第二話:ヨクアン!?
思いがけず、一日二回の営業をしてしまった。
しかもその営業をする中で、とても面白い話を聞くことができた。
「東方と言えば、隣の宿場町から出ている船で、六時間程の場所にあるイースト島。そこには東方から来た人間が住んでいると聞いたことがある。そこで変わった保存食があって、確か名前はヨクアン。日持ちするからって、この辺りの船乗りの間で一時流行った。でもそのレシピが門外不出だったから……作っていた東方人が亡くなると、誰も作れない。幻の食べ物になってしまったと聞いたぞ」
これを聞いた私はビックリ!
東方の国からしたら、ここは大陸の果てとも言える。まさに前世で言うところのシルクロードを経るか、大航海をしないと辿り着けないのだ。だがそれを経て、イースト島という島にやって来た東方人がいたなんて!
でも冷静に考えると、絶品玉子焼きを作る店主も漂流して東方の国で過ごした時間を持っていた。大陸で東方の人々を見かけないが、一切の人の行き来がないというわけではないのだろう。
それにしてもヨクアン。保存食ということはもしやタクアンのことなのでは!?
「イースト島! 俺達はまさにそこへ向かうんだよ。イースト島は小さな島だ。だがそこで生産されるイーストワインはアルシャイン国の高位貴族の嗜好品として大人気なんだよ。今回もとある侯爵様の希望で買い付けに行くんだ」
私は第二王子の婚約者として妃教育を受け、各国の情報を頭にインプットしていた。だが「イーストワイン」なんて聞いたことがなかった。
「イーストワイン……幻のワインだ。名前は聞いたことがあるが、飲んだことなんて勿論ない。確か、えーと。あれだろう、製法が特殊なんだろう?」
どうやらアルシャイン国の人間でも知る人ぞ知る、のようだ。
「そうなんだよ。発酵の最終過程で、アルコール度数と糖度のバリエーションを出すため、スピリッツを加えるんだよ。スピリッツは確かブランデーを使うことが多いらしい。アルコール度数が高まれば、保存性が高まる。しかもブランデーを加えるタイミングにより、甘口から辛口まで、風味を調整できるらしい」
これは大変興味深く、調理の手が止まりそうになる。だが「お嬢様、湯切りを!」と冷静なエルに促され、手を動かすことになる。
「こうやって話すと、単純に思えるだろう? だが使うぶどうはイースト島産のもので、ブランデーを加えるタイミングや量も、熟練の技術と長年の経験に基づく。どこでも作れるワインというわけではないのが、イーストワインの人気の秘密。そして大量生産はできないから、高位貴族の嗜好品になっている。自国内で細々と流通しているが、一本当たりの値は、とんでもないことになっているんだよ」
まだワインを飲める年齢ではないが、実に興味深い話だ。それにヨクアンも気になる。
「イースト島、東方の方が住んでいたのなら、その名残があるかもしれませんね。ワインもそうですが、ヨクアンも気になります。機会があれば行ってみたいですね」
出来上がった冷やしラーメンを、ヨクアンについて語った男性に出しながら、さりげなく言った言葉だった。すると……。
「そうか。姉ちゃん達はここでしばらく商売するわけではないのか? もしそうなら行くか、一緒に?」
「え!」
「だって東方の食い物をこうやって売っているということは、よほどだろう。東方に興味があるんだ。だったら船はでかい。大人ニ人と子供一人が増えるぐらい、どうってことはないからな。食わしてもらった冷やしラーメンは、とっても旨かった。これまで味わったことがある鶏のスープがベースだが、このメンやトッピングは食べたことがない。斬新で新鮮で、感動した。その御礼でイースト島へ連れて行くぐらい、お安い御用さ」
これにはビックリだった。
貴族達が海で楽しむのは、ヨットでの近場の観光。船で旅行はまだ主流ではない。豪華客船もなく、商船がメイン。少し前は戦争のために、船が多く使われていた。今は平和な時代なので、船といえば貿易のための重要な交通手段。どこかの島に興味を持ったからといって、ほいほい船に乗れるわけではなかった。
「すごい! 島に行けるの!? 行きたい!」
好奇心旺盛なピアは、即行きたいと反応している。
「島……。この大陸以外は行ったことがありません。ヨクアンもあったということは、東方の料理に懐かしさを覚える島民もいそうですよね。冷やしラーメンを提供したら、喜ばれるかもしれません」
エルも未知の世界となる島に興味を持ち、さらには東方料理を懐かしむ島民の気持ちにまで想いを馳せている。
つまり。
これは二人ともイースト島に行ってもいいということだ。
ならばここは……。
「お言葉に甘えていいでしょうか。ぜひイースト島へ連れて行っていただけないでしょうか!」
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次話は18時頃公開予定です~