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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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二章 〈アカデミー〉 ①

新人賞の応募原稿で、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。

 体のラインを強調するようなブラウスとタイトなスカートを着用した美人教師テレサ・テリングが、左手で魔術基礎の教科書を持ち、右手で板書している。

「我々が魔術と呼んでいるのは、ルーン魔術のことだ。ルーン魔術とは魔力を持つ者が、ルーン文字の配列の組み合わせで発動させる現象のことを言う。ルーン文字は古代の文字体系であり、音素文字の一種だ。『ルーン』という名称の語源は、『秘密』を意味する」

 教室の中には、テレサの他にビアスとアーニャしかいない。

 教壇の真正面、最前列の二つの席に並んで座っている。

「魔力を持つ者だけが魔術を使えるわけだが、この資質は俗に魔術適性と呼ばれている。そして、その者が有している魔力の量、これが魔力総量だ。魔力は生命力と密接に関係しているため、日によってその値が変動する。体調とか精神状態によっても変わってくる」

 テレサは淡々と教科書を読み上げていく。

「魔術を使えば、当然体内の魔力は消費されるわけだが、そのときそのときの魔力の数値を魔力値と言う。ちなみに入学式の次の日にあった魔力測定は、魔力値ではなく、魔力総量を調べるものだ」

 ページをめくり、

「およそ半世紀前に魔術理論が確立し、古代魔術から現代魔術に移行した。魔術の発動において、魔導書、魔法陣の練成、呪文の詠唱が必須だった古代魔術に対し、現代魔術はそれらに依存しない。ただ、錬金術が練成する物の、元となる原料を必要とすることは変わらないが」

 テレサは教科書から目を上げ、

「現代魔術において、それ以前の魔術の発動様式の代わりに登場したのが、〈ポータブル〉だ。では、アルカナ」

「は、はい!」

 指名されたアーニャは、体を強張らせた。

「〈ポータブル〉について喋ってみろ」

 アーニャは言い淀んでしまう。

 見かねたビアスは代わりに答えようとした。

 しかし、アーニャが指名されているのに、自分がしゃしゃり出ることは、テレサの意向にそぐわない可能性がある。

 生徒が答えるのをいつまでも待つスタイルかも知れない。

 テレサを見やると、彼女もビアスに顔を向けた。

 それから「お前でいい」とでも言うように、顎で解答を促した。

「〈ポータブル〉っていうのは通称で、正式名称は魔術発動電子端末です。〈ポータブル〉起動後に、ルーンコードによる魔術式を入力します。魔術が発動すると、魔術師は魔力制御によって発動した現象をコントロールします。魔力制御力が高いと、無駄なく最小限の魔力でその魔術を使用できる、って感じですか」

「現代魔術への移行で、どのようなことが期待された?」

「古代魔術を系統化、理論化することで、汎用性とか効率性の獲得のためです。魔術に限らず、どんな分野でも様式は洗練されていくものだし」

「座学はそこそこのようだな」

 滔々と答えるビアスに、テレサはわずかだが、感心したように言ってから、

「よし、〈ポータブル〉を机の上に出せ」

 ビアスとアーニャは、それぞれ銀色の端末を机に乗せた。

 タブレット型で、携帯電話のような形をしているが、それよりも一回り小さい。

「それは〈アカデミー〉から配布された支給品で、制限付きのものだ。授業の進行によって段階的に、使用できる魔術の種類と現象の程度の制限が解放されていく。最初は初歩的な魔術しか使えないし、現象はある程度で変化が止まるようになっている。それと、その〈ポータブル〉は校外では使えない。それも制限の一つだ」

 板書を再開するテレサ。

「お前たちは、初歩的な魔術から習得していくことになる。身体能力を高める強化魔術、体力の回復や怪我を治す治癒魔術、物体を遠隔操作で動かす念動魔術、物質を温める発熱魔術、冷やす冷却魔術、光源を生む発光魔術、使い魔や精霊や霊獣を召喚し、使役する召喚魔術などがそうだ。ある程度で変化が止まると言ったが、例えば発熱魔術と冷却魔術の授業で、コップに注いだ水を温めてから、温度を元に戻すという課題があっただろ。発熱や冷却だと、人が触れて火傷や凍傷を負うまでの変化は許されていないし、召喚魔術だと低級の使い魔しか召喚できないということだ」

 板書の手を止め、

「これらは初等の魔術だからと言って、侮ってはいけない。魔術の習得の入り口として適当だから、そう位置づけられているだけだからな。授業が進めば、今挙げた魔術よりも多くの魔術を学ぶことができるし、安全面で配慮された環境では、制限が解放され、強力な魔術の使用も許可される。ざっと列挙すると、火炎魔術、水氷すいひょう魔術、風嵐ふうらん魔術、雷電魔術、爆破魔術、防壁魔術、空間魔術――こんなところだな」

 テレサは教室の時計を一瞥し、教科書をぱたんっと閉じる。

「今日はここまでにしよう。明日は、初歩魔術の実技演習を行う。以上、解散」

ビアスとアーニャのために特別に開かれた授業――補習が終わった。

「暗くなる前にさっさと帰れよ」

 教壇から下りたテレサが二人に声をかけた。

「先生、お腹空きました」

 ビアスがそう言うと、テレサは露悪的に眉をひそめる。

「はぁ? 誰のせいでわざわざ授業後にこうやって補習開いてると思ってんだ? ふざけてんのか?」

「出来の悪い生徒には、もっと優しくしてくださいよ」

「もっと勉強頑張るって言うなら、ファーストフードくらいおごっても良かったんだが、この後用事があるんだよ」

 大袈裟に嘆息して見せるテレサ。

「用事ってなんですか?」

「教職員の歓迎会だよ。新任や転勤をしてきた教師を歓迎するんだとよ」

「気が進まないように見えるんですけど」

「そりゃそうだよ。面倒に決まってるだろ。だからお前たちの補習を今日にしたのに。終わるの待ってますよ、って言われちゃどうしようもねぇ」

 テレサが露骨に嫌そうな顔をしている。

「悪いけどまた今度な。もっとも、補習を受けろと言ってるわけじゃ決してないからな。授業についていけるようになったら、飯食わせてやるよ。今日はこれで我慢しとけ」

 スーツのポケットから、銀紙に包まれた小さな四角いチョコレートを二つ出し、

「お前だけ食うなよな。アルカナにもやれよ」

「ありがとうございます」

 ビアスがお礼を言って、受け取った後、テレサは教室から出て行った。

 ビアスは包み紙を剥がし、チョコレートを口の中に放り込んだ。

 疲れた頭に、その甘さが染み渡るようだ。

「アーニャ、これお前の分のチョコ。甘くてうまいぞ」

 チョコレートを差し出したが、席に座ったままのアーニャは俯いて、黙り込んでいる。

 仕方なく包み紙を剥がしてやり、糖分の塊をアーニャの閉じられた口に押し当てると、

「ぱくっ」

 あ、食べた。

 無言でチョコを口の中へ入れたアーニャは、もぐもぐと静かに咀嚼し始めた。

 おとなしく口を動かす姿を見ていると、餌を与えている気分になる。

「うまいか?」

「うん……おいちー」

「それにしても、疲れたなー。どうする? 何か食ってくか?」

 この時間なら、まだ〈アカデミー〉の食堂が開いている。

 苦学生のために、量の多い食事を良心的な値段で提供しているので、利用する生徒は多い。

 アーニャは首を力なく横に振り、落胆した声で、

「ううん。おうちにかえる」

 そう言って歩き出し、廊下に出た。

 アーニャを気にしつつ、ビアスも教室を後にする。

 並んで歩いているはずが、気が付くとアーニャは随分と後方にいた。

 肩を落とし、ビアスの後を、トボトボとついてくる。

 その光景は、それはそれでカルガモの子供のような愛らしさがあるのだが、俯き加減のアーニャを見ると、何だかいたたまれなくなる。

「そんなに疲れたのか?」

「そうじゃないわ」

 アーニャは弱々しく声音で言う。

「今年の新入生の中で、補習受けたのなんて私たちくらいよ」

 アーニャの言う通り、補習の受講を命じられたのは、ビアスとアーニャだけだ。

 ビアスは魔力制御力が絶望的に欠如していて、アーニャに至っては魔力、魔力制御力、両方ともに欠落している。

「そんなことで落ち込んでるのか」

「アンタはもうちょっと気にしなさいよ」

 怒る声にも勢いがない。

「ショートケーキ買ってやるから、元気出せよ」

「食べ物で釣ろうなんて、なんて安易なの。いいえ。それよりも、私がショートケーキさえ与えればそれで手懐けられると思われてるのが許せないわ」

 文句を言いつつも、好物の名前が出て隠そうとはしているが、アーニャのテンションが上がるのが分かった。

「なんだ、ケーキ食べたくないのか?」

「私は絶対に、ショートケーキで懐柔されたりしないんだから!」

 ここが好機だと思ったビアスは、一気に畳み掛ける。

「この前行った店で、クーポンもらったから、今日は二つ食べられるんだけどな」

 アーニャの眉が、ぴくっと動いた。

「このクーポン明日で切れるから、今日が最後のチャンスなんだけどな」

 再びアーニャの眉がぴくぴくっと微動し、可愛らしい唇がきつく結ばれ、そして、

「ショートケーキ!」

 どうやら何と言おうか散々逡巡した結果、頭の中で一番思いが強い物の名前を、大声で発してしまったらしい。

「じゃあ、行こうか」

「勘違いしないでよ。せっかくもらったクーポンが無駄になっちゃうのは勿体ないから、仕方なく行くだけだからね」

「それは立派な心掛けだな」

 アーニャはぷいっと顔を背け、廊下を歩いて行く。

 ビアスはその背中に声をかける。

「いろいろ考えるのは良いと思うけど、別に暗くはならなくていいだろ?」

 アーニャが振り向いた。

 落ち込んでも、怒ってもいない。

「アンタのそういう能天気なところ、羨ましいわ」

「アーニャ。別に上から目線で言うわけじゃないけど、お前は大丈夫だ」

 ふいにビアスがそう明言した。

「何よ、急に」

 真面目な顔で言うビアスに、動揺してしまうアーニャ。

 ビアスは自分の発言が嘘ではないと証明するように、目を逸らさず、

「隷属契約を結んでいるからだと思うんだが、俺にはアーニャの中に秘められている強い魔力を感じるんだ」

 アーニャはしばらく黙っていたが、くるっと体を反転させ、

「さ、さっさと行くわよ」

 玄関に向かってどんどん歩いて行ってしまう。

 教室を出たときのように、ビアスはアーニャの後を追いかけた。

 今度はずっと並んで歩く。

 玄関に到達し、下駄箱で外履きに履き替える。

 気が付くと、二人のすぐ近くに女の子が立っていた。

 アーニャほどではないが、どちらかと言えば小柄だ。

 艶やかな黒髪を高い位置で束ね、短いポニーテールにしている。

 眠たそうな目の奥に、黒曜石のような瞳が覗いている。

 じっと二人を見ているので、ビアスはアーニャに囁く。

「知り合いか?」

「何言ってるのよ。同じクラスの子じゃない」

 呆れ顔のアーニャは、少女に向かって笑顔を作り、

「ミルドレイクさんよね」

 アーニャがミルドレイクと呼んだ少女は、小さく頷いた。

「ミオ・ミルドレイク」

「アーニャ・アルカナよ。もう覚えてくれた?」

 ミオと名乗った少女は再び頷いてから、ビアスを見やる。

「ビアス・ビルシュタイン」

「俺の名前知ってくれてるのか。嬉しいぜ」

「有名人だから。あなたたちは」

 アーニャが苦笑する。

 ショコラのように脚光を浴びているのなら素直に喜べるのだが、ビアスとアーニャの場合は悪目立ちしているからだ。

 ただでさえ成績不振で注目されているのに、それに加え、毎日教室でアーニャがビアスに声を荒げているため、二人はすっかり有名になってしまっているのだ。

 アーニャは笑顔を作り直し、

「私たちに何か用なの?」

「補習、終わった?」

「終わったけど、それがどうしたの?」

「私も受けるはずだった。すっかり忘れてた」

 どうやら今年の新入生で補習を受けるのは、三人だったようだ。

「あれ? でもミルドレイクさんって、魔術の成績良かったような気がするんだけど」

「先生に遅刻、欠席が多いから出ろって言われた」

 ミオは二人と違い、素行不良で補習の対象になったらしい。

 アーニャは「なるほどね」と納得してしまう。

 ミオは二人を交互に眺め、

「他に誰が補習を受けるのか聞いたら、あなたたちの名前が出た」

「遅刻、欠席が多いのが理由で受ける補習を欠席して大丈夫なの?」

「坊主と土下座までは覚悟してる」

「潔いわね!」

「いざとなったら、いくらか包むから大丈夫」

「資本主義の力で解決しようとしてる!」

 ミオとアーニャのやり取りに、ビアスは思わず笑ってしまう。

「面白い子だな。ミオって呼んでいいか」

「うん」

「じゃあ、俺のことはお兄ちゃんって呼んでいいぞ」

「分かった、お兄ちゃん」

 アーニャが割って入る。

「気持ち悪い要求しない! あなたもそれを受け入れない!」

 ビアスは「お兄ちゃん」が思いのほか心に響いたようで、携帯電話を取り出し、

「録音するから、もう一回言って」

「うん。おに――」

 アーニャはビアスの携帯を取り上げ、近くのゴミ箱に放り投げ、

「やめなさいよ! まったく」

「俺のケイタイに何すんだよ。それにミオが拒否してないんだから、いいだろ」

 携帯電話を拾い上げながら、ビアスが言った。

「ダメよ。大人しそうな子だからって、アンタの気持ちの悪い性癖を押し付けるなんて」

 金髪を逆立てて怒るアーニャを、ミオが制しながら、

「喧嘩は良くないよ、お姉ちゃん」

「こっちに感染した!」

 アーニャはミオの両肩を掴み、

「こんな低俗なことに付き合う必要なんてないわよ」

 説得するように言うアーニャの顔を、ビアスが覗き込む。

「アーニャも俺のこと、お兄ちゃんって呼んでいいだぞ?」

「嫌よ。もしそう呼んでほしいなら、お金を取るわ」

「じゃあダーリンでいいよ」

「命を取るわ!」

 大きな声を出すアーニャに、ビアスは、

「ちょっと落ち着けって」

「落ち着くのはアンタの方よ」

 アーニャはそっぽを向き、それからミオに向き直る。

「ねぇ、私もミオって呼んでいい?」

「いい」とミオが首肯したのを確認し、

「私のことはアーニャって呼んで。お姉ちゃん、じゃなくてね」

「うん。アーニャ」

 それを聞いて、アーニャは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「綺麗な黒髪ね」

「ご先祖様に緋の国の人がいたみたい」

 ビアスが手を顎に当てながら、

「緋の国って言ったら、確か大陸の東にある小さな島国だよな」

「うん。私にはその国の人の血が流れている」

 ミオは生徒手帳を取り出し、二人に見せた。

 フルネームが記されているのだが、その「ミオ」の隣に「(澪)」と印字されている。

「これは緋の国で使われている文字。これで『ミオ』と読む」

「へ~。初めて見るわ」

 アーニャは興味津々だ。

 ミオが懐からお札のようなものを出した。

 アーニャが不思議そうにそれを見る。

「それ何?」

「魔術符」

「マジュツフ?」

「陰陽道で使用される五芒星の符呪のこと」

 ルーン文字ではなく、異国の文字と思われる模様が書かれている。

 おそらく緋の国の文字なのだろう。

 ミオは魔術符を人差し指と中指で挟み、緋の国の言語で詠唱した。

「天界に住まう、西を司る四神の一。ここに姿を現せ」

 魔術符の文字が怪しく光った。

「〈守護獣・白虎〉」

 白猫が召喚された。

 緋の国の召喚魔術の一種だ。

 異国では式神と呼ばれている。

 アーニャは出現した白猫を抱え上げる。

「かわいい~」

 ひとしきりじゃれ合うと、アーニャはミオに白猫を返し、

「ありがとう。楽しかったわ」

「それは良かった」

 ミオはそう言うと、白猫を自身の頭の上にちょこんと乗せ、

「じゃあ、また明日」

 ビアスとアーニャもミオに別れを告げる。

「明日な」

「気をつけてね」

 ミオと別れ、ビアスとアーニャは帰途に着いた。

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