第二十ニ話:怪我の功名
クラウスは謎を残し、村を去ってしまった。
また戻るとは言っているが、彼は一体いくつの顔を持っているの!?
だって去り際の彼は……ジョーンズ教授だった。
ジョーンズ教授に初めて会った時、彼はメガネをかけていたし、髪色も違えば、髪型も違う。少なくとも素顔をさらすつもりはなく、変装をしていたのだと思うのだ。勿論、声音も話し方も全然違うのだから、まんまと騙された……というか、クラウスがカメレオン俳優のようだと分かっても、まさかジョーンズ教授とイコールとは、想像出来ていなかった。
でもジョーンズ教授もまた、自分であると明かしたのは……。いつ戻ると確約はせず、去ることになった。でもちゃんと戻り、いろいろな謎について話すつもりであると、示してくれたのではないか。
彼のさりげない気遣いに優しさを感じる。
そもそも赤の他人だった私を助けてくれたところにも感謝しかない。でもそれは……そうか。ゼノビアが命じたからか。
それはさておき。魔法を使わず、様々な人物をこれほどに演じ分けられるなんて、やはり驚きしかない。それに特級魔法の使い手であるだけではなく、その知識も豊富で多才だ。大道芸としての演技だって完璧だった。
私はどうしても圧力鍋を作りたくて、エルのおかけでスチーム・ダイジェスターを知ることになった。だが普通は知らないのではないか。それともゼノビアの護衛をやるには、様々なことに精通している必要があるのかしら?
「お嬢様!」
肩に手を置かれ、「エル!」と驚くことになった。エルは何だが不貞腐れた様子で私を見る。
「お嬢様はあのクラウスと会うのは、今回で二度目ですよね?」
そんなことはないと判明している。しかしエルはクラウスが、ジョーンズ教授であり、エディであり、クルスであったことを知らない。
「そうね。初対面の時は、顔すら見ることがなかったわ」
「それなのにどうしてそんなに近いんですか!?」
「何のことかしら!?」
エルはあの紺碧色の瞳をうるうるさせ、私を上目遣いで見た。
そうしながらも普段から装備している軟膏を取り出し、私の首の傷に塗ってくれる。
「初対面の時は挨拶もしていません。ですが今回、二回目の対面ですが、お嬢様はあのクラウスさんに助けられた。命の恩人であるクラウスさんに、お嬢様が気を許すのはよく分かりますが……。お嬢様のことをクラウス様は、名前で呼んでいましたよね!? それに距離が……距離が近過ぎではありませんか!」
「ええっと、それは……」
「あ、あんな顔を近づけて、しかもお嬢様の表情……お嬢様は未婚なんですよ! しかもクラウスさんは婚約者でもないんです! 名前で呼ばせることを、なぜお許しになったのですか!」
エルが躾に厳しい乳母みたいになってしまって大変!
「落ち着いてエル」
「いくらゼノビア様の護衛でも、素性も分からないんですよ! それなのに! お嬢様は公爵令嬢という立場であ」
「いた! フェリスお姉さんさん、エルお兄さん! 晩御飯は冷やしラーメンにするんでしょう? そろそろ準備しないと」
ナイスタイミングでピアが声を掛けてくれた。
「そうね、ピア! そうしましょう。村人の皆さんにご迷惑を掛けてしまったから、お詫びも込めて、皆さんに冷やしラーメンを食べていただくわ」
冷静に考えると、私がこの村に来たことで、エリオンドが現れた気がする。これは申し訳ないことをしてしまった。
「お嬢様。エリオンドが現れたのは、お嬢様が東方の知識に精通していると考え、養蚕についても何か知っているのではないか。使える人間かもしれないと考えてのことです」
エルは……やっぱり私の表情の変化に敏感で、そして先回りして声をかけてくれる。
「今回はお嬢様を追って姿を現しましたが、そもそもはシノブさんを執拗に追っていたんですよ。よってお嬢様は巻き込まれたに過ぎません。そこで何か責任を感じる必要はないと思います。燃え落ちた柵の復旧は、手伝えるだけ手伝えばいいと思います」
「柵の復旧……その件でさっきクラウスさんから提案があったの。それも話さないといけないわね」
こうして冷やしラーメンの準備、柵の件などで慌ただしく時間が過ぎていく。
マーガレットおばあちゃんやマークに、エリオンドの目的が実は私だった件も話したが……。
「シノブさんとアントニーとピアちゃんが、この村から出るきっかけを作ったのに飽きたらず、今度はフェリスさんを……とても許せないわね。フェリスさんは何も悪くない。まさにとばっちりよ。でも、あのゼノビア伯爵がその悪党を捕らえてくれたのでしょう? こんな山奥の村だけど、定期的に一番近い宿場町や港の方にも足を運んでいるの。そこで新聞だって手に入れている。みんなゼノビア伯爵が正義の味方だって知っているから! しかも悪党を捕えるために、こんなところまで来てくださるなんて。貴族なのにすごいわ」
首都から遠く離れたこの場所でもゼノビアの人気は圧倒的だった。マーガレットおばあちゃんですら知っているのだから、村民で知らない人はいないだろう。
「石壁を作ってもらえるなんてラッキーですよ! それなら火災の心配もなくなるし、何より獣の侵入を防げる。クマにオオカミ、イノシシ。奴らから作物を守ることができます。怖い思いしたフェリスさんには申し訳ないですが、これは怪我の功名!」
マークの言葉通りのことを、他の村民も思ってくれたようだ。結果的に私を狙い、この村にやって来た悪党により、村は今より守りを強固に出来るようになった。
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