちらも受け継がずに生まれてきた。
両親は愛のない政略結婚だった。母は珍しい魔力持ちとしての才能を買われて公爵家に輿入れしたが、出産により魔力を失い、しかもそこまでして産んだ子が何の役にも立たない事が発覚すると、用済みとばかりに家を追い出された。
私は「いつか何かに使えるかもしれない」ただそれだけの理由で、生きながらえる事ができた。けれど扱いは使用人の子とそう変わらなかった。
物心ついた頃には、父の愛人だった女性が継母として公爵家にやって来た。彼女は亜麻色の髪で、深紅の瞳の天使のように可愛らしい女の子を──それもとびきり強力な魔力を持った子供を産み、めでたく公爵夫人となったのだ。
小さなシェミナに愛おしげに頬ずりする父の姿が、今でも目に焼き付いている。
彼女は愛されるための全てを持っていたし、私は持っていなかった。
私はアーバレスト家の長女として扱われることはほぼなく、冠婚葬祭やお披露目の場からは除外されることがほとんどで、来客のある時は暖房の入らない屋根裏部屋で一人遊ぶことが多かった。
姉妹格差は年々広がるばかりで、時が経つにつれ、シェミナはますます美しく、魔法の才能は持て余しているのでは、と言える程だった。私は学校に行くことが許されず、掃除や洗濯などの雑用をして日々過ごしていた。
やがて成長したシェミナは社交界の華としてもてはやされるようになり、屋敷にはひっきりなしに見合いの手紙が届くようになった。
「お姉様、お茶を持ってきてちょうだいよ」
その日は王都で評判の公爵令嬢を訪ねて、二人の王子がわざわざアーバレスト公爵家を訪れていた。
私はシェミナの遊び道具であり、雑用係でもあったので、用事を「お願い」される事が多かった。断れば意地の悪い奴だと言われ、引き受ければなんだかんだと理由を付けてとろくさいと言われるのが常だったけれど、私にはただ状況を受け入れる事しかできなかった。
「わかったわ」
だからいつも通りにそう答えた。
「約束よ。三時にはかならずね」
シェミナは満足げな笑みを浮かべると、私を部屋から追い出して扉を閉めた。その時は、王子をお茶会に招くことが出来る自分を見せつけたいのだ──その程度の想像しかしていなかった。
三時になる少し前、私はお茶の用意をしてサンルームへと向かった。そこでは三人の男女が談笑していた。一人はシェミナ。もう一人は彼女に夢中だと言う噂のホアキン殿下。そして最後の一人は──第一王子である、エディアス様だった。
「もう。待ちくたびれたわ。二時半にお願いねとお伝えしたのに」
シェミナが唇を尖らせた。三時と二時半だなんて、どうやっても聞き間違えるはずはないし、指定してきたのは彼女だ。けれど、反論は何も意味をなさない。
「申し訳ありません」
私は慌てて謝罪の言葉を口にしながらテーブルの上にティーセットを置いた。二人の王子はきっと、私が時間にだらしない女だと思っただろう。
「失礼いたします」
「待って」
入り口にワゴンを置いてすぐ踵を返してその場から立ち去ろうとすると、シェミナに呼び止められた。
何か粗相があったのかとおずおずと振り向くと、シェミナは予想もしなかった事を口にした。
「ホアキン様、こちらは私の姉です」
シェミナが親切で、あるいは理由もなくそんな事をするとは今までの経験から考えられない事だった。何しろ、父であるアーバレスト公爵が私の事を「一家の恥」として扱い、外に出さないようにしているのだから。
「え……」
私はシェミナが何を考えているのかわからず、その場に立ちつくした。二人の王子は、どうしたものかと、互いに目くばせをしている。
「その……シェミナ、君には姉がいたのか?」
ホアキン殿下は私を足の先から頭のてっぺんまで眺めてから、怖々と言った様子で口を開いた。王子達に紹介されるとは思っていなかったので、私はいつもと同じ、使用人と同じワンピースを着ていた。それだってお下がりの、くたびれたものだ。突然こんな女を姉ですと紹介されても困惑するのは当たり前だ。
「そうなのです。お姉様ったら変わり者で……いくら言っても、令嬢としての教育を受けようとはしないのです。……ほら、お姉様、一緒にお茶をしましょう?」
シェミナの美しい爪からほんの一瞬小さな光が出て、私の体を強く引き寄せた。強い魔力に私が抵抗できるはずもなく、よろよろと倒れこむように、空いた椅子に腰かける。
「さあ、お姉様。どうぞお飲みになって」
お茶の出し方は知っているけれど、もてなされる方のマナーなんて、誰にも教わったことがなかった。
私はとんでもなく不格好で、みっともなく三人の目に映っているだろう。そう思うと、ますます背中は丸まって、このまま消えてしまいたいとすら思う。
「シェミナ嬢に姉がいるとは思わなかった。私はエディアスだ。よろしく」
「あ……アリアで、です」
エディアス様から差し出された手を取ろうとした瞬間、視界の端に、魔法で作られた糸が、くいと私の手前にあったティーカップをひっくり返すのが見えた。
「あっ……」
ティーカップは床に落ち、無残に砕け散り、私の肌にやけどと、ワンピースに染みを作った。わざわざ父が今回の顔合わせのために取り寄せた最高級品だ。その件で私はお叱りを受けるだろう。たとえ、原因がどこにあったとしても、だ。
「いやだ、お姉様ったら。エディアス様は王子殿下でいらっしゃるのよ? もっとしゃんとしてくださらないと」
「も……申し訳ありません。お見苦しいところを。失礼いたします……」
シェミナは私を辱めて、自分が優しく、優秀な令嬢であることを王子たちにアピールするのが目的だったのだ。
温室を出て、よろよろと座り込む。熱い茶を被った手の平は、赤くなっていた。早く冷やさなければ──と思うのだけれど、どうにも体が竦んでしまった。
「お姉様と呼んではいるけれど、彼女は本当は愛人の子供で、うちの子ではないの」
植え込みにうずくまった私の耳に、シェミナの作られた優しげな声が聞こえてくる。
「ほら、だって、外見が全然違うでしょう?」
シェミナには不思議な力があった。魅了の魔力だ。
皆、彼女の言うことを疑いもなく信じてしまうのだ。いつの間にか、私が愛人の子で、シェミナこそが正しい正妻の子だと言われ始めるようになってから、もう随分と時間が経っていた。
「でも、そのように産まれたことに、罪はないのだもの。だから私はお姉様と呼ぶのです」
「シェミナは優しい子だな」と、ホアキン王子が褒める声が聞こえた。
泣きそうになりながら、それでも泣かないために唇を強く噛む。
涙は嫌いだった。だって……泣いてしまえばシェミナはもっと、理由をつけて私の自尊心をさらに傷つけようとするから。だから、泣いてはいけない……。
「大丈夫かい?」
急に声をかけられて、びくりと体が震えた。




