第一話「嵐の目」
新作です!
頑張って楽しんでもらえるものを作っていきます!
空の色が変わっていた。
『西の稜線から積乱雲が頭を出している。まだ小さい。けれでも、今はまだ綿あめのような丸みを保っているが、あの形が油断させる。これから縦に成長する。おそらく、明日の夕刻には山頂を超え、明後日には領地全体を覆い尽くす。』
気圧の谷が接近している。
湿舌が入ってきている。
10歳の頭の中に、
あまりにも専門的な言葉が走った。
前世の知識による言葉だった。
気付いたのは今朝のこと。
いつものようによ空を見上げたら、ふと『気圧の谷』と単語が頭に浮かんだ。
気象庁で30年働いた。最後まで前線の読み方にこだわり続けた偏屈な予報士だった。
後輩には「あの人の予報ははずれない、でも近寄りがたい」と言われていた。
今となっては、自分でもそう思う。
ああ、そういうことか…
転生者というやつらしい。気付くのに10年かかってしまったが。
『気圧の谷』で思いだすなんて自分らしいと思ってしまった。
でも、これで俺のスキル《嵐の目》の意味が、ようやく分かった。
これは天気予報できる目だ。
空を見るいつも、普通の景色の上に何かフィルターみたいなものがかかって見えた。
風の流れが白い筋になる。安定した空は薄い青。低気圧が続くと赤みを帯びた。
嵐の核は黒い渦として遠くに浮かび、その縁だけ紫に光る。
産まれてから見てきたものなので、みんなにも同じように見えているだろうと思っていた。
あの日まで。
5歳の冬、西の空に黒い渦が見えた。縁の紫もいつもより濃い。
記憶は取り戻していなかったが、前世の魂が感覚的に、あれは来ると判断したのだろう。
「嵐が来ます」
父上の書斎に飛び込んで告げた。
翌日、大嵐が来た。
これで一見落着。
と思ってた。
すぐに、神官が呼ばれた。額に手を当てられ、祈られ、数人の神官が代わる代わるきて、それぞれ違うことをした。唯一一致していたことは、オレのスキルが不吉だということ。
ヴァルテン辺境伯家の三男に発現した忌まわしいスキル。嵐を呼び寄せる忌み子の証。
地球と違うから、忌の子なんていわれたら。
それからの5年間の扱いはお察しの通りだ。
父上含む家族と目を合わすことがなくなった、廊下であえばみんな視線を逸らす。
呪われると思っていたのだろう。
恐れのような何かが、あの目にはあった。
家族どころか使用人ですら露骨に目をそらしていた。
厄介ごとに巻き込まれたくないという、日常的な要人だったと思う。
6歳の春からは、食事の席に呼ばれなくなった。乳母のリナが毎回部屋まで食事を運んでくれた。
同い年の子供たちとは、一度も遊んだことがない。
5歳から10歳という多感な年ごろにとっての、5年間はあまりにも長すぎた。
でも、前世の記憶もなく周りと比べることもないのでそれが普通だと思っていた。
今はわかる。
これは呪いでも不吉のスキルでもない。
天気を読むことができるスキルだ。
前世で天気予報士として「空を読む」を仕事にしてきた俺の経験として、魂に入り込んでスキルという形で顕現したのだ。
より、正確に空を読むために…
まあ、なんというか。
笑い話である。
失われた5年間を悔やむよりも、前世を思い出したことに対してプラスに考えればいい。
問題は、これからどうするかだ。
答えはもう出ている。
のんびりする
前の職場では性格柄だったのか、ろくに休まずに働き続けた。台風のシーズンの深夜対応。冬の低気圧が連続する時期の休日出勤。
定時で帰ることが出来た日なんて数えるほどしかなかった。
カラダへの負担が大きいのもわかってた。それでも止められなかった。
その結果が過労死だ。
57歳で、定年まであと3年。
デスクで前のめりで倒れた。
もう、こりごりだ。
この世界でやりたいことは決まっている。
天気が読める。それだけで、この辺境では十分すぎるほどの力になる。
肥沃な土地、しかし嵐の発生源に最も近いため長年不作が続く領地。
農業カレンダーを作ろう。嵐が来る前に人を非難させて、収穫日和の日を知らせる。
それだけでいい。
派手なことは何もいらない。領地を再建しようとか、名をあげようとか全く思わない。
静かにゆったり暮らせばいい。
《嵐の目》は俺をのんびりと過ごさせるためのスキル。
そう思うようにしよう。
「リオン様」
背後から声がした。
乳母のリナだ。丸い顔にいつも心配そうなに眉間にしわを寄せている。この人だけは《嵐の目》を持ってからも変わらなかった。使用人で唯一正面から俺を見てくれた。
食事を運んでくれた時に毎回「今日は何が見えました?」と聞いてくれる。
答えるたびに怖い顔するのにだ。
変な人だと思っていたが、この人がいなければ今頃はもっと悪い方向に進んでいたに違いない。
「また空ばかり見て。お屋形様がおよびですよ」
父上が。
俺は積乱雲から目を離した。計算した嵐の発生時刻を頭の中で計算する。
3日後の夕刻か…
それまで誰に伝えるべきかどうか迷った。
父上は聞かないだろう。
リナは立場的にどうこうできるものでもない。
カルドという老農夫がグラード村にいると、リナから聞いたことがある。
領地で一番農業を続けている男だという。
嵐に何度もやられているのに、決して畑を捨てようとしないという話だ。
「わかった。いく」
短く答えて立ち上がる。膝についた草を払いながら、館のほうへ歩きだした。
のんびり暮らしたい。
ただそれだけの話の、はずだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。
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