083 わたくしの誤算でしたわ
推古してないのであとで多少直すかもしれません。
崩れる遺跡の中、次にどうするかを考える。
本来の目標、ジェイドの足止めはすでに達成されている。だからさっさと町に戻ってアリスちゃんの容態を確かめたいところなんだけど、遺跡の下はまだ見えない。ゴブマロに抱えられて飛んでるなら、さっさとそのまま町へ向かえと思われるかもしれないが、ゴブマロはそこまで高く飛べるわけじゃない。
低い高度に浮遊して、ブーストかけて移動するという感じなのだ。
イリスですらできない飛行魔法を、ゴーレムごときに出来るはずが無いのである。
だから底にたどり着かないと空中であっても留まれない。
ん? ブーストは魔法じゃない? いやこれの動力魔力だから。
「それにしても、底が見えませんわね」
崩れいく遺跡はジェイドのレヴィアタンによってどこまでも破壊されている。
どれほどになるか想像もできない巨体が、魔力体として遺跡の全体に行き渡り、そこで実体化したことにより被害は未踏破区域にまで及んでいるんだろう。
この遺跡から得られるはずだった被害総額とか考えたくない。
「やー本当にぶち壊しましたねぇ~」
「あら、シルシル」
落ちていく僕の横で、いつのまにか栗色の髪をなびかせたシルキーが浮いていた。
なにも不思議なことは無い。ナーチェリアがここにいるということは、シルシルさんにも協力してもらっていたってことだから。
「それでぇ、皆さん落ちてますけどぉ、回収しましょうかぁ?」
「頼めます?」
「了解でぇす」
僕らが落ちていく僕らの先へ、簡素な木製の扉が現れると、一斉に開く。
地味にホラーな光景だ。
その先に見えているのはアリスちゃんの家だ。
「よっと」
そっと着陸に成功したゴブマロの腕から飛び降りると、ゴブマロを球形に戻す。
なげるカプセルとか色々な作品を思い出して胸が熱くなるよね。
「っと」
「ん」
「げふっ」
ナーチェリア、ミゾレ、ジミーの順に残りの三人も出入り口から横方向に落ちてくる。
そう、僕らが落ちた扉は下にあったが、出てきた扉は普通に家の壁についているわけで。着地に成功したナーチェリアとミゾレはともかく、ジミーは盛大に壁へと激突していた。
というか、木製の壁には穴があき、その外までふっとんでいった。
「あーあ、弁償ですわね、これ」
「誰のせいだ誰の!!」
「「「ジミー」」」
まぁ、こんな状況になったのは僕のせいとも言えなくも無いけど。
「で、まだやりますの?」
「何で俺たちがしかけたみたいになってんの!? お前が先に俺たちのこと落としたんだよな!?」
そういえばそんなこともしたっけ。
仕方ないじゃないか、正々堂々ジェイド、ジミー、ミゾレの三人を僕が足止めするだなんて、そんなへそで茶を沸かすような事はできない。
「だって、わたくしはもう目的を果たしましたもの」
「……アリスちゃんは、無事?」
「それを確かめるためにも、一時休戦といたしません?」
「おい、クリスタ。これでひどい事になってたら、俺はお前を許さないからな」
それ言葉は返さず、肩をすくめるにとどめる。
実際のところどうなっているかわからないので、大丈夫と言い切ることはできない。
そこでがちゃり、と出入り口が再び開く。
一瞬警戒するも、現れたのはシルシルさんだ。扉の向こう側では未だに崩壊を続ける遺跡が良く見える。
「お話が終わったならぁ、ナーチェは回収しますねぇ~。こちらの実地訓練もそろそろ終わりなのでぇ」
「あら、大会は終わったの? 結果は?」
「チーム戦組準決勝敗退でしたよぉ。皆さんナーチェに見てもらえなくて残念そうでしたぁ」
皆さんって、あのへっぽこ四人組のことだろうか? 闘技場のある町へ行っていたはずだし、トーナメント形式の大会にでも参加していたのだろうか。
どんなものかわからないけど、準決勝まで進んだならすごいんじゃないか。だってあいつら、洒落にならないレベルで弱かったし。
「あたしはこれで帰らせてもらうわ。悪いわねクリスタ」
「いいえ、助かりましたわ」
「本当ならあたしも結果を見たかったけど、ちょっとあの馬鹿どもを鍛えなおさなきゃいけないから」
……ナーチェとの戦いを思い出す。あの感じで鍛えられたら、そりゃ多少は強くもなるか。そしてご愁傷様。どうやらナーチェ的に準決勝敗退というのは気に入らない結果だったらしい。
「あ、おいナーチェ逃げんな!」
「はいはい。暴れたりしないなら学園に帰ってからいくらでも相手してあげるわよ。行きましょうシルシル」
「は~い。ごめんなさいねぇジミーさん。ナーチェにはサボってた班長としてのお仕事をしてもらわないといけませんのでぇ」
「え、ちょっとこれも一応仕事の内じゃ」
「これはぁ、ナーチェのぉ、個人的なお仕事でしょう~?」
などとわちゃわちゃしながら、頼れる猫耳戦士と家憑き妖精は帰っていった。
今回はあの二人に助けられたな。今度なにかお礼をしよう。
「ったく。しゃあねぇな。さっさといくぞ。ってどこにいんだよアリスちゃんたち」
「広場ですわ」
そうして扉を開き町へ出た僕らの目に飛び込んできたのは、巨大なレヴィアタンと巨大な魔法の剣で戦うイリスの姿だった。
僕らは扉を閉めた。
「なんだあれ」
「……なに?」
「知りませんわ」
怪獣大戦争が繰り広げられているにしては、振動や音が少ない。
きっとレヴィアタンは完全な実態化を解き、イリスも周囲への被害が大きい魔法を控えているんだろう。
……で、なにこれ。
再び扉を開く。怪獣大戦争はまだ続いていた。
「とりあえず、行くか」
「え、やだ」
「行ってらっしゃいませ」
「お前らも行くんだよ!」
何故好き好んであんな場所へ向かわねばならないのか。
しかしあの二人が戦っている理由も気になるので、結局行くことにした。
え? イリスとジェイドの心配? 大丈夫じゃないかな、二人とも強いからうっかり相手を殺すなんてことはないと思うし。そういうのは、弱くて、手加減できない僕みたいなやつが一番やらかすんだ。その僕が大丈夫だったのだから、上位者である二人にできないはずがない。
そして辿り着いた広場は、おびただしい数の人が倒れていた。
大人も、子供も、男も、女も。老若男女問わず地へと倒れ伏している。
あれ? おかしいな、どうしてこうなってるんだ?
「おねえ、さま……」
「コレット!?」
声をかけられ、慌ててそちらへ走る。
コレットも他の人と同じように倒れていたが、幸い怪我はなさそうだ。というか倒れている人たちも、怪我を負っている人は一人も……、明らかに冒険者で、元々怪我してたんだろうなって人を除外すればいない。
近くにはセバスチャンさんも倒れていたけど、いまはコレットに話を聞くのが先だ。
「大丈夫ですの? 起きられます?」
「だ、大丈夫です。魔力の消耗が激しいだけですから。あと、すごい痛かったです」
その言葉に何が起きたかを察する。
恐らくは《魔女狩りの火》に巻き込まれたんだろう。でも何故?
あれは対象を指定し、それを燃やす魔法だ。今回イリスにはその対象として《魔食菌》を宿している人の魔力を指定し、魔力を集めてもらった。
《魔食菌》は人を殺す魔道具ではなく、あくまでも魔力を喰らう魔獣だ。だから宿主の魔力が目減りした状態で《魔食菌》の封印効果が発動すれば容易に回収できると踏んでのことだったんだけど。
「それが、何故かこの場の皆さん燃え出しまして。イリスさん以外」
「いったい何故……。《魔女狩りの火》は所詮《発火》の応用魔法ですわよ。イリスが制御に失敗するはず」
「ん? 何て言ったの?」
横で聞いていたミゾレが、不思議そうな顔で聞いてくる。
そういえば魔法についてはジェイドが知っているからと、細かい説明を省いたんだった。どうせ反対されるのはわかっていたことだし。
「《発火》は特定の物質を指定して燃やせるでしょう? ですから魔力だけを」
「そうじゃない。これを引き起こした魔法名、なに?」
「いえですから、《魔女狩りの火》」
あ、そうか。ここだけ盗用防止に日本語にしたんだった。
ミゾレには聞き取りにくかったかな。
「……まさか、イリスが発音を間違えたからこんな事に」
「いや、お前のせいだろ」
「はい? なんでわたくしですの?」
たしかにこの現状を引き起こしたのは僕、と言えるかも知れない。言えるかも知れないがこれは想定外だ。僕は悪くな、くはないけど困惑しているのは一緒だ。
「呪文も、魔法名も、省略すれば効力が落ちるだろ。それはつまり、意味があって存在してるんだ。呪文を改変することで魔法の効果をいじることだってできる。用はこれ、術者が魔力へ命令してる形なんだが」
突然はじまったジミーの魔法講座に困惑しつつ、頷き返す。
魔法は自分の、或いは外部の魔力へ呪文によって指示をだし、魔法名によって最終的に引き起こす現象を指定する。だからそれを省略するのは難易度が高い。
仕事で考えてみてほしい。上司からあれやってともこれやってとも言われず、無言で目を向けられる。それで上司の求める完璧な仕事をこなす。無詠唱魔法というのはそういうことだ。
「実は固有魔法でもない限り、もうひとり命令するやつがいる」
「それは?」
「魔法の作成者だよ。使うのは術者でも、結局その魔法を作った奴の想定どおりにしか使えないからな。多少の応用は利いても、変えすぎたらそれはもう別の魔法だし」
言われてみればまったく持ってその通りなので、頷いておく。
「んで、今回の魔法なんで《魔女狩りの火》なんて名前にしたんだ」
「それは、だって魔法を燃やすって、それっぽくありません?」
「魔女狩りだぞ魔女狩り! 対象の範囲が拡大解釈されるに決まってるだろうが!」
……説明しよう。
魔女狩りとは16世紀から17世紀のヨーロッパで起きた事件というよりも現象というべきもので、多くの罪の無い人が魔女であるとして裁かれた。もしかしたら一握りの本物がいたかもしれないけど、ほぼほぼ冤罪だ。
つまり、魔法名にそうつけたという事は、そうなるという事で。
いや、あれって地球の一部地域の話じゃん! 異世界に適用されると思うほうがおかしいだろう!?
「と、とにかく、死者が出ていませんのね?」
「はい、それは大丈夫です。すごく、すごく痛かったですけど」
「うっ……」
涙目のコレットに申し訳なさが増す。
この魔法、魔力を燃やすという効果なので、魔力量が多い魔導師ほど持続時間が長く、その痛みも激しくなるのだ。恐らくこの場でもっとも苦しんだのは異常な魔力量を誇るアリスちゃんだろうけど、魔導師であるコレットも相当苦しんだに違いない。
後日、なんらかの謝罪が必要だろうか? 僕はむしろ協力した側だけど、僕が提供した魔法で起きたことだし、女の子を泣かせたのに謝らない男というのは、ちょっと遠慮したい。見た目が女であろうとだ。
「ってそうですわ、アリスは無事ですの!?」
《魔女狩りの火》はいくらひどい結果を起こそうと死人は出ない。それは最初から分かっていたことだ。けど計画ではアリスの魔力が下がったところで回収した《魔食菌》を全て投与することになっていた。
その状態でならアリスの魔力回復量と《魔食菌》の魔力消費量が相殺され、彼女の現状を打破できると踏んだからだ。
けれどそこには賭けの要素も多い。《魔食菌》がもし、アリスの弱った魔力を全て喰らっていたら……。
「お姉さま、アリスは……」
沈痛な面持ちを崩さず、コレットは目を伏せる。
「そんな、まさか」
だからか? だからイリスとジェイドはいまも戦っているのか?
僕が間違えたから、僕が、軽卒にこんな方法を提示したから。
「何やってるのコレットちゃん」
「「「!?」」」
かけられた声の方へ一斉に振り向く僕、ジミー、ミゾレ。
そこには、太陽の光を透き通らせた美しい翡翠色の髪と瞳の少女がいた。
もっとも、その表情は神秘的な容姿に似つかわしくなく、多分に呆れを含んでいたけれど。
「あらアリス。もう大丈夫ですの?」
「うん、平気だよ。それでコレット、なんでクリスタ様にいじわるしてるの?」
「だってあの魔法すっごい痛かったんですよ! ちょっとくらいやり返してもいいじゃないですか! あたっ」
最後のあたっは僕がコレットの頭をはたいた音だ。軽くぺしっとだけど。
そういうところだぞコレット。本当に、本当にそういうところだと!
「いや、ちょっとまて。それじゃあなんであいつら戦ってるんだ?」
ジミーの視線の先では、未だに怪獣大戦争が繰り広げられている。
たしかに、アリスが無事ならジェイドがイリスと戦う理由は無い。
「ああ、アレでしたら、ジェイドさまがあーたんに乗っかったままつっこんで来ようとしたので、イリスさんが迎撃継続中です」
「あーたん?」
「あ、はい。レヴィアタンなのであーたんです」
……話を戻そう。
つまりあの二人は、やらなくてもいい戦闘をしてるのか、街中で。
「あんなもので街中に飛び込むだ、なんて迷惑な人ですの」
「いやだからお前がいうなよ!」
ジミーうるさい。
「ほんとですよね。お兄ちゃん、私のこと心配しすぎです」
「身体のほうは本当に大丈夫ですのね?」
「はい、クリスタ様。この通り」
くるっと華麗にターンをきめて、けれど決めきれずにバランスを崩し倒れそうになるアリス。
それを起き上がったコレットがさっと支える。
「こらこら、病み上がりで無茶しないの」
「あう、ごめんねコレットちゃん。でも私、もうちょっとだけ無茶してみたいなぁって」
「何をする気ですの?」
「ちょっと、お兄ちゃんを止めてきます!」
そういうアリスの全身から美しい翡翠色の魔力が放出される。
どうやら《魔食菌》は予定通り働いてくれているらしく、膨大な魔力による魔法の発動で肉体が傷つけられている様子は無い。
そして彼女は魔法を使う。
膨大な魔力に翻弄された人生において、やっと使えるようになった魔法を嬉しそうな笑顔で紡ぐ。
「《飛行》!」
そしてアリスちゃんは遠く、巨大なレヴィアタンの頭部に乗っているジェイドと、それに相対するため大きな屋敷の屋根に乗っているイリス目掛けて飛んでいった。
「「「「えええーーーーーーー!?」」」」
ジェイド、君の妹さん、やばい。
コメディさんが帰還しました。
レヴィアタン戦をもっとじっくり書きたい気持ちもあったんですが、あれ長引かせるとクリスタが死ぬんですよね。クリスタ、魔法なしでも普通に強い、道具使えば結構強いけど、すごい強いわけじゃないので。
ちなみに《繁殖のネックレス》ですが、ご存知の通り無条件に使いたい放題できるアイテムではありません。そのあたりをピックアップしたお話も用意してありますので、お楽しみに。




