081 VSジェイド 前編
さて、ジミーとミゾレの相手はゴブマロとナーチェがしてくれるだろう。だから僕はジェイドの相手さえしていればいい。
僕がジェイドの相手をする理由は彼の本音を引き出したいこと、そして彼と二人きりなら、魔法が使えないことを誤魔化す事なく全力で戦えるからだ。魔法が使えないってだけでも縛りプレイなのに、魔法が使えると思わせないといけないのは縛りを重ねすぎだ。
「さ、わたくしたちも踊りましょうか」
「まさか、私ごときではお嬢様のお相手など勤まりません」
「釣れないですわね、これでもわたくし、貴方のことを評価していますのよ?」
「悪いが、冗談に付き合っている暇はない」
そう言うとジェイドはヴォイドレックスの肉片をほうり投げた。
まずい、次元魚で逃げるつもりか。
「させませんわ!」
次元魚が召喚されるよりも早くジェイドを抑えようと駆け出すと、僕の目の前に鋭い何かが突き出された。
すんでのところで回避してみれば、それは槍の先端だった。構えているのは二足歩行の蜥蜴、リザードマン。それも二体。あの温泉で共闘した奴らか。
そうこうしている内に床をすり抜けて現れた次元魚はジェイドへと向き直り、今にも飛び掛ろうとしている。
「させないと、言っているでしょう! 《思いっきり投げつけるは切り刻むもの》!!」
投げつけた《肉を切り刻むもの》をリザードマンの一体が右腕を伸ばして防ごうとしたが、その腕を切り飛ばし、目標の次元魚へ到達、肉塊へと変えてしまう。
そのままジェイドへも猛進した時は驚いたけど、あえなく防壁魔法に弾かれる。
《肉を切り刻むもの》の特性は肉質特攻だ。防壁魔法が肉なわけもなく、効果が切れて僕へと戻ってくる。……はずだった。
《肉を切り刻むもの》は両腕健在のリザードマンに左手でキャッチされてしまった。左手に巨大な包丁、右手に槍と、めちゃくちゃ強そうだ。もっとも《肉を切り刻むもの》は僕にしか扱えないので、リザードマンが自在に振るうというわけにもいかないだろうけど。
リザードマンだけだと区別が難しいから、腕を切り飛ばしたほうを片腕、《肉を切り刻むもの》を掴んだほうを両腕と呼ぼう。
「”癒しの力よ、血濡れた友をあるべき姿へと還せ”《治癒》」
片腕が両腕にもどった。
「あ、ずるいですわ!」
「何を言っている。お前が相手にしているのは魔導師だぞ、侯爵令嬢」
僕はいままで魔法を相手に戦った経験があまりない。
思いつくのはジミー、そしてナーチェリアだろうか。ただ彼らは主に攻撃手段として魔法を使ってきた。対してジェイドは召喚や回復といった補助に特化している。非常に面倒くさい。
「お前はそこでリザードマンの相手でもしていろ」
再び次元魚の召び出しにかかるジェイド。
あれを使われたら一瞬でグラスリーフの町へ到着してしまう。かといって僕にこのリザードマンたちを一瞬で退けるだけの実力はない。
でも、こうなる事はジェイドが妨害してくると予想した時点で分かっていた事だ。当然対策だってしてきた。使役魔法を得意とするコレットに協力してもらい、簡単なテストも済ませてある。
改造制服から取り出したのは魔石の詰まった布袋だ。サイズはレジ袋の小さいやつくらい。
その中身を周囲にぶちまけると、僕を舐めきっていたジェイドが目の色を変える。
「おいまて! まさかお前──」
「《繁殖のネックレス》起動! 起きなさいゴブリンども!」
僕の首元に光る首飾りからまばゆい光が放たれた。
地面に転がる黄土色の魔石たちへと魔力が集い、手となり、足となり体を成して立ち上がる。
かつて僕を苦しめた魔道具、《繁殖のネックレス》。その力は軽く言えば安産祈願の超強化版で、全ての動植物に効果がある。
けれど副産物としてとんでもない効果があることを僕らは知っていた。
力の源であるゴブリンキングの未加工魔石によって、下位存在であるゴブリンを支配することができる。
「ジェイドの相手はわたくしがします。貴方たちは召喚獣共を足止めなさい!!」
「「「ギャッギャッ!」」」
「ゴブリンごときにかかずらわっている暇はない。殺せ!」
舌打ちをひとつし、ジェイドも号令を下しながら新たな召喚獣を呼び出した。
ジェイドの召喚獣は強力だ。
リザードマンはいうに及ばず、新たに呼ばれたハイギョも馬鹿にできない。
あのハイギョの主食は魔石だ。つまり魔物を食らう。
戦闘力だけみればゴブリンと互角の雑魚だけど、リザードマンが抑えたゴブリンたちを一匹ずつ確実に食べはじめた。
「お前も邪魔だ!」
ジェイドは、僕へと躊躇無く風魔法を連発してくる。
魔法を防げない僕相手なら、詠唱の隙を晒す必要もない無詠唱が一番だと良く知っているからだ。
こうも全面に撃たれたら避けることすら敵わない。
だから僕は、近くにいたゴブリンの首根っこを引っつかむと、魔法に向けて突き出した。
「ギャアアアアアアッ!?」
ゴブリンAの魔石が砕けちった。
ゴブリンAは死んだ。
「な、お前、曲がりなりにも配下になんて事を」
「近くに居たこいつが悪いのですわっ!」
言い放ちながら用意していたクロスボウを改造制服から取り出してジェイドへ放つ。
防壁魔法を貫通することはできないだろうけど、目的は倒すことじゃない、足止めだ。
だがその矢は彼にも、その防壁にも届くことはなかった。
ジェイドの眼前に無詠唱で召喚された、アジ程度の小魚が突撃し飲み込んでしまったからだ。
そしてその小魚は勢いを殺さず僕めがけて直進する。
「おっと」
もちろんまともにぶつかりたくはないので回避する。
その結果運悪く背後にいたゴブリンにぶつかった。とはいえ小型の魚だし、仮に強力な突進能力を備えていたとしてもゴブリンが一撃という事はないだろう。魔物はしぶといのだ。
案の定ゴブリンにぶつかった小魚はその肉体にはじかれ、落ちたとこをを踏み潰される。ってあれ小さいけど次元魚じゃないか。次元魚さんなんですぐ死んでしまうん?
そしてゴブリンが足元から爆発した。
「は?」
「ちっ、避けられたか」
「何をしましたの」
「なんてことはない、次元魚に爆破魔法の魔石を呑み込ませていただけだ」
「ひどい……」
まさかの次元魚式自爆テロだ。
生きた魚雷とか日本だったら色々とマズイ事になるのでやめていただきたい。
しかしジェイドの使う魔法はどれもまずいけど、これが地味に一番嫌かもしれない。
今回呼び出せた、というか買い集められたゴブリンの魔石は30個ほど。手練のリザードマンたち相手では心もとないけど、同時にかかれば抑えることはできる。それをあんな小魚一匹につき一体仕留められてしまったら、この作戦が瓦解してしまう。
「このっ」
長剣でジェイドに切りかかるも、防壁に弾かれる。《肉を切り刻むもの》を奪い返したいところだけど、そんな事をしていたらジェイドに逃げられてしまう。
二度三度切りつけても防壁魔法は破れない。
ジェイドは本来魔導騎士科ではない。だから弱いのかと言えば、それは違う。ランクBの冒険者という肩書きが示すとおり生存能力に長け、魔導師としての実力も一流だ。
そんな彼の防壁魔法はその強度においてジミーさえ上回る。
「”連なる水よ、鎧を纏い敵対者をとぐろの内に秘めよ”《水流の蛇》」
急いで町へ戻りたい彼が悠長に待ってくれるはずもなく、続けて魔法を放ってきた。
彼の手から大量の水が噴出したかと思うと、その周囲を魔力が覆っていく。ぱっと見防壁魔法のようなそれは、よく見れば鱗のように形をした魔力が連なっている。
それは荒れ狂う水を魔力の鱗で押さえ込んだ蛇となり、襲い掛かってきた。
「召喚? いえ、これは、ゴーレム!?」
「理解が早いじゃないか。こいつは即席のウォーターゴーレムだ」
「ゴブリン!」
リザードマンの相手をしていたゴブリンを二体ほど呼び寄せて蛇へと突撃させる。
こんな見るからに物理の通じそうにない奴の相手をしていたら、その間に逃げられてしまう。
勢いよく飛び掛ったゴブリンたちは、手に持つ棍棒や剣で蛇に襲い掛かる。あれはゴブリンたちの魔力で生み出された魔法の武具だ。実体が水とはいえ、魔力で構成されたゴーレムにも有効だろう。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
ゴブリンの内一体は巻きつかれ、もう一体は頭から丸呑みにされてしまった。
巻きつかれたほうのゴブリンもじわじわと蛇の体内へと吸収されていく。材質が水で透けている蛇は、暴れるゴブリンを観察するための水槽のような有様だ。もちろん魔物が呼吸困難で苦しんでいるわけもなく、ゴブリンたちは僕の命令に従って攻撃しているのだけど、これではもう駄目だろう。
それでも、蛇の足止めにはなった。ほんの1分にも満たない時間でも、足止めとしての役割を果たしたのだ。
なら僕は、主人としてそれに答えなきゃならない。
彼らが蛇と交戦する最中、僕は再び《繁殖のネックレス》へと手を添えていた。
「なんだ、今度はゴブリンキングでも召び出すつもりか? 言っておくが、あの程度俺にとっては雑魚同然だ」
「えぇ、そうでしょうとも。あの魔物、力はあってもおつむのほうはてんで駄目でしたから」
「なら」
「ですから、わたくしがお相手いたしますわ」
僕の指示に、正確に言えばゴブリンキングの魔石を介した命令に、その本体である魔石が答えないはずがない。とはいえ、ここでゴブリンキングを実体化させようものなら魔石の支配権を取り戻され、僕にとっていいことなんてひとつもない。だから僕は、その一部だけをこの手で奪い取る。
《繁殖のネックレス》から突き出た一本の棒。ずるずると引き出されていく様は音に聞いた収納魔法のようだけど、これはそんなすごいものじゃない。
全身を現し、宙に浮いて僕が手に取るのを待つそれは、巨大な剣。
ナーチェリアの使うものとは違い、両刃のそれは、あの日僕を追い詰めたゴブリンキングの大剣だ。
それをしっかりと両手で掴むと、不思議と重量はない。それはそうだ、これは魔力の塊に過ぎない。相手に触れて重く感じさせるのは、敵を叩きのめすという魔法が効力を発揮しているに過ぎない。
「死ぬんじゃありませんわよ、ジェイド!!」
「《水流の蛇》! 《爆破》!」
背後からは蛇が、そして前方から強烈な爆発魔法が叩きつけられる。
まず横薙ぎに一線。魔法的な防御には一切意味をなさない防壁魔法をすり抜け、ジェイドが常時展開している障壁魔法を砕く。その直後《爆破》によって砕かれた刃はからぶりしてしまう。
しかし横薙ぎの勢いは衰えることなく、そのままくるりと反転し背後から迫る大蛇へと叩きつける。その頃には通常のゴブリンたちと同様に魔法で構成された武具である大剣はその姿を復元し、凶悪な刃を蛇へと食い込ませていた。
中に居たゴブリン二体諸共に断ち切られた蛇は、その特性を活かして傷口を塞ごうとするも。
「せぇあ!」
続けざまに放った空竹割りで真っ二つになった。
さしもの蛇もそれを回復するだけの魔力は残っていなかったらしく、あえなく飛沫と散った。
たぶんあのゴブリンたちの奮闘もあって魔力が減っていたんだろう。彼らにはなにか報いたいが、生憎まとめて屠ってしまった。それに通常の魔物に自我はない。彼らのことは意識からおいやって、再びジェイドへと向き直る。
「さぁ、まだやりますの? 大人しくアリスが目的を果たすまで、ここでお待ちになってはいかがかしら?」
「いいだろう。お前を俺の敵として認めよう」
ジェイドがちらりと視線を逸らす。その先ではゴブリンとリザードマンたちが未だに争いあっている。元片腕はともかく、両腕が片手を《肉を切り刻むもの》を押さえるのに使っていることで槍を上手く扱えず、苦戦を強いられているようだ。
あのハイギョも既に死に、体を地面に横たえている。サイズ的に僕らが乗せてもらったのとは別固体だと思うけど、少し悲しいな。
とはいえゴブリンも半数以上削られているし、これ以上長引けばリザードマンたちが勝利してジェイドの加勢にやってくるだろう。そうなる前に彼をねじ伏せなければならないというのに、どうやら彼はまだやる気らしい。
「ジェイド、貴方が町民たちを苦しめたくないというのなら、まだわかりますわ。それでも、このままでは死に至る者がでるでしょうから、断行しますけれど。でも、貴方はただアリスに無理をさせたくないだけ。そうですわね?」
「あいつは、生まれた時からずっとあの魔力に翻弄されてきた。多くの貴族や冒険者が膨大な魔力は目をつけあいつを引き取りたいと申し出て、しかし力が使いこなせないと知るや見下し拒絶された。そんなあいつが、アリスが望んでいたのは、俺たちとの平穏な日常だ、それを終わらせてしまうようなこと、見過ごせるものか!」
震える唇から吐き出された言葉は、ジェイドの本心なんだろう。
震える肩も、足も、僕への恐怖なんかじゃない。アリスちゃんを失うことへの恐怖からくるものに違いないと、それくらい僕にだって分かる。
わかるから、だからこそ。
「そんなあの娘が、その日常をこれからも続けていくためにがんばろうとしているのがわかりませんの?」
「結果として病気が治ったとして、町民たちに犠牲を強いたことを、その責を、お前はアリスに一生背負わせるつもりか!」
「わたくしは提案しただけですわ、選んだのはあの娘自信。貴方の妹だけあって、中々強いじゃありませんの」
まさに悪役といった台詞だが、僕はむしろ止めた側だ。
それでも、死にたくないと叫んだのはアリス自身だ。あの娘が背負う責はそれだけじゃない。こうして僕がジェイドたちを命がけで抑えることは、ちゃんと伝えてある。それでもと、彼女は言ったんだ。
コレットも、望みを叶えてくれるなら、実の親を排斥してでもグラスリーフ家として僕を支援すると約束してくれた。
ナーチェは自分が慕うお兄さまを見つけ出すために。
イリスも、自ら僕の手をとって、悪役を演じてくれている。
「人の悪意はそんなに甘いものじゃない。ろくに動けず、世間を知らないアリスが耐え切れる保障なんて、ないだろう!」
「なんでもかんでも、アリスのせいにするのはお辞めなさい。そのアリスが、やりとげると言いましたのよ!」
「無謀なことをそれと教えるのが俺の役目だ!」
ジェイドが大きな魔石を取り出す。
これまで自前の魔力だけで賄ってきた彼が、あれほどの魔石を使用するという事に、その結果放たれるであろう魔法に警戒を強める。
「”神の贄にして大海を統べる神獣よ、友の呼び声に応じ──」
「この、わからずや!!」
長い詠唱を待っている理由はない。
防壁魔法を貫通する大剣で切りつけると、ジェイドは障壁魔法を張りなおすこともせず、横に飛ぶことでそれを回避した。
無様に地面をごろごろと転がりながらも詠唱を辞めることはない。
「──常世の理を外れし権能をもって顕現せよ”」
まずい、魔石から魔力特有の光が消えた。それは魔法の発動を意味する。
詠唱だけならまだ間に合う、なんとか魔法名を止められれば!
けれどそんな僕の前に、一体のリザードマンが立ちふさがった。
両腕のほうだ。見ればゴブリンたちは全滅し、片腕は地面に倒れ伏している。死んではいないものの動けないようだ。
《肉を切り刻むもの》を受け止めたことといい、実力的には両腕のほうが上だったらしい。
温泉で一緒に戦った時は頼もしかった姿が、今はとても恨めしい。
両腕が割り込んだ一瞬で、ジェイドが魔法を発動するのに十分な時間を稼がれてしまったのだから。
「《招来・神海の大渦》!!!」
そして、呼び出されたものを見て、僕は軽く死を覚悟した。




