第二話「三日後に嵐が来ます」
この世界は頻繁に嵐が発生する場所って思っておいてください!
「入れ」
「失礼します」
父上の書斎はいつもうす暗い。
窓の鎧戸は半分閉じられていて、昼間でも蝋燭の光がいる。
書斎に入るたびに、その明るさとの落差に目が慣れるのに時間がかかる。
ルドヴィク・ヴァルテン辺境伯は、俺が部屋に入ってきてから一度も顔をあげなかった。
書類に目を通し続け、筆を動かし続けている。
「リオン」
「はい」
「何度も言っているが、館の外をうろつくな。特に村の方」
また同じ話だ。この5年間で何度も聞かされた。
「3日後に嵐がきます。」
ピタッ。
筆が止まった。
「…何?」
「西から気圧の谷が入っています。それが3日後には山を越えて大きな嵐になります。領民に知らせる準備をしたほうがいいと思います。」
「・・・」
沈黙が続いた。父上の表情が読めない。
事実として、5年前も俺が「嵐が来る」と言って本当に来たわけだ。
いくら「不吉の子」と烙印をおされた息子といえど無視はできない。
もしくは、スキルを恐れて息子を追い詰めた自分に対して思うことはあったのではないか。
おそらくは両方かもしれない。
「その目のことは、人前では話すな。」
再び、父は筆を動かし始めた。
俺は一礼をして書斎から出た。
告げるな、ではなく。人前で話すな。
これをどう解釈していいか悩みどころではある。
のんびりしたいだけなのに、父上はどうも考えさせてくれる人だ。
リナには「少し散歩をしてくる」と告げた。嘘ではない。
ただ散歩にしては少しだけ距離が長い。
道の両側に広がる畑をみて、気が遠くなる。
せっかく土の状態は悪くないのに、雑草が目立つ。
そもそも、この世界における嵐は、ただの自然災害という立ち位置でない。
嵐の発生源は世界に4つあるとされて、風や水に魔力が帯びている。
魔力といっても人体や町に悪影響をあたえるわけではない、
むしろ、土や木からすれば栄養になるのだ。
この世界の繁栄と嵐は切っても切り離せない関係ということ。
実際に、嵐が通ったあとの地域での農作物は豊作になるらしいし、
一部地域では「恵の神の象徴」だなんていわれている。
で問題になるのがここからで、
俺が住んでいる領地は、台風の源泉で北の山脈奥「灰岳」に物凄く近い。
そのため、ほとんどの嵐はこの領地を通るわけ。
つまり、いくら栄養が蓄えられた土であろうと、物理的に風で農作物に被害を与えてくる。
だから、満足に農作物をのだてることが出来るのはまれ。
嵐のたびに作物が流される。農民は値を上げて出ていく。
残ったのは諦めた老人と、どこにも行けないものだけ。
働き手の数が足りていない証拠だ。
かつては3万人いた領民も、いまは7千人に減少した。
数字として知っていると、嵐に悩まされた農民の背中を思い浮かべないわけにはいかない。
前世の気象庁でも、似たような景色を見てきた。
いくらインフラが整っている日本でも、自然の力というは人間では抗えない。
流された田んぼ。傷んだ果物。
でも、前世では安全な気象庁で映像を見るだけだった。
それでも、農夫たちの痛みは理解しているつもりでいた。
しかし、いざ土の上に立ってあたりを見回すと…
少し、違う。
もし、嵐とうまく向き合うことができれば、ここの領地は強くそだつのではないか。
俺の《嵐の目》はそのために授かったのだろうか…とちょっと思ったり。
足を動かすのに疲れがでてきたころに、
1人で鍬を動かしている老人をみつけた
腰が曲がっている。
それでも、動作に無駄がない。
長年の農作業でそぎ落とした、効率化された動きだった。
「ガルドさんですか?」
老人は振り向かなかった。
「何の用だ、坊ちゃん」
「リオン・ヴァルテンです」
「知っとる。呪われている三男坊だろ?」
まあ、そう呼ばれいるのは知っている。前世と加えると生きた年数は60を超えている。
今更、傷つくことなんてない。
「3日後に嵐が来ます」
手が止まった。
老農夫は鍬を地面にたて、ゆっくりと振り返った。
細い目でじっとみてくる。
長年陽光の下で仕事をしてきたからなのか、
承認のように値踏みをするのではなく、自然を見るかのような目で俺をみる。
「なぜそう言い切れる」
「西から気圧の谷が入ってます。山を越えるのが3日後です。雨は半日ほど続きますので、種蒔きをするのなら延期にしたほうがいいです。収穫前のものがあるのなら、はやめに取り組んだ方が損はしません」
カルトは少しの間黙った。
「お前が言うと嵐がくるのか。それとも、お前がくるのか嵐が来るのか」
もうすぐ息を引き取る人に現れる黒猫のようなことを言って…
「違います。俺にはわかるんです」
「なぜわかる?」
「空をみればわかります」
カルドはゆっくりと空を見上げた。
西の稜線をしばらく眺めた。
「…俺には何も見えん」
「俺にはみえます」
老農夫は鼻で笑った。
「帰れ。ガキの戯言だ。」
俺は頷いて、来た道を戻り始めた。
最後に老農夫のほうを見て
「3日後です。それが外れたら黙ります。」
老農夫の返事はなかった。だがそれでいい。
前世でも似た経験はある。
結局信じるかどうかは最終的には相手側の判断にまかせるものだ。
信じてもらえるようになるには、結果をだせばいいだけ。
つまり、今回でいうと天気の当てればいいだけ。
長年やってきたことだ。
3日語、嵐が来た。
昼過ぎから空が急に変わり始めた。俺にはわかっていたことだが、村人は急な嵐にみえただろう。
黒い渦が山を越えていく。縁の紫が夕暮れの雲に滲んで普通の夕焼けとは明らかに違う色になっていた。
館の窓から空を見ていた。
雨が屋根を叩き始める。最初は静かに、だが時間がたつにつれ激しくなっていく。
窓をゆらし、隙間風が蝋燭の火を揺らす。
廊下の向こう側では使用人たちの動く音が聞こえる。
予想通りだ。
カルドはどうしているのだろう…と少し考えた。いつ雨がふるかなどを記したカレンダーを渡すのは今日の後でいいと思っていた。次の機会でイイだろうと。
でも、今になっては疑われていようと渡しとけばよかったと自責の念に駆られる。
グラード村の作物が心配だ。
一応、今日告げられることは告げた。
のんびりする、というのはやれることをやったら後は手放す、ということだ。
前の世界ではそれが最後までできなかった。外れたらどうしようという不安が消えなかった。
でも今は違う。
嵐が来るとわかっていれば、備えができる。
備えができれば、あとは天気が決める。
この差は物凄く大きい。
雨音を聞きながら、俺は目を閉じた。
明後日には晴れる。そのあと、少し間をおいてカルドを訪ねよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。
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