第22話 誰よりも
主役のふたりが退場した後、貴族たちはアンドレア懐妊の話で盛り上がっている。
生まれる子は男か女か。
幼い子供を持つ貴族などは婚約話にまで思いを巡らせていた。
ポールの子となれば王位継承権を持つことになる。
まして彼が王位に就けば、子供は王子か王女だ。
周囲の様子を冷静に観察していたエドガーは、難しい顔で立ち尽くすケラー侯爵を見つけた。
(ケラー侯爵は半信半疑の様子だな)
ポールのあの様子を見れば、疑いを持つのも不思議ではない。
ライラをあてがったのもケラー侯爵だ。
当然、アンドレアが白い結婚を続けていたことも知っているだろう。
貴族たちの合間を縫って、エドガーはケラー侯爵に近づいていった。
「ケラー侯爵、この度はおめでとうございます。シュナイダー夫人が無事懐妊されて、侯爵も肩の荷が下りたことでしょう」
「エドガーか」
「シュミット侯爵家代表で祝辞を述べさせていただきますよ」
「……まだ生まれたというわけではない」
「それはそうですが。慎重になられるのは分かりますが、ひとまずは素直に喜んでもよろしいのでは?」
何も知らないふりで会話を続けると、ケラー侯爵は益々不機嫌そうな顔になっていく。
それでもエドガーは気づかないふりをする。
アンドレアとの道は永久に分かたれた。
遠くからの援護射撃は、エドガーにできるせめてものことだ。
「ところで、そろそろライラとの婚姻話を進めたいと思っているのですが」
「いや、ライラはまだ子供で……」
「何をおっしゃいます、彼女はもう成人しましたよね? わたしもここまで待ちましたし、父もいい年になってきましてね。早く安心させてやりたいんですよ」
「それは……もうしばらく時間をくれないか? ライラは少々甘やかして育ててしまってな。今花嫁修業をさせているところだ」
「花嫁修業? そんなもの必要ありませんよ。わたしとしては跡取りさえ産んでもらえれば、身一つで来てくれるだけで十分ですよ?」
なんとか言い訳をつけて逃げようとするケラー侯爵を、エドガーは害のなさそうな笑顔で追い詰めていく。
「いや、しかしだな……ライラはそれなりの結婚式を望んでおって……」
「それはご心配なく。こちらでまた豪華なものを段取りいたしますので」
アンドレアの時もエドガーは相当の手間と金をかけて準備した。
それを婚約破棄を告げる書類一枚で台無しにされたのだ。
含ませた嫌味に、ケラー侯爵もこれ以上強く出られなかったようだ。
一瞬言葉を詰まらせたあと、苦い顔を向けてくる。
「分かった。ライラにも伝えよう。だがあと一年は待ってくれないか?」
一年もすればアンドレアの子が生まれているだろう。
その子が本当にポールの子なのか、ポールがそれを素直に認めるのか。
成り行きによって、ライラの立ち位置が変わってくる。
(見極めのための一年か……やはりタヌキ親父だな)
そんなことを胸中で思いながら、エドガーはにっこりと笑顔を作った。
「ええ、もちろん。式の準備も時間がかかりますからね」
猶予期間を与えられ、ケリー侯爵は少しほっとした様子だ。
しかしエドガーは一年丸々待ち続けるつもりはまったくなかった。
「これからはもっとライラと時間を取りたいと思っています。ライラにも式やドレスの希望があるでしょうから」
「それはまだ気が早いのでは……」
「いやいや、豪華な式を挙げるとなると一年なんてあっという間ですから。一年後ライラをシュミット侯爵家に迎えるために、わたしも頑張らせていただきますよ」
本当は一日でも早く、ライラをシュナイダー家から遠ざけたかった。
アンドレアにとっては、きっと長い一年になることだろう。
己の力のなさに憤りを感じてしまう。
エドガーはなんとか自分に言い聞かせた。
(俺は俺にできることをするしかない)
結果それが、偽りの人生を歩むことになるのだとしても。
誰よりも大切なアンドレアのために――。
♱ ♱ ♱
「なぜ証拠がひとつも出てこない!」
調査結果の紙の束を投げ捨て、ポールは怒りで震えを止められないでいた。
自分の誕生日を祝うめでたい日が、人生で最も屈辱なものとなってしまった。
あれから一週間、シュナイダー家の屋敷内やアンドレアが長期滞在していたケラー侯爵家、そして領地経営で携わった相手など、ありとあらゆる場所でのアンドレアの動向を調べ尽くした。
それなのに調べれば調べるほど、アンドレアが潔白なことが明白になってくる。
だがポール自身、アンドレアと子ができるような行為は一切行っていない。
それだけは確かだった。
(あの女狐め……)
どんな狡猾な手段を取ったのか。
まもなく国王となる自分を謀るなど、断じて許されることではない。
「ならば流すしかない、か……」
呟いて、ポールは独り仄暗く嗤った。
アンドレアにはまだまだ利用価値がある。
なんとしてでも腹の子を堕ろさせ、どちらが上かを思い知らせてやらねばならない。
「ふ……はははっ、今に見ていろよ、アンドレア」
苦痛に顔を歪ませるアンドレアを思い描き、しばしポールは恍惚な表情で悦に浸っていた。




