11枚目・剣の道に生きるということ⑤
小説の構成順番を直すために投稿し直しました。
2024年7月15日
服を着た猫
頭を切り替えて剣道の試合をする。
そのつもりだった俺だけど、結局、俺のせいで泉美が死んでしまうという事実が、頭から抜けることが無かった。
結果的に、そのことで頭がいっぱいになった俺は剣道大会で大将を任されたのに、一勝もすることが出来なくて、先輩たちの花道を台無しにしてしまった・・・
俺が悪いんだ・・・先輩たちに花道を用意できなかったのも・・・泉美が長生き出来ないのも・・・
「俺のせいだ・・・俺のせいで・・・」
「そうよ!!アンタのせいよ!!
アンタのせいで先輩たちは―――」
「そこまでだ!!」
突然の大声に、怒っていた泉美も、落ち込んでうつむいていた泉水も、同時に声の方へ視線を向けた。
「舞先輩・・・」
「何ですか!?舞先輩!!」
ポツリとつぶやくように声を発した泉水と、収まらない怒りのまま返事をする泉美。
そんな彼らの視線の先には、青いジャージに身を包んだ舞が、腕を組み仁王立ちしていた。
舞は2人の顔をそれぞれ見ると「ふぅー」と小さくため息をついた。
「口喧嘩もほどほどにしなければいけないぞ!忘れているかもしれないが今は部活中だぞ、周りのみんなの邪魔になるだろう、声は控えろ」
舞にそう言われ2人は周りを見た。
そこには部活メンバーたちの怪訝そうな顔が少々、ほとんどは何事かと興味津々そうな顔が並んでいた。とはいえ舞の言う通り迷惑なことは確かだと感じた2人はバツが悪そうな顔で顔を見合わせた。
「すいません」
「ごめんなさい」
泉水と泉美がそれぞれ謝ると、舞は小さくうなずいた。
「素直に謝る姿勢は宜しい、だが、部活動中だということを忘れていたのは良くない。
2人で言い合いをしているから、しっかりと稽古をしているのだと思っていたら、口喧嘩とは・・・」
呆れ顔の舞に、泉美は少しムッとした様子で言った。
「だって、泉水が剣道の大会で一勝もできなかったのは、調子が悪かっただからだって言い訳ばっかりするんですもん!!」
「それで怒っていたのか・・・剣道の大会というのは、この前の県大会だな。確か春野君が一勝も出来ず、剣道部としても優勝はおろか全国大会への切符を逃した大会だった」
「そうです!!」
舞の話を聞いた泉美が勢いよく答える。
「ただ勝てなかっただけならまだ良いけど、大将を任されたのにボロ負けしたんですよ!!しかもあんな弱小校に!!
それで結果的に引退する先輩たちの最後の花道を台無しにして、ほんと信じらんない」
叫ぶように舞に訴えかけてくる泉美の言葉を、舞は目を閉じして小さくうなずきながら聞いていた。
そして、泉美が話し終えるとゆっくり目を開けて、ゆっくり丁寧に話し始めた。
「なるほどな・・・水輝君の言い分は分かった。確かに春野君が一勝も出来なかったことも、わが校の団体戦が惨敗で終わり、我々三年生の最後の大会があのような結果になってしまったのも、残念ではある。
残念ではあるが、春野君には春野君の事情があって、一勝も出来なかったのだろうし、団体戦については春野君の不調を補えなかった我々の責任でもあり、それを春野君1人に押し付けるのは如何なものかと思う」
「確かに・・・そうですけど・・・でも」
納得がいかないと反論しようとする泉美に、舞はさらに話を続ける。
「我々は全力を賭けて勝負に臨んだ。そして、負けた・・・
ならばその負けを素直に受け止めるべきだろう」
「負けを素直に受け止めるって!!それじゃあ負けるのも仕方ないから諦めろ、ってことですか!?」
舞の言葉に噛みつく泉美に、舞はゆっくりと首を横に振る。
「いや、負けることが仕方ないと考えるのは、勝負を挑む時点で負けることを念頭に置くようなもの。
勝負する前から負けることを考えるなど、勝負する前から負けているようなものだ。
勝負する時は常に勝つことを念頭に置く、そうして勝負に臨み、それでも負けてしまったらその時は負けを素直に受け入れる。それが勝負だ」
「でも、負けた結果、先輩たちの最後の大会は負けで終わっちゃった。
先輩たちの思い出の最後が負けで終わっちゃったんですよ!!
そんなの許せる訳ないじゃないですか!?」
「ふむ・・・剣道部に所属している訳でもなければ、長くこの高校に通学している訳でもない君がなぜそこまで我々3年生を念ってくれるのか謎だが・・・」
「そ、それは・・・」
舞の問いに泉美は返答に詰まる。
理由など決まっている。
剣道部には兼部とはいえ所属している泉美にとって、異世界の住人であり彼らにとっては泉美という人間には認識が無いだろうが、泉美にとっては共に汗を流した先輩たちと同じ顔をした人物、世界が違えども大切な仲間と同一人物にしか見えないのである。
そんな人たちが迎えた最後の大会、特別な感情を持つなという方が無理であろう。
だからこそ、ここまで熱く、深く、関わりたいと思えた、だから許せなかった。
自分と同じ思いであるだろう泉水が、調子が悪かった、仕方なかった、そんな言葉を並べて、先輩たちの花道を台無しにした理由にしていることを、どうしても許せなかったのだ。
「・・・まぁ、この学校の一員にいち早くなりたいと思う一心からなのだろうが」
泉美が答えられずいる間に、都合よく舞が理解してくれたようで、目を閉じて小さくうなずいている。
その様子に泉美は心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「何はともあれ、水輝君の言い分は分かった。
だが、我々3年生を思ってくれたからこそ、そのことに怒りを覚えるのは間違っているな」
「なっ、何で、ですか!?」
予想外な舞の言葉に、泉美は憤りを隠せず、思わず大声が出てしまった。
そんな泉美のことを無理やりなだめるようなことはせず、舞はゆっくりと理由を語り始めた。
「あの試合を最後に、剣を置く3年生の最後を華やかに飾ろうと思ってくれたことは、素直にうれしく思う。
だが、それは他校も同じだとは思わなかったかな?」
「他校・・・他の高校も同じ・・・」
「そうだ、我が校にあの大会を最後に、剣を置くことを決めた者たちが居るように、他校にもあの大会を最後に、剣を置くことを決めた者たちが居ただろう。
そして、残された者たちは、去り行く者たちに、最後の餞をしたいと思っていたに違いない。
我が校だけではないのだ、すべての高校が同じ思いを胸に大会に臨み、多くの高校が願いをかなえることなく散っていった。
ならば、願い叶わなかった我々に出来る事は、恨み節を言うのではなく、願いをかなえたことを祝福することではないか。
少なくとも私はそう思う」
「それは・・・そうかもしれないですけど・・・でも!!」
「これは今回の大会に限った話ではない、どんな大会でも同じだ。
剣術でも、格闘技でも、陸上競技でも、野球などの球技でも、音楽である吹奏楽でも、合唱でも、勝負の世界に身を投じたのであれば、そこには必ず、勝者と敗者が生まれる。
勝負に挑んだ者へ与えられるのは、歓喜か悲嘆、二つに一つしか掴めない宿命、ならば敗者に出来る事は、次こそは勝つという強い決意と、自らを負かし勝者となった者への最大の賛辞ではないか?」
舞の言葉に、泉美は何も言えずに下を向いてしまった。
「我々3年生のために怒ってくれたことには感謝する。だが、そのために相手の実力を過小評価し、あまつさえ馬鹿にするようなことは、するべきではなかった。
決闘に臨んだ武士は斬られ、敗れる瞬間に「見事!!」と言って、自らを討った相手を称賛して散っていったという。
少なくとも我々剣に生きる者としては、その精神を忘れるべきではなかったのではないかな?」
そう言うと舞は、泉美の肩を【ポンポン】と叩き、その場を去っていった。
一方、泉美はただうつむき、立ち尽くすだけだった。
<おまけ>
「そう言えば・・・」
思い出したように声を発した泉水は、自分たちのもとから立ち去り、歩き去ろうとしていた舞を追いかけ声をかけた。
「何で舞先輩が俺たちの口喧嘩を止めに来たんですか?
普通そういうのは顧問のマリア先生の仕事じゃ?」
「う、う~ん・・・それがなぁ~・・・」
泉水の質問に、舞は立ち止まり少し困ったような顔で唸ってしまう。
「君たちの口喧嘩でマリア先生が原因だという台詞が聞こえたとかで、向こうでの・・・・」
そう言いながら舞は体育館の端を指さした。
そこにはうずくまり明らかに暗いオーラを纏ったマリア先生とその周りに詰めかけている部員が数名居た。
「落ち込んで現実逃避されておられる・・・」
「せ、先生・・・」
余りの光景に、驚きを通り越して泉水は哀れささえ感じてしまい言葉を失ってしまう。
舞はため息交じりで話を続ける。
「落ち込んでいる先生を、私を含め数名の部員たちで慰めていたのだが、そのうちに君たちの口喧嘩の熱を帯びていくのが聞こえてきてな。
本来であれば先生に頼むところなのだが、あの様子では先生に仲裁を頼むことも出来ず、仕方ないので、私が代わりに君たちの仲裁に来たという訳だ」
「それは・・・なんというか・・・ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした・・・」
そう言って泉水は頭を深々と下げた。
そんな様子に舞は苦笑いを浮かべ、肩を【ポンポン】と軽くたたくと、そのまま落ち込んでいるマリアのもとへと歩いて行った。
≪登場用語説明≫
Lalan
分類:メッセージアプリ
会話をするようにメッセージを送り、表示することが出来るメッセージアプリ。
メッセージの代わりに、スタンプと呼ばれるイラストを送ることも出来る。