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忘却の薬師  作者: 白玉もちこ
第一章
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ウェスタリア王国と王都フィオラ

栄華を極めるウィスタリア王国、王都フィオラには奇妙な噂がある。王城に位置する植物・薬学研究の名門、王立植物園には“特別植物研究室”という所属研究員が2人しかいない機関があるそうだ。王族の直属でありながら、その実態は全くの不明。

噂によると、その2人は日々国の為に暗躍していると言う。


ここ、ウィスタリア王国の王都フィオラは一年中花の咲き誇る美しい都で、ウィスタリア繁栄の証ともと呼ばれている。

初夏の花の香りを含んだ柔らかい風に吹かれながら、1人の少女が街の様子に唖然とする。


「ここが王都フィオラかぁ〜!」


少女の名前はアスター。世話になった老夫婦の死後、仕事を探すためにアスターは目的地だったフィオラにようやく到着し、その美しさと人々の多さに圧倒されていた。


「はっ、見惚れてないでまずは仕事を探さなきゃな…」


アスターは慣れない土地で人に聞き回りながら職業案内所へ向かう。

募集してる職業一覧の要項を見ながらアスターは街を行く当ても無く歩く。


「土木作業、洗濯、金属加工、お針子…」


ボソボソとどこかパッとしない要項を上から読み上げる。


ドンッ


その瞬間、アスターは何かにぶつかってしまう。


「イタタタ…」


少し赤くなった額を抑えて目を開ける。


「おや、大丈夫ですか?レディ。」


目の前にいたのは品の良い上等なスーツを来た紳士だった。


「あっ、ごめんなさい。」


(スーツ着てるから…男の人,だよね?)


銀髪に深い青の目を持つ青年は女性のように美しく優美で、スーツを着ていなかったら女性だと見間違えてしまいそうだ。


「いいえ。こちらも不注意でした。…失礼ですが、お仕事を探されて?」


紳士はアスターの手元にある要項を見て言う。


「あ、はい。元々東の方に住んでて、今日初めて王都に来たんです。」


「そうだったのか。ようこそウィスタリア王国繁栄の証、王都フィオラヘ。君の就職がうまく行くことを祈っているよ。」 


そう言って紳士はアスターの焦茶色の髪ににピンクの可愛らしい薔薇を挿して去ってしまった。


(なんだあの紳士…胡散臭)


アスターは不審に思いながらも頭に挿さったピンクの薔薇を胸に挿し直した。薔薇特有の華やかな香りがほんのりと広がる。


(それにしても人が多いなぁ。全然前に進めない…)


田舎出身のアスターにとってこれほど人が多い土地に訪れるのは初めてであり、少々鬱陶しく感じる。

そんな時、ふとある路地裏が目に入る。多少狭くて薄暗いが、人気は無い。


(ショートカットしちゃおーっと) 


そうアスターは迷いなく路地に入り込む。

先ほどの人の多さと喧騒とは一変、まるで別世界のように静かな路地をアスターは鼻歌混じりに進む。


その時


「うわあああああ!!」


男の声がする。驚いたアスターは反射的に声のする方へ走る。


路地を曲がると、壁に寄りかかって座り込む男がいる。

抑えている肩は皮膚が爛れて赤くなっている。


「大丈夫ですか?今治療を!」


アスターがしゃがみ込んでカバンの中から薬草と布を取り出す。


「…ろ。」


男が何か呟く。


「え?」


「逃げ、ろ…」


その瞬間、路地の奥、暗くて見えないが悍ましい“何か”がこちらを伺いながら近づいてくる気配をアスターは感じ取る。

アスターは太ももに固定している短剣を取り出して男の前に立つ。


「…誰なの?」


アスターの問いに返事は返ってこない。その代わりに植物のツタのようなものが伸びる。

鞭のようにしなるツタにアスターは反射的に短剣を振るった。

暗闇からゆっくりと現れた“それ”を見て、アスターは息を呑む。

人間だった。

いや、正確には——

人間に植物が根を張っていた。


(人間、に植物…が寄生してる…?)


だか人間の老夫の方は明らかに正気がなく、死体特有のきつい匂いがする。


「…死んでる?」


一つの可能性がアスターの脳内に提示される。


(でも死んでるならなんで動いてるの?しかもこの動くツタは?)


アスターは短剣でツタを切り落としながら脳を最大限に稼働させて考える。


(さっきの男の人の傷の状態とあの寄生してる植物の果実…おそらくあれはマンチニール。猛毒を持つ『死の林檎』触ったらまずい。)


ツタの一本が負傷した男性の元に伸びる。 


(まずい!間に合わない!)


だが、伸びたツタが男に届く直前、銃声が響く。死体に寄生している植物と体の接続部分が綺麗に命中してマンチニールの力が弱まる。


「全く。こんな昼間に拳銃を使うのは騒ぎになるから控えたかったんだけどね。」


アスターの後ろから靴音の響く音がする。

振り向くと、そこには銀髪と青い目。そう、先ほどの美しい紳士だった。


「激しい痛みを伴う赤く爛れる傷…君がここ最近王都を騒がせた通り魔の犯人な訳か。君はマンチニールかな?それならこの赤く爛れた傷口の説明も着くね。」


そう言ってそのままアスターを素通りして至近距離で紳士がもう一度銃弾を放つ。

銃弾は迷いなく、植物が死体へ根を張る箇所を撃ち抜いた。

寄生植物が悲鳴のような音を立てて死体から剥がれ落ちる。

次の瞬間、死体ごと黒い灰となって崩れ落ちた。

花弁のような灰が、静かに路地へ舞う。。


「植物が…灰に?」


アスターが呟く。

紳士は振り向いて青い瞳を細めて微笑む。


「やぁ。先ほどのレディではないか。怖い思いをさせてすまなかったね。…ここで起きたことは秘密にしてもらえるかい?」


紳士が口に人差し指を当てて言う。

アスターは何も言わずに怪我をした男の治療の続きを再開する。

慣れた手つきで薬を調合する様子を見て紳士が言う。


「先ほどの身のこなしも見事だったけれど、薬草の知識も素晴らしいね。手際も良い。」


「私も薬師の端くれだからね。」


気絶したままの男に包帯を巻き終わると、荷物を持ってアスターは立ち上がる。


「ねぇ君、仕事探してるって言ってたよね?」 


紳士の問いにぴくりと体を動かす。


「行く当てがないなら僕の研究室に来たら?」


「研究室?」


アスターが紳士の方へ振り返る。


「そう。さっきみたいな“特別な”植物を研究してるんだ。」


アスターは考える。


(明らかに胡散臭い。)


きっと碌な仕事じゃない。確かに植物研究には興味があった。だがあんな怪物みたいなのを相手にするのはごめんだ。


「悪いけど…」


そうアスターが断ろうと口を開いた瞬間、何を思ったのか紳士が言う。


「決まりだ。さあ僕の研究室へ行こう。今なら3食住居付きだよ!」


「えっ…ちょ、あの!」


そう言ってアスターの腕を引っ張って表に停めてあった明らかに上等な馬車に乗せられた。


研究室の付近に到着したアスターは辺りを見回す。


最先端の大きな植物園、よく整えられた庭、そこら中にいる衛兵、そして嫌でも視界に入る大きな城。


「ここここここって…」


「“こ”多いね。」 


「王城、…?」 


「うん、そうだよ。」


相変わらずの紳士はにこやかに言う。


「ええええ!」



「王立植物園へようこそ。歓迎するよ。」


紳士が有名な最新の植物園を背に、胸に手を当ててわざとらしく頭を下げる。


「王室植物園…」


田舎者のアスターでもその名は知っていた。薬学や植物学を学ぶものなら誰もが耳にしたことのある名。ウィスタリア王国一の研究者が集まる一流の研究所で最新の設備が完備してある国一番の研究施設でその道を目指すものなら誰もが一度は憧れる場所だ。


「君には僕と同じ部署に入ってもらおう。」


紳士が慣れた様子で研究棟の中を歩く。


「…どの部署ですか?」


アスターは期待を胸に紳士に尋ねる。

王立植物園には様々な研究部署であり、どれも優秀な成果を発揮している。


(私は薬師だし…できれば王城薬剤師が所属する薬室がいいなぁ…)


だが紳士の答えはアスターの予想に反するものだった。


「特別植物研究室だよ。」


「…へ?」


聞いたこともない部署の名前に思わず声が出る。


「ここだよ。」


そう言って紳士が扉を開ける。


扉の中はこじんまりとした研究室で薬草棚と机、そしてホルマリン漬けにされた巨大な種子がずらりと並んでいた。

なんと言うか…小さい。


「小さいですね。」


アスターが率直に感想を述べる。


「だってこの部署去年出来たばっかりだし、今まで僕しか居なかったしねぇ。」


「はぁ…」


(なんだがとんでもないものに巻き込まれてしまったな…)


アスターはやれやれとため息をつく。


「それで…君はここで働くかい?」


紳士がアスターの顔を覗き込んで尋ねる。

今回もまたヘラヘラとその美貌を安売りするように微笑んでいるが目の奥は真剣だ。

アスターは考える。


(ここは一応王立植物園の一部…給金もきっといい…それに私にはもう行く宛がない。)


アスターは紳士の正面に立ってしっかりと目を見つめる。


「これも何かの縁。植物研究でも化け物退治でもやりますよ!」


「…威勢の良い子は嫌いじゃないよ。」


そう言って紳士はまた青い目を細めた。


「失礼、そういえば自己紹介がまだだったね。君の名前は?」


紳士が手を差し出して尋ねる。

アスターはその手を握り返して言う。


「アスター・ベネット」


「アスターか…君にぴったりの可愛らしい名だ。」

「改めまして、王立植物園、特別植物研究室室長 レシュノルティア・ランカスターだ。堅苦しいのは無しだ。レシュとでも呼んでくれ。敬語もいらない。」


ランカスター。それは確かこのウィスタリア王国の中でも長い歴史を持つ公爵家のはずだ。そしてアスターはレシュノルティア・ランカスターという名をよく知っていた。


「引きこもり公爵…?」


レシュノルティア・ランカスターとは爵位を継いでそうそう、社交界にも顔を出さずに引きこもってしまった間抜けな公爵として国民の間で笑い者の公爵だった。

 

「…君は面白い子だね。アスター」


レシュノルティアが笑った。

初めまして。白玉もちこです。今回が初めてのオリジナル小説ですので誤字・脱字や矛盾が多いかもしれませんが、楽しんでもらえると幸いです。

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