下弦の月 ―― 濁水
梅が蕾を膨らませる二月下旬、宮中では曲水の宴の準備に追われていた。
しかし、それとは裏腹に、都では不穏な噂が立ち始めていた。大納言大伴御行が、かぐや姫に求婚したという話である。
大納言大伴御行には皇族出身の正妻がおるにもかかわらず、かぐや姫を娶るにあたり、妻との離縁を望んでいるという。噂は、背びれ、尾ひれを振りながら、都を楽し気に泳いで回る。
この噂は当然ながら宮中にも届いていた。真相を確認しようにも、ここ最近、大納言が病欠と言って政務に姿を現さないのだ。それはまさに権大納言藤原孝平にとって喜ばしいこと。
大納言が失脚すれば必然的に席が空き、そこへ自分が座ることが出来る。
そんなある日、車寄せの前で左兵衛佐小野が、権大納言を待ち構えていた。いきなり目の前で平伏し、自分を郎党に加えてほしいと頼みこんだ。
「権大納言殿、この左兵衛佐小野がお調べいたします。その代わりと言ってはなんでございますが、私が昇格できるようにお力添えをしていただきたいのでございます」
左兵衛佐はあまり評判が良くない。というのも、左兵衛佐は地方出身の成り上がり、格式もなければ品もない。皆から蔑まれている。
(なんとあさましい。下心も隠さず、この私に媚びを売ろうと言うのか)
権大納言は扇で口元を隠し、値踏みをするように小野という男を見下ろした。
(所詮下っ端、要らぬようになれば、切ればよいこと)
「ならば、そなたに頼むとしよう。大納言の失脚となる話を持ってまいれ。この私が大納言となったあかつきには、そなたを従四位下となれるよう、推挙を書いてやらんでもない」
「本当でございますか」
左兵衛佐小野は、今度こそ道が開けたと思い、喜んで立ち去った。
左兵衛佐は検非違使の役職を兼ねることも多く、都の外にも多くのネットワークを持っている。都の周辺の港や街道、海沿いの宿場町にいる情報屋とも繋がりを持っていた。大納言の行方を追うことは、あまりにも容易かった。
小野は入手した情報を持って、権大納言の元へ急いだ。これで推挙を書いてもらえる、と。
「大納言は竜の頸の珠を探し、周囲が止めるのも聞かず、まるで取りつかれたかのように嵐の中、船に乗ったそうです。そこで酷い目に遭われ昨日、屋敷へ運び込まれたとか」
「なんと、それで病欠と申したか。でかしたぞ、左兵衛佐殿」
「権大納言殿。推挙を書いて頂けるのですよね」
「何を申す。それは大納言になってからの話であるぞ。慌てるでない」
「そ、そうでした」
「決行は曲水の宴がよいかのう……。左兵衛佐殿、上手くやってくれ、頼んだぞ」




