第十一話:両親のこと
マーガレットおばあちゃんとピアは、一緒に煮物を作りながら、そこで思い出語りになった。
自分の息子とシノブさんが、島を出てからどんな風に生きていたのか。それはずっとマーガレットおばあちゃんが気になることだった。
だがピアが両親と過ごした時間はあまりにも短い。覚えている両親の記憶はきっと少ないはずだ。それでも懸命にピアは、両親と過ごした時間、注いでもらえた愛情について、言葉を尽くして語った。
それはこんな風に。
「お誕生日で猫のぬいぐるみが欲しいって言ったら、お母ちゃんが手作りしてくれたんだ。端切れ布で作ってくれたんだけど、手の平に乗るちっちゃい子猫のぬいぐるみ。とっても可愛かったんだ!」
「お父ちゃんはね、工場から帰ってくると、くたくただったの。だからピアが肩たたきをしてあげたんだ。そうしたらお父ちゃんはお小遣いくれるの! それをね、毎日貯めて、お父ちゃんの誕生日に靴下をプレゼントしたら……。お父ちゃん、穴が開くまでその靴下を履いてくれたんだよ!」
ピアの話を聞いているマーガレットおばあちゃんは、それはそれは柔和な顔をしている。
だが、それぞれが亡くなる話になると……。
「お父ちゃんはね、その日、お母ちゃんの具合が悪いから、薬を買いに行ったんだ。薬は高価だから、三か月分のお給金を貯めて、お薬屋さんに行ったの。雨がしとしと降る秋の日だった。お父ちゃんを轢いた馬車は、とても立派な馬車だったって、目撃した人は言っていた」
イースト島は、海に囲まれた島だ。そしてゲンさんという、東方で小料理屋をやっていた人が、かつてこの村に住んでいた。彼は乾燥昆布や煮干しを作り、それはこの村の人々の間で、調味料の一つとして受け入れられたようだ。
野菜を切り終え、煮込みが始まったが……。
昆布と煮干しで作った出汁を使っているようで、和風の香りが漂う。
私としては家庭の温かさを感じさせる匂いが満ちる中で、ピアの父親の死が静かに語られている。
「ちゃんとした貴族なら、自身の名誉のために、事故を起こしたらきちんと怪我人を助けるんだって。でも悪い貴族もいて、そういう奴らは平民を一人轢いたぐらいでは、気にせず走り去るって聞いた。お父ちゃん、轢かれた直後は生きていたって……。もし轢いた馬車の人が、お父ちゃんを乗せて病院へ運んでくれたら……助かったかもしれないのに」
そこで感情が昂り、泣き出したピアのことを、マーガレットおばあちゃんは優しく抱きしめる。
「アントニーはおっちょこちょいなところがあったから、いつも言っていたのよ。急いでいる時ほど、周りを見なさいって。あの子は……馬鹿だね。こんな可愛い子供がいるんだから、ちゃんと生きなきゃいけないのに。アントニーは親不孝だよ。親より先に死ぬなんて……」
口では息子を叱咤する言葉を言っているが、マーガレットおばあちゃんの瞳からも、涙が溢れ落ちている。
「お父ちゃんが亡くなったらお母ちゃん、元気になったんだよ。ちゃんとお葬式もやって『お父ちゃんの分まで、お母ちゃんが頑張るから、大丈夫よ、ピア』って言っていたのに。お母ちゃん、多分、頑張り過ぎちゃったんだと思う。急にね、倒れちゃったの。ビックリして隣のおじいちゃんに頼んでお医者を呼んでもらったけど……もう……手遅れだって……言われて……」
「お嬢様、これを」
エルにハンカチを渡され、キッチンの二人をリビング兼ダイニングになっている部屋で見守りながら、私も泣いていることに気付いた。私が座るのは、一枚板で作られた大きなテーブルに合わせて作られた、ベンチタイプの椅子だ。年季が入っているこのテーブルで、ピアの両親であるシノブさんとアントニーさんは、笑顔で食事をしていた日々があったはず。
もしもこの家でそのままピアと共に暮らしていくことができたら……。
アントニーさんが馬車で轢かれることはなかっただろう。もしシノブさんさんが病気になっても、マーガレットおばあちゃんや村の人が看病し、元気になっていたかもしれない。シノブさんの父親であるゲンさんも、孫の顔を見ながら、楽しく東方の料理を作っていたかもしれないのに。
シルクを自前で作れたら、確かに大金になっただろう。だがそのために、平和に生きることができたはずの人々が犠牲になったかと思うと、許せない気持ちになる。しかもそれがトレリオン王国の人間がしたことかと思うと……。
祖国への愛国心のようなものが、揺らぐ。私を婚約破棄し、断罪したロスたち王族が治める国。例え二度とトレリオン王国に戻ることができなくても構わない……そんな気持ちにさえなってしまう。
「ピアちゃん。アントニーとシノブさんのこと、いっぱい、いっぱい話してくれてありがとうね。昼食の後は、二人の思い出の品を見せてあげるわ。二人が使っていた部屋はね、まだそのままに残っているの。もしかしたらまた帰ってくるかもしれないと思って、手をつけずにいたのよ」
「そうなんだ! 見たい。お父ちゃんが子供の頃に過ごした部屋なんだよね!?」
「そうよ。でもその前に。ちゃんとお昼ご飯を食べましょうか」
「うん! 食べる!」
涙から一転、笑顔になったピアとマーガレットおばあちゃん、そしてそこに顔を出したマーク。さらにはエルと私とで、ゲンさんの思い出の味の煮物で昼食となった。
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