第43話 退くという選択
モブに名前が付いた瞬間。。。
ソウイチが握る格子に手をかけようとした刹那、反射のように、ビクリと手が反応し、動きが止まった。
”触るなよ?”
トキの声が、脳内に響いた。
”それはソウイチの救いじゃない”
”救われるのはお前だけだ”
その通りだった。
目の前の状況を一刻も早く打破したい。
自分自身が救われたいがために、今の状況に、手を伸ばそうとしているだけ。
眉間に指を押し当てる。
目を瞑り、呼吸を一つ。そして、ソウイチを見た。
彼と、視線は合わない。
ソウイチを、トキを、仲間を……
ユウヒを、思い浮かべる。
「すまん……」
それは果たして、誰に向けた言葉だったのだろう。
間違っている
──わかっている
自分本位なだけだ
──その通りだ
誰を救う気だ?
──俺は、仲間を…!
”間違ってるぞ”
ビクリと、また動きが止まる。
先読みされている思考も気持ち悪いが、それが正しいことだとわかることが、更に気持ち悪い。
正解はわかっている。
助けられるもの、助けられないもの、今やるべきこと、やってはいけないこと。
全部、全部わかっている。それでもなお…
この状況で、目の前にして……仲間を見捨てられるわけが、ないじゃないか!
三度目。今度は確固たる意志を持って、鉄格子に手を伸ばした。
が、振れる寸前、ガシッと肩を掴まれ、そのまま後ろに勢いよく引かれた。
振り返ると、仲間の一人が息を切らせて立っていた。
「………ラギ…」
「多分、ここで…合ってるよな」
苦笑いを浮かべながら言う。
何を言ってるのかわからず、ホウジュンはごく僅か首を傾げるが、お前が言ったんだろう。とラギと呼ばれた仲間が呆れた。
「『見捨てるのが正解だ。だけど、きっと俺はそれを選べない』」
ドキリとしたが、確かに、そんな話をしたのを思い出した。
ここに来る前、シンが乱入してくる前の、会話。
「『情に流されて、俺が間違えそうになったら、殴ってでも止めろ』
殴らなくて、済みそうか?ホウジュン」
ニッと、ラギが笑う。拳を見せながら。
張りつめていた空気が、緩んだのが分かる。
自然と息が漏れた。
「悪い……」
それを聞いて、バシバシと遠慮なくホウジュンの肩を叩いたラギは、またもガシっとその肩を組んだ。
「言ったろ。お前一人に、背負わせるつもりもねぇ」
そうだ。と、他の仲間も続く。
ああ。また忘れていた。一人で戦っているわけではないということを…
バシン!!と、ホウジュンが自身の両頬をキツく叩いた。
ビリビリとした振動と、頬と手のひらに走る痛みが、思考をはっきりとさせていく。
「助かった。どうかしてた」
「おう!任せろ!」
闊達な声音に救われる。
この先、地獄は一人で背負い込もうと思っていた。
けれど、そうではないと知れた。
もう一度、ソウイチに向きあう。
今までのやり取りなど知らないかのように、ソウイチは同じ言葉を繰り返すだけだった。
ここから出して。と…助けてくれ。と…
「……戻るぞ」
ホウジュンの低い声に、仲間たちは頷いた。
それは、ソウイチにとっては、絶望の言葉だった。
「──なんで…」
ソウイチの声が零れる。
いつの間にか、会話が成立するようになっていた。
誰も、気づかないうちに…
「──なんで、助けてくれないんだよ」
ソウイチの声がブレる。
普段聞く声音ではなく、そこより若干低い声。
構わず、ホウジュンたちはソウイチに背を向ける。
「──ホウジュン…!!」
「──俺、仲間…だろ?……仲間だよな?!」
ソウイチの一言が、ホウジュンの足を止めた。
視線が落ちる。
咄嗟に目を閉じる。
ギリと、歯を食いしばる音が、脳内に響いた。
それでも…止めた足を踏み出し、視線を前に向ける。
彼の言葉を借りるなら、もう彼は…”仲間ではない”のだ。
「──待ってくれ」
「──置いて、いかないでくれよ」
「──助けて…助けてよ…」
「──助けてくれよ!!!」
── ──ガシャァァアアン!!!
ソウイチの叫びに応えるかのように、ガラスが激しく壊れる音が響いた。
彼らは一斉に視線を四方八方に散らす。
先ほどまで鳴りを潜めていた影たちが、ここぞとばかりに、空間を自由自在に飛び回った。
「おい!またかよ!!」
── ──カシャリ
その中で、ひどく耳に残る、乾いた音が届いた。
振り返ると、ソウイチが捉えられていた籠が開いている。
そこから、ズルリと黒い影が這うようにうごめき、外へと出た。
それはぐずぐずと不安定に揺れていたが、やがて、真っ黒な人の形となって、そこに立った。
顔もない。色もない。けれどそれは…まぎれもなく、ソウイチの姿だった。
「おい…マジかよ……」
「勘弁しろって…おい!」
「は?ホウジュン?!大丈夫か?!!」
混乱してる中、一人がホウジュンの異変に気付く。
こめかみあたりを押さえ、辛うじて崩れ落ちるのを耐えている様子だ。
だが、彼は顔を顰めながら、問題ないと呟く。
「問題ないって、お前…!」
「本当だ……トキの時差式を、食らっただけだ」
籠が開いた瞬間、身に覚えのない映像が頭の中で再生された。
”やれば、出来んじゃん”
皮肉めいた言葉と、この後どうなるかの予測が、一気に頭になだれ込んできたのだ。
情報量と精神負荷で、動きが止まった。それだけだった。
「あとはもう、所かまわず襲ってくるだけだ!できるだけ当たらないように避けつつ、受けるならレガティマで受けろ!」
喰らうと地獄だぞ。と付け加えるのを忘れない。
おそらくこれは、ファルシラに最初に訪れたとき、ユウヒが喰らったのと同じ類のものだ。
生身で受けなければ問題ないが、受けると際限なく精神を浸食される。
「道は惑わしてこない!ただ襲ってくるだけだ!ひたすら!走れ!」
次回更新予定は7/3です。




