082 VSジェイド 後編
予約忘れてました……いやまだロスタイム!
ジェイドの後方に展開された魔方陣から現れたのは巨大な頭部。
それだけで大型トラックを越えそうなほどの大きさだ。
形状は東洋の龍のような、けれど西洋の竜のような。全体的に鋭利で、鱗というよりも鎧を纏っているようにも見える。
そして長い。
ずるずると、ずるずると。どこまでもどこまでも伸びてくる。
不可思議なのは、その全身はこの遺跡の通路などには収まらず、壁や床にめりこんでいるにも関わらず、そこが破壊されていないことだろう。
明らかにすり抜けている。実体が無い?
翡翠色に満ちた身体は先の《水流の蛇》を思い起こさせる。魔力体なんだろうか?
「随分と大げさなものを呼び出しましたわね。それも召喚ではなく招来だなんて、どこで仲良くなりましたの?」
これが魔物なのか魔獣なのか分からないけど、明らかにランクS相当だ。それを支配せず協力させるだなんて、ブリューナク家の固有魔法に匹敵している。
「釣った」
「は?」
「こいつ、レヴィアタンは雌雄一対の神獣だが、その凶暴性を恐れた神々の手で雄が殺され、繁殖しないよう手を打たれたらしい。だがその雄は小さな欠片となり神界からの世界の海へ落ち延びたらしい。それを幼い頃、カスカ村で釣りあげた」
カスカ村って、今回の実地訓練の候補地にあったな。
漁村で、ジェイドの魚が活躍しそう、とか思った覚えがある。
……いや、カスカ村で釣った魚をここで大活躍させられても困るんですけど!?
「魚? これ魚ですの!?」
「さぁな。竜のように見えるが、そもそもこいつには魔石がないから魔獣の類いだろう。けれどその身体は魔物同様に魔力体。まったく、神獣は不思議な生き物だ」
「自分の配下でしょうに、そんな適当な!」
「なんでも構わないだろう、こうしてお前を仕留められるんだからな!」
通路いっぱいに広がるレヴィアタンの頭が僕に喰らいつこうと迫りくる。
走って逃げ切れる速度ではなく、大剣の腹を全面へ向ける形で防ぎにかかる。
巨大なアギトに喰らいつかれた大剣はバキンッと音をたて、あっさりと折れてしまった。
大剣を構成していた魔力が飛び散り、レヴィアタンの口内へと吸い込まれる。
二歩三歩とバックステップしつつ再び大剣を生成するも、明らかに先ほどよりサイズが小さい。これでは大剣というよりも片手半剣くらいしかない。
「デタラメな」
「やれ」
僕のぼやきを聞く気はないらしく、ジェイドの指示でレヴィアタンの口内へと魔力が収束していく。
実際にこの目で見るのははじめてで、文献や、前世のサブカルで学んだ知識しかない僕でも、これから何が起こるかはわかる。
竜型生物の代名詞、ブレスが来る。
走る。走る、走る、走る。
みっともなくても構わない。それから背を向けとにかく走る。
ブレスの収束音が消え、静寂が場を包む。来る!
と思ったのと同時、前方にオークが二体。
その股下をスライディングで潜り抜け、すぐさま立ち上がると曲がり角に向かって横っ飛びにつっこむ。
背後で、轟音が駆け抜けた。
あまりの音に耳がおかしくなったのか、自分の荒い息遣いすら聞き取れない。
見ればそこにいたはずのオークたちは消え去り、頑丈なはずの遺跡の壁はどこまでも遠く貫かれていた。新しい通路を作ってしまったらしい。この先は行き止まりなので、今後向かってしまうであろう冒険者にはご愁傷様としか言えない。
そう油断したところで、前方から巨大な胴体が鞭のようにしなり、僕はジェイドたちのいる通路へと弾き飛ばした。
「うぐっ!」
実体化したレヴィアタンの胴だ。
壁が壊れていないことから、一部だけ実体化することも可能らしい。なんだこのとんでも存在は。こういうのはチート持ちの転生者が相手するべきだろう!
「これで終わりだな。分かっただろう、お前では俺には勝てない。そこで蹲っているといい」
レヴィアタンの視線は僕から動かず、けれどジェイドは出口へ向かって走り出そうとする。
こんな化け物を出した状態じゃ、さすがのジェイドも追加の召喚はできないのか、次元魚を出すそぶりも見せない。
けれどまだだ、まだイリスからの合図が来ていない。
それはつまり、まだ足止めしなきゃいけないという事だ。
でも、僕に何が出来る?
こんなやつ相手に剣が通じるはずもない。頼みのゴブリンキングの大剣も、あっさり噛み砕かれてしまう。
そういえば《肉を切り刻むもの》はどうしたのかと周りを見渡せば、レヴィアタンの体表に突き刺さっているのが見えた。レヴィアタンの招来にあわせてリザードマンの召喚が解除されたらしく、自由になったことで僕の手元へと戻ろうとしたんだろう。
その間にいるレヴィアタンに突き刺さり、けれどその身体を貫くことはできず挟まってしまったと。そりゃそうだろう、こいつ、魔力体であって肉体じゃないし。
仮に僕の手元へ戻ってきたとしても、これでは役に立たなかったに違いない。
何か無いかと改造制服の裏を漁る。多少の魔石では役に立たないし、ゴブリンは最初に出し切ってしまった。カンテラはイリスのところだし、他に、他に何がある?
と、手に触れたものがある。それは薄く、硬質で、口元を覆うのに適した形状をした物体。
こ、これだ!
この戦いはジェイドを、あのレヴィアタンを倒すためのものじゃない。《魔食菌》起動するだけの魔力を集め、アリスちゃんへすべての《魔食菌》を投与するための時間稼ぎだ。
なら、これでなんとかできるかもしれない!
「”幻影だレヴィアタン、本物のクリスタは後ろだ!”」
「グルッ!?」
その”ジェイドの声”に反応したレヴィアタンは即座に振り返ると、高圧の魔力を吐き出した。その息吹は頑強な遺跡の壁を床を粉々に砕き、その先に居るジェイドまで到達する。
「《障壁魔法》! 何をしてるレヴィアタン!?」
「グルル!?」
咄嗟に簡易詠唱の防壁魔法でブレスを逸らしたジェイドは、レヴィアタンの突然の奇行に怒鳴り声を上げる。それに困惑するのはレヴィアタンだ。ジェイドの指示で行動したのに、何故かその本人に怒られている。
「俺はアリスの下へ向かう、お前はクリスタを見張っていろ!」
「”騙されるな、そいつがクリスタだ! 幻影に惑わされるな!”」
交互に発せられるジェイドの声。
もしもレヴィアタンが召喚による支配下にあり、魔力によって操られている召喚獣であれば惑わされることは無かっただろう。
けれどジェイドがしたのは招来。招きよせ、お互いの信頼関係によって協力してもらっている関係に過ぎない。当然それは召喚による強制より遥かに尊いものだけど、それが今はアダとなる。
そう、ジェイドとレヴィアタンには魔力による繋がりが無い。その声によって指示をし、受けている。だからジェイドの声がふたつ響けば、どちらを信じればいいかわからなくなるって寸法だ。
たとえば僕が本当に女なら、いきなり男の話し方を真似したって語尾や語調でバレただろう。けれど、僕は元々男で、お嬢様口調のほうが演技だ。
同じ男であっても多少の差はでるけど、それを人間ではないレヴィアタンに聞き分けろというのは些か酷というものだろう。
僕がジェイドの声を真似してるのは、何も隠し芸というわけじゃない。
トイレの太郎を演じるために手に入れたマスク型の魔道具《七色の声》。これにより僕はジェイドの声を発することが可能となっている。
正直、ほとんどネタで仕入れた魔道具が、この局面で役に立つとは思わなかった。
「惑わされるな、俺の魔力を忘れたか!」
するとジェイドが無詠唱で魔法を発動した。
それは強力な高位魔法、などではなく、魔法の初心者が練習に使う魔力球を作り出す魔法。
触れてもダメージはなく、硬さも大きさもバスケットボールほど。特徴としては余分な属性は付与されず、純粋な使用者の魔力のみで構成されていることくらい。
けれどそれはつまり、誰の魔力が一目瞭然ということ。
その魔力球を使用したことこそが、本物であるという証に他ならない。当然僕にそんな真似はできないし、できたとしてジェイドの魔力を真似るなんて出来るはずもない。
彼の魔力は美しい翡翠色。対して僕は漆のような黒だ。
だから僕は、レヴィアタンがそれを視認するよりも早く、最後の悪あがきに出た。
「”俺に構うな! この遺跡ごと全力でクリスタを叩きのめせ! 遺跡が崩れた程度で、この俺がどうにかなると思うか!?”」
「グルルルルオオオオオオオッ!!!」
「な、お前!?」
二人の間柄を詳しくは知らないが、これだけの怪物がジェイドの指示に従っているんだ、その信頼関係は相当なものだろう。であれば、自分を信じろというジェイドの言葉に耳を傾けないはずがない。
まして、本当に遺跡が崩れた程度でジェイドがどうにかなると思っていないのであれば、遺跡を崩して倒れるのは偽者だ。レヴィアタンが知性ある獣なら、躊躇う理由などどこにもない。
再三繰り返すが僕の目的は足止めだ。この遺跡がどうなろうと知ったことではないし、崩れたら崩れたで足止めにはなるだろう。僕だけ戦闘不能になって、あっさり逃げられるより余程いい。
それに最悪、現地にはイリスがいる。ジェイドが僕を振り切ったとしても、最後の壁はまだあるんだ。
僕がここで、リタイアになったとしても、ね。
遺跡の壁が、床が砕け散る。
それはブレスによるものではない。レヴィアタンの全身が実体化し、今まですり抜けていた全てをその圧倒的名までの巨体で粉砕している。
当然僕らは落ちる。
それどころか下層の床もぶち抜いているので、下に誰かがいたらみんな巻き添えだ。とはいえこの国にいる冒険者は皆高ランク。この程度のトラブルで死ぬことはないだろう。
落下していくジェイドをレヴィアタンが頭へ乗せるのが見えた。ジェイドは一瞬だけ僕をちらっと見たけど、そのままレヴィアタンへ指示を飛ばし上層へと上がっていく。
彼が無事なら、問題があるのは魔法が使えない僕くらいか。
「ぎゃああああ!?」
「なにごと!?」
「…………!?」
「……落ち、る!?」
訂正。廃棄場にいたジミー、ミゾレ、ナーチェリア、ゴブマロも更に下層へと落下していた。
ジミーとナーチェリア、ミゾレとゴブマロがそれぞれ近いことから、別れて戦ってたんだろう。
「あらジミー、ご機嫌いかが?」
「おま、お前今度は何したんだよ!?」
「あら、やったのはジェイドの相棒ですわよ」
指示したのは僕だけどね。
それにしてもこれは僥倖だ。ゴブマロがいるなら死なずに済むだろう。
「ゴブマロ、わたくしを助けなさい」
「了解、我が主」
ガーベジゴーレムのブースターを利用したゴブマロは悠々とこちらへ近づき、僕をお姫様だっこで抱えてくれる。別に米俵みたいに抱えてもらっても構わなかったんだけど、まぁいいか。
「ナーチェリア、貴女は大丈夫でして?」
「平気よ」
彼女は彼女で落下する瓦礫を器用に飛び移りながら、自分の落下速度を抑えていた。人間技じゃない。獣人ってみんなああなんだろうか。
「”お願い、足場を頂戴”」
ミゾレは遥か下方から彼女の足元まで、非常に高い氷の柱を生成、皆が落ちるのを尻目にまったりしていた。その柱の周囲に階段が形成され、螺旋を描いているから、ゆっくりあれで降りてくるつもりらしい。
「ミゾレ、俺も助け──」
「がんばって」
「ちくしょおおおおおおおお!」
ジミーは落ちていった。
まぁ、大丈夫だろう。彼はあれでも席次二位。ミゾレやナーチェリアよりも高いのだ。あっさり潰れるはずがない。
そこで絶え間なく暴れまわっていたレヴィアタンの胴が静止、そこから一気にひとつの方向へと向かっていった。全身の実体化も解除されているようで、壁などへの接触もなさそうだ。
恐らく、僕が近くから消えたことでジェイドの指示だけが通るようになったんだろう。そしてジェイドの目的も僕を倒すことじゃなく、アリスちゃんの下へと向かうこと。
今頃はレヴィアタンに乗って町へ向かっているに違いない。たぶん、近距離なら次元魚を召び出すよりもレヴィアタンに乗ったほうが早いだろうし。
でも、もう遅いよジェイド。
落下する最中、僕へとある魔法が届いていた。
それは《隷属の首輪》を介した信号魔法。事前に事態が動いたときの連絡用にと、いくつか準備しておいたイリスの魔法。
誰かが死に至りかねない場合など、計画を中止する必要がある時の信号。
集めた魔力が足りず、追加で収集する必要があり、イリスの魔力も使用すると判断した場合の信号。
集まった人々の中に実力者がいて、戦闘になった場合の信号。
他にもいくつかあったけど、今回のは、もっとも待ち望んでいた信号だ。
”目標達成。死者なし。作戦を終了します”
長かった二章もそろそろ終わりが見えてきました。




