サイアクの始まり
やあ、僕はラット。
「僕」っていう年齢でもないんだけどね。
ラットってのもあだ名だ。小柄だから、ラット。
それだけ。
そんで今週は人生サイアクの一週間だ。
「結婚しようね」とまで言っていた彼女に浮気されたのをキッカケに別れた。
サイアクだ。
結婚後のことを考えて買った中古車、これも徒労に終わった。
ジャパンの四駆の中古車で、まだまだ走れる。
だけど、この中古車すらもサイアクに巻き込まれることになる。
───今日は火曜日、買い物をして、トランクに買ったものを放り込んで、運転席に乗ったタイミングで助手席と後部座席のドアが開けられた。
もちろん驚いたさ、でも声は出なかった。
気づいた時にはもう二人に拳銃を突きつけられていたからね。
「ハーイ、お兄さん。ちょっとドライブに連れてってくれない?」
助手席に入り込んできた細身の白人は、引き攣った笑顔で、人を殺せる道具を持っていた。
バックミラーを見ると、腕にタトゥーの入った細身の黒人が銃を構えたまま余裕の表情をしていた。
震えた声で、余裕かのように僕は言った。
「やあ、お兄さんたち、どちらへ?」
今度は後部座席から声が聞こえた。
「とりあえず、一旦車出してもらっていい?あとそのイカしたスマホは貸してもらうよ」
僕はスマホをスタンドから外し、言われるがままに手渡した。
「パスコードは?」
「1127、それで何か音楽でもかけるのかい?」
「もちろん。久しぶりのシャバだからね、アガるのをかけたいんだ」
そういうと彼はスマホから音楽を流した。
すると不満そうに
「ほらほら、Bluetoothで繋がってるんでしょ、エンジンかけて、とりあえず君の家まで行こう。話はそこでするよ」
とまた後部座席から聞こえた。
助手席に乗り込んできた人は
「とりあえず言う通りにしてくれ。車を出して」
とフロントガラスからは見えない位置まで銃をおろした。
スピーカーから車体を揺らすほどのボリュームで、EDMが流れてきた。
後部座席の人は一層表情を明るくして、音楽に身を預けていた。
「YO! これで自由だ!もっとボリューム上げて!」
本物かどうかわからない銃をこちらに向けながら彼は言った。
ボリュームを上げて、僕は一言。
「僕の家でいいんだね?」
気丈に振る舞ってるつもりだけど、声は震えていたと思う。
助手席はゴーサインを指差し、中古車のエンジンをかけた。
小便を漏らしそうなくらい怖かった。
「オドオドしない方がいい、安全運転で頼むよ」
後部座席からは笑い声が聞こえた。
「メイ・ジー!いつまでいい子ちゃんでいる気だよ、頼むぜ!一緒に脱獄したろ?もう後戻りなんてできやしないよ!」
「オーバ、お前のためを思って言ってるんだ。安全運転じゃなきゃコイツがスピード違反で捕まった途端俺らも終わりだ、あとシートベルトをちゃんと締めろ」
「オーケー、二人とも、言う通りにするからそのファッキンな銃を下ろしてくれるかい?」
すると、メイ・ジーと呼ばれていた方は下ろした。
後ろのオーバは下ろしたように見せて、僕の背中に突きつけてきた。シートから伝わる硬さがある。
大人しく従った方がいい、と本能がそう言っていたから車を出した。
「財布は?」
「僕のケツの右ポケットさ」
「渡してくれるか?」
「車を出したばかりだぜ?」
「いいから」
はいはい、と、もぞもぞ動き財布を渡した。
「彼女にもらった財布だ、あんまり乱暴にしないでくれよ?」
もういないのにね。
「カイシュウ・シボク…君の名前か?」
「いーや、それはディーラーさ、僕はラット、小さいからラットだ」
「よし、ラット、とりあえず君の部屋でシャワーを浴びさせてくれ」
「その方がいいね、君らとっても汗臭い」
こうして、僕のサイアクの一週間が始まった。
やってらんないよ。泣きそうだ。
だって、この車は一週間後に国境を渡ることになる。
ローンもあと四年残ってるのに。




