第六十六話:訳アリですよ、お嬢様!
その姿はまるでアクション映画やスパイ映画の主人公。
若くハンサムな細マッチョ。
そんなクルスと握手をすると、まるでスター俳優に会っているような気持ちになり、胸がドキドキしてしまう。
「ねえ、お兄さんはどんな芸をするの!?」
ピアが瞳を輝かせて尋ねると、クルスは肩から担いでいたズタ袋を下ろした。
そこから取り出したのはクロスボウだ。
さらに小ぶりのウォーターメロンを取り出した。
「こうやってクロスボウをセットして、ウォーターメロンを投げる」
そこからは神業だった。
小ぶりでもウォーターメロン、それなりのサイズと重量があると思うのだけど、片手で軽々と投げたのだ。しかもそれをクロスボウで狙うと見事命中。それをキャッチすると、腰につけていたナイフで見事にカット。その場にいたドリンクショップ、ジェラート屋のスタッフ、そして私達にカットしたウォーターメロンを配ってくれたのだ!
「すごいわ」「驚いた!」「お見事です」
女性陣がメロメロになるのは当然のこと。
さらにクルスがすごいのは、クロスボウの腕前もさることながら、手早くフルーツをカットしたところ。ナイフ捌きもスマートだった。
他にもオレンジをお手玉のように投げたかと思ったら、そのオレンジを片手でぎゅっと絞ってグラスにオレンジジュースを用意した。これを見たドリンク販売をするスタンドショップの男性は、奥さんから「あなたもあれできる?」と尋ねられ「できるわけがない! オレンジを片手で絞るって難しいんだよ。レモンと違い、果肉もしっかりしているし。握力が相当必要!」と言っているのが聞こえた。
クルスは笑顔でやっているけど、相当すごいことなんだと理解する。
「すごーい!」「お兄さんかっこいい!」「そのオレンジジュース、買います!」
気付くとクルスのパフォーマンスに魅了されているのは、私達だけではない。
いつの間にか彼を見守る女性観光客に囲まれている。
「ピア、お嬢様! 手を動かしてください! 間もなく開店時間ですよ」
少しぷりぷりとしたエルに言われ、私とピアは慌てて手を動かすことになる。
その後もクルスは私達のいる広場でパフォーマンスを披露してくれたが……。
これがいい呼び水になる。
クルスのパフォーマンスはいくつかバリエーションがあるが、ワンターム披露するとブレイクしてくれるのだ。そのタイミングで観客は昼時ということもあり、冷やし中華を売る私達のお店へ流れてくれる。そして満足すると、そのままアルコールを手に入れたり、ジェラートに向かったり。
クルスのおかげで私達のお店は、営業のため声を張り上げる必要はなかった。
「フェリスお姉さん、クルスお兄さんに御礼をしたい!」
つまりピアはクルスにご馳走したいということ。
それに反対する理由はない。
エルはなんだか不満そうな顔をしているが、何も言わない……というか言えないのだろう。
「握手してください!」「ハグしてください」「チークキスしていいですか!」
パフォーマンスを終え、女性陣に拍手喝采で迎えられたクルスは熱烈ラブコールを受けている。その合間を見て、クルスにピアが声を掛ける。
「クルスお兄さん、ピアの作った冷やし中華を食べて!」と。
「え、いいんですか!?」
「だってクルスお兄さんのおかげで、冷やし中華どんどん売れたんだもん」
「そうなのかな? 僕はいつも通りのパフォーマンスをしただけなんだけど」
そう言って笑顔になるクルスの白い歯が眩しい!
この世界に、歯磨き粉と歯ブラシのメーカーがあれば、CM契約は即決定だろう。
こうしてクルスはピアが作った冷やし中華を食べることになった。
ドヤ顔でクルスに冷やし中華を出すとピアは……。
「食べて、クルスお兄さん!」
「ピアちゃん、すごいな。これを君が作ったの? 料理上手だね」
「えへへへ。ピア、ツケメンも作れるんだよ!」
「ツケメン? それもオリエンタルの料理?」
「そう~」
冷やし中華を食べ始めたクルスとピアは、すっかり打ち解けている。
「あのクルスって男、本当にただの大道芸人ですか!? なんでハシの使い方を習ったわけでもないのに、使えるんです!? それにただの大道芸人が、あんなに握力があったり、筋肉を鍛えたりしているものですか!?」
エルの言葉に「!」と驚くことになった。
確かにクルスは慣れた手つきで箸を使って冷やし中華を食べている。
「あれはどう考えても剣術、弓術、槍術、後は乗馬で鍛えたものだと思います。内腿や大腿筋にもしっかり筋肉がついている。パッと見は分からないと思いますが、ぐっと力を入れた時の安定感が違います!」
「そうなのね……。エルがそう言うなら、そうだと思う。騎士として誰かに仕えていたけど、何か理由があって辞めたのかもしれないわ」
「つまり訳アリですよ、お嬢様! 気を抜かないでくださいね」
これには「!?」となってしまう。
気を抜くようなこと、私、したかしら!?
するとピアが満面の笑顔でこちらへと駆けてくる。
「どうしたの、ピア?」
「クルスお兄さんが、ヨットを持っているから、乗せてくれるって!」
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