1.星野新之助
東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地日本支部行動調査チーム移送係所属の星乃進之介二十歳は日本で育った15歳前後の少年少女を選抜して宇宙へ連れ出すチルドレンサーチャーの任務に当たっていた。
日本で育った少年少女を選抜すると言っても一人で回るには広い日本、知らない場所をうろうろするより見知った土地で効率良く探し出したほうが楽だと思う。
生死を問わず年間に10人集めれば良いのだから。
今回は地元京都嵐山で行倒れになっていた一人の少年を見つけ出しその魂と幽体を用意した保護箱に入れ、ルナ・ターミナル上空で待機中の小型輸送艦まで移送して今日の任務を終了していた。
そして今、京都祇園にある自宅へ帰宅途中で地球の衛星軌道上を周回してる。
衛星軌道上と言ってもこの時代にはまだ人工衛星とかは無く月だけが唯一地球の衛星として君臨していた。
そう、星乃進之助が活動している時代の事をちょっとだけ説明しよう。
今は昔、江戸時代末期の幕末時代、元治元年6月4日誰もが微睡みたくなるような未四つ時。
この時代の日本はまだ太陰暦を使用していたので太陽暦へ直すと西暦1864年7月7日午後2時半から3時のことになる。
幕末の京都で新選組だけを連想するのは片寄った思想なのだろうか。
何はさておきたますだれ、明日の午後10時には少数の新選組隊員が京都三条にある旅籠池田屋で密会をしていた尊王攘夷派志士達に対して斬り込んでゆくのであった。
当然旅籠なのだから他にも宿泊客がいたのだけど、その人達がどうなったのかは定かではない。
時間を戻して地球の衛星軌道上、星乃進之助は誰憚ることなく大あくびをした。
「まもなく到着します」
コクピットのスピーカから機械音声が流れる。
「今日はやけに地上絵がハッキリと見えてるんだな」
地上の様子をを映し出している艇外環境モニターを指差しながらあくびをしたことを誤魔化すようにして言う。
ちょうど南米の上空120Kmで乗っている小型移送艇のAIが大気圏再突入にあたり機首の角度を変えたところだった。
「現在ナスカ上空は雲1つ無い晴天になっています」
「6月にしては珍しいな」
「これから帰還する京都は梅雨ですが、南米ペルーは乾期に入って1週間が過ぎたところです」
「ああ、南半球は季節が逆になってるのだったな、忘れていた訳ではないぞ馴染んでないだけだ、それと返事はしなくて良いから自分の仕事に専念してくれないか」
「了解です」
進之助は宇宙艇の操縦を全てAI任せにしている。
アステロイドベルトにある宇宙人の為の地球防衛基地でみっちり3年間立派な宇宙人になるための教育を受けているので宇宙艇の操縦が出来ないことはない。
ただ、あまり上手とも言えないのでAIが示す生存の確率とやらを考えると、自分が操縦するよりAI任せにしたほうが1パーセントほど生き延びる可能性が高くなってくるのでそれに従っているだけだ。
決して楽をしたいからではないのだけど客観的に見て、そう思われても仕方がないくらい暇を持て余している。
手持ち無沙汰を解消するように放った独り言に対してAIが返事してきたので腕を組んで考え込むようにした。
(さっき宇宙船に送った少年で5人目だから年内にあと5人連れていけばお役御免になるのだよな、丁度半分になった事だしここらでちょっと一休みしても文句を言われたりはしないだろう。もう京都の祇園は始まっているだろうし今年こそは見に行きたいぞ)
腕を組んでウンウンとうなづく。
それが船を漕ぐ様に見えたのだろう。
「寝てないでしょうね」
AIが心配そうに聞いてくる。
「起きているとも心配するでない、ちゃんと規則は守っているし、おいそれと破ったりもしない」
小型宇宙艇運用規程細則によると『操縦はAIの補助を受けて行うものとする』とあり決して丸投げして良いものではない。
「だったら操縦桿をしっかり握っていて下さい」
「あっ、これは失礼」
進之助は腕組みを解き操縦桿を手にした。
手にしただけで機体の操縦はそのままAIがしてる。
その事がバレて叱られた時には『AIに100%の補助をお願いしました』と言い逃れするつもりでいた。
何せ初めての任務だったので何をしても笑って許してもらえると思い込んでいる。
まあ、バレるとしたら重大トラブルが発生して検査官による運行記録の精査を受けた場合だけだから、そんなトラブル起きるわけがないと信じている進之助は気にもしていない。
操縦桿を持ったまま今度は本当にウトウトしていると同じような声が掛かった。
「寝てないでしょうね!」
「だ、大丈夫…起きている」
細い目を擦りながら言う。
「着地はいつもの東山で良いですね。既にステルスモードに切り替えています」
「ああ、もうそんな時間なのか」
モニターは日中モードのままなので真っ暗闇になっている。
「寝てましたね」
「大丈夫だ問題ないだろう、それより着替えたいので四半時ほど時間をもらえないか」
「その半分の時間で準備して下さい」
進之助は返事もそこそこに昇降口へ急ぎ宇宙服から着物へ着替え大小の刀を腰に差す。
時間を急かされたのでそのままハッチに手を掛ける。
「開けるぞ」
「リフトを起動させます」
「必要ない、時間が惜しいのだろう、だったら飛び下りるまでだ」
「空中停止時間の短縮です。リフトの作動時間惜しさに飛び降りさせたなどと知れたら私がデリートされかねません」
「まあそうなったら弁護してやるさ、この前は勘のいい伊賀の忍びに気取られそうになって誤魔化すのに手間が掛かったからな」
「そうでしたね。あの時も夜中だったのに『鳥招きの笛』でカラスを呼び寄せるなんて良く思い付いたものです」
「『闇夜のカラス』と言うではないか囮にはもってこいだろう。じゃあ行ってくる」
そう言うが早いか進之助は外部ハッチを開けて闇の中へ身を投げ入れた。
「ビーコン持ってますか、私は鳥招きの笛では呼べませんよー」
AIが今更の事を言ってくるけど当然耳には届かない。
ハッチを飛び出した時に新緑の湿った外気を胸一杯に吸い込んで少しむせる。
さっきまで無菌状態の空気を吸っていたからだ。
規則には少しづつ外気で呼吸をして異状が認められない場合に初めて艇外活動を行って良いとある。
(いちいち規則に照らし合わせて行動していたんじゃあ好機を逃してしまう)
進之助の言い分であった。
地上まで5メートル、普通に飛び下りれる高さではある。
しかしここは慎重に念動力を使いゆっくりと降下してゆく。
(下に何があるか分からないものな…透視もしておくか)
超能力取得の訓練中に油断して肥溜めに嵌まってしまった事がある。
『あんな目に遭うのは二度と御免だ』
それ以降、事あるごとに進之助の脳裏では『慎重』の二文字が点滅するようになった。
ちなみにあと『読心』と『未来見』が使えるようになっている。
また訓練で第六感が研ぎ澄まされ超能力に近い状態になっていた。
進之介はゆっくりと地上の平坦で草むらになっている場所を選んで着地する。
(見咎められてはいないようだな)
静寂な周囲の様子に変化が見られないので緊張の糸を解く。
すぅーっと立ち上がり上空から見えていた山道へと出る。
(京都の祇園だ!)
山の合間から下方に見える飾り灯籠と微かに聞こえてくる祭り囃子の音楽に心が弾む。
『祇園だ!祇園だ!』
とうとう口に出して叫び出す。
運ぶ足取りも軽やかになり気が付けば既に町中へと入っていた。
(腹が減ったな)
立ち並ぶ屋台で串焼きを買い空腹を和らげる。
(次は寝床だな)
串焼きをを頬張りながら考えた。
(どこにしようか)
近場から手当たり次第に旅籠屋の門をくぐる。
「うちは一見さんお断りしてますんで、すみませんなあ」
一件目は声を出す前に断られた。
「満室なんですよー、他を当たってもらえますか」
二件目は『今頃やって来て何を言ってやるんやろうか』てな目で見られる。
心が折れるので読心なんか使いたくない。
三件目の旅籠屋池田でやっと宿帳を出してくれた。
一階奥の8畳部屋になっている。
食事付きで一泊600文だと言う。
金を出して帳簿の上に置き、東山の星乃進之助と記入した。
「お侍様でいらっしゃいますか?」
旅籠屋の主人とおぼしき人が腰の刀を気にして聞いてくる。
「あまり詮索せぬように」
相手の目を覗き込むようにして力強く言う。
「ほな、厄介事だけは御免蒙りいたします」
適当に頷いて部屋へ案内を頼む。
他に手ぶらなのを不審がられたけど東山のと記載してる。
すこぶる近所なのだ。
この辺りの歓楽街には家が金持ちなのを良いことに実家には寄り付かず料亭を泊まり歩いているバカ侍が少なからずいた。
部屋へ着くと女中が先に居て三つ指ついてお辞儀をしてくる。
廊下の障子は開けたまま。
「お食事になさいますか、お風呂のご準備も出来ています。それとも…」
「食事が出るのですか」
時間が時間なだけに夕食は諦めていたのと、何かいかがわしい雰囲気を出される前に口を封じたかった。
「はい、お夜食程度の物になりますけど宜しゅうございますでしょうか」
「握り飯とたくあん、それと汁物があれば嬉しいのだがな」
「では早速ご準備してお持ち致します。その間お風呂に入られますか」
「いや風呂には入らない…だが折角だから足だけ洗わせてもらいたいのだが、良いかな」
(知らない所で丸腰になるわけないだろう、それとも何か、刀を持ったまま風呂に入る奴が居るとでも言うのか)
進之介が一人で妄想してる。
それより食事の準備をする間に風呂を勧めてくるのだから直ぐには出来ないのだろうという考えに至った。
(足でも洗って待つことにしよう)
脱衣場へ行って着物の袂をめくり上げ帯に絡めて固定する。
風呂場で足だけ洗い尻が濡れないように気を付けながら乾いた椅子に座ってお湯に足を浸けた。
「うわ~、気持ち良すぎじゃないかー」
(もう、辛抱たまらん!)
もう一度脱衣場に戻り着物を全部脱ぎ、急いで湯船に肩まで浸かる。
刀はどうしたのかって?
褌にくるんでお湯が掛からない所に立て掛けた。
その刀をすまなさそうにじっと見てる。
「草津~良いとこ一度はおいでっーと」
思わず鼻唄を歌い出す。
『ここは草津じゃぁないって!』
刀が言ったのかどうか?そら耳だったのかも知れない。




