第二十四話:東方のお料理は発音が難しいのよね
マーガレットおばあちゃんは、ヨクアンについて、こう付け加えた。
「タクアンとは言っていなかったわよ。ヨクアン……ヨクワァン……ヨカアン……そんな風に言っていたと思うわ」
「!? ヨカアン……羊羹のことですか!?」
「あ、そう、それよ、それ! 東方のお料理は発音が難しいのよね」
私は「なるほど……!」だった。
この大陸では聞き慣れない東方の食べ物。たくあんをうまく発音できずにヨクアンになっていたのかと思ったら……。そうではなかった。羊羹のことだった。
というかゲンさん!
この島で羊羹を作るなんてすご過ぎる。
そもそも小豆はなく、レンズ豆やひよこ豆しかないのに……。
ううん、違う。
透明だから、小豆はなしなんだ。
でもゼラチンはあっても寒天がないと思うのだけど……。
「あの、ゲンさんは羊羹を作る時に、海から手に入れた素材を使っていましたか?」
「ええ、使っていたわよ。この島の周りはぐるりと海でしょう。ゲンさんは歩き回って海藻を手に入れていたわ。でもそれが使えるようになるまでは、とっても大変そうだったわよ。大きな鍋でぐつぐつと煮て、濾して、一度固めていたと思うわ。でもその後、冬の屋外で凍らせていたの。凍らせても再び溶かして、凍らせてを繰り返して……ものすご~く手間暇をかけていたと思うわよ」
「すごい。寒天を自作されていたんですね。小豆はなしで、透明な羊羹を作り上げたと……」
私の呟きを聞いたマーガレットおばあちゃんは、瞳をキラキラとさせた。
「フェリスさんのその言いっぷりだとヨクアンのこと、知っているようね? もしかしてレシピも知っているのかしら? もう一度、あの味、味わえる?」
◇
正直なところ。羊羹の作り方なんて分からなかった。
だがマーガレットおばあちゃんのキラキラとした瞳を見てしまうと……。
食べさせてあげたい、羊羹を、と思ってしまう。
そこで翌日から私は村人にヒアリングをして、可能な限りのゲンさんの羊羹作りの情報を集めた。何より、マーガレットおばあちゃんが、海藻から寒天を作るまでの工程をしっかり覚えていたこと。ゲンさんと海藻を取りに行ったことがある村人が健在だったこと。この二つにより、羊羹を作るまでの流れ、さらには羊羹に使う材料も分かった。
「フェリスお姉さん、明日は海に行くの? しかも魔法でそこへ連れて行ってくれるの!」
「ええ、ピアとエルと、村人を一人連れて、転移魔法で浜辺に行くわ。そこで海藻を集めて、ゲンさんがやっていた寒天を作る手法を試してみるつもりよ。さすがに今は夏だから、冬の寒さを活用することはできない。でもこの村にも氷室があるから、あとは魔法で凍らせて、溶かしての繰り返しをしてみるつもりよ」
つまり海藻の採取、寒天作り、そして羊羹へという一連の作業にトライすることにしたのだ!
「わあ、海の中に初めて入ったよ。足だけだけど、河とは全然違う~」
「寄っては離れる波が足に触れていると、くすぐったいですね!」
ピアとエルは浅瀬で採取する海藻のために、初めて海の中に入った。河とも違う海ならではの波や潮の香りに興奮している。
一方の私は村人に話を聞き、寒天の元になる海藻の特定に成功。ピアとエルに声を掛け、採取を手伝ってもらう。そして再び転移魔法で村へ戻り――。
「うわあ、この鍋、フェリスお姉さんが魔法で用意したの!?」
「ええ、そうよ。羊羹を作るには寒天が必要だけど、作るまではラーメンのスープ以上に大変だから、今回まとめて作っちゃうわ。ある程度日持ちするから、余剰分はマーガレットおばあちゃんや村人に使ってもらうわ」
こうして大鍋で海藻をぐつぐつ煮て、村人にも手伝ってもらい、濾して、固めて……。
さらに魔法を駆使し、凍らせて、溶かしてを繰り返した。
「遂に出来たわ……!」
「これがカンテンなんですね、お嬢様!」
「そうよ、これ、これ。ゲンさん、確かにこんなものを作っていたわ!」
マーガレットおばあちゃんにお墨付きをもらえ、ようやく寒天が完成。
いよいよ羊羹作りに着手できるところまで漕ぎ着けた。
「使う食材は、寒天、水、砂糖、蜂蜜。この四点……だと思うの」
マーガレットおばあちゃんの厨房には、エルとピアは勿論、多くの村人が集まっていた。
「確かにヨクアンは透明だったから、必要は食材はシンプルだと思ったけど……本当にそれだけなんですね」
マークが驚くが、マーガレットおばあちゃんは……。
「砂糖は沢山使っていた記憶があるわ。ここは海に浮かぶ島国だし、交易品を大陸より手に入れやすいでしょう。砂糖も首都に比べると、割安で手に入るわ。それでも自然採取できる蜂蜜より値が張るもの。でもゲンさんは『この砂糖で保存性を高めるんだ』と言っていたわよ」
「そうなんです。まさに砂糖が羊羹の保存性を高めています。さらに東方では小豆を使いますが、それは手に入らないので、この材料で作る羊羹は、本来の羊羹とは風味も味わいも異なるものです。ですがこのシンプルな材料により、羊羹のあの独特な食感を再現でき、かつ保存性は高くなると思います」
私の説明を村人は「ふむ、ふむ」と聞いてくれる。
「ドライフルーツを加えることも考えましたが、保存性に影響が出るので、ゲンさんもいれなかったのではないかと。船乗りの皆さんが手早くエネルギーを補給できるおやつとして、羊羹の再現に取り組んでみようと思います」
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