第五十三話:君の手料理、楽しみだな
準備を整え、中央広場へ向かう。
すると案の定、木陰となるテーブルとベンチがあるあたりは既に屋台が営業を開始している。
「空いているスペースは陽射しを遮るものがない場所ばかりです」
エルの言う通りであるが、問題はない。
なぜなら想定内だから!
「この四本の棒を立て、布を張る。日よけの簡易テントがあれば、問題なし、だよね、フェリスお姉さん!」
「ええ。その通りよ。あそこのテーブルとベンチは、まさに日光直撃だから、誰もいない。まずは打ち水をして、すぐに簡易テントを張るわよ!」
「「はーい!」」
こうしてまずはイートインスペースと調理スペースを確保し、簡易テントを組み立てる。
それが終わるといよいよ準備スタート!
これまでと違い、麺の準備を始めると、「何をしているの〜?」と子供が寄ってくる。
「これからここでは、冷やし中華の販売を始めるの。今はその料理で使うメンを作っているんだよ!」
「へぇーっ、それ、どんなお料理なの!」
ピアは子供達と楽しく会話しながら、麺の生地を用意する。エルと私はタレや具材の準備だ。
そしていよいよ開店時間が近づいたタイミングで、麦茶の用意を開始。
「何だかいい匂いするぞ」
「こちらではお昼の鐘と共に、東方の料理、冷やし中華を販売します! するりと食べられる、さっぱり爽やかな酸味のある小麦の料理。それが冷やし中華です! ハム、たまご、キュウリ、トマトと具沢山。さらに今、良い香りを漂わせている麦茶というドリンク。冷やし中華を購入した人には、この麦茶が無料サービスでついてきます。しかも本日限りの販売です!」
ピアが完璧なタイミングと内容で宣伝をしてくれる。これを聞いた人達は「東方の料理」「確かに具沢山だ」「ドリンクが無料?」と分かりやすく反応。そして大麦を炒る香りとも相まって「今日の昼はここにするか」「ちゃんと日よけのテントも用意されているし」「しかも今日限りらしい」と、何と開店前から行列を作ってくれる!
これは申し訳ないと、急遽番号を書いた紙を用意し、配布することになる。紙を受け取った人は先に着席してもらうことで、炎天下の下で待たずに済む。
ここはピアが読み書きをちゃんと勉強してくれたおかげで臨機応変に対処出来た。
リーン、ゴーン、リーン、ゴーン……。
お昼の鐘の音が聞こえてくる。
遂に開店だった。
全部で八名のお客様が待っていると分かっていたので、どんどん麺を茹で、盛り付けを行う。
エルは盛り付けとタレをかける担当で、私が麺を茹でる。
女性である私の湯切りパフォーマンスはやはりウケるからだ。
「番号札、一番のお客様、冷やし中華出来ました!」
私が大声で呼ぶと、イートインスペースからこちらへと男性が駆けて来たが……。
「やあ、お嬢さん!」
「あ、あなたは……!」
「驚いたよ。君、貴族にしか見えなかったのに、屋台をやっているんだね。しかも東方の料理。冷やし中華なんて初めて聞いた。せっかくだから食べさせてもらうことにしたよ。君の手料理、楽しみだな」
涙袋のほくろと共に笑顔を見せる青年は実に爽やか。よく見ると長い茶髪は後ろで一本に結いている。紺色に黄色の花が描かれた、前世で言うならアロハシャツを着ている彼は、南国ムード満点。
そう、昨晩、町を案内しようかと声を掛けてくれた人!
「サービスの麦茶です」
私と青年の間に割って入るようにして、エルがトレイに麦茶を置く。
離れた場所で「冷やし中華、いかがですか~?東方の料理、今日だけ限定発売です!」というピアの宣伝文句が聞こえてくる。
「これがあのいい香りの正体、麦茶か。これは飲むのが楽しみだ。この冷やし中華も麦茶も、君のアイデアなの?」
「あっ、はい。夏なので」
「お嬢様、次のお客様も待っているんですよ!」
つい説明をしそうになったが、確かにエルの言う通り。
「ごめん、ごめん。営業中だったね」
青年はウィンクをすると、席へと戻っていく。
「追加で五名分、よろしくお願いします!」
ピアの声に「はいっ」と動き出す。
すると……。
「これがあのいい香りの正体かぁ。麦茶と言うそうだ。ほんのり香ばしい匂い。味に癖はなく飲みやすい。ごくごくいける。飲んだ後にほのかに感じる甘みといい、何ともホッとできる飲み物だと思う。冷やし中華を食べる前に一口飲むと良さそうだ」
先程の青年が、順番待ちの客に麦茶の感想を伝えてくれている。
「それでは初めて食べる冷やし中華。いただきます!」
元気な声には何だか励まされる。
だがその後、沈黙が続き、少し心配になりながら、二人目、三人目に冷やし中華を出していると……。
「すまない。みんな。感想を期待していたと思う。だがな、これは食べ始めると止まらないなんだ! この少しナッツの風味を感じるタレ。このタレはわずかに酸味があるが、これが食欲をそそると思う。トマトとキュウリ。ハムとこの金糸のような玉子。そしてこのメン! これらがすべてこのタレで一つにまとめられている。食べ始めるとこの怒涛の味のラッシュに手が止まらなくなるんだ。つい一気に食べてしまい、感想を言う余裕がなかった。ただ言えることは『食べてみろ、そして実感するがいい、この旨さを!』という感じだ!」
青年の言葉を聞いた人達からは拍手が起き、「分かりやすかった」「とにかく旨いということだ」「これは期待できる」と好反応な声が聞こえる。さらに道行く人から「そんなにも美味しい料理なのかしら?」「今日だけの限定販売と言っていたわよ」「何だか気になるわね」と立ち止まり、店頭に人が集まる。そして「一つ下さい」につながっていく。
昨晩出会った涙袋のほくろが特徴的な青年のおかげで、行列第二弾が出来た!
お読みいただきありがとうございます!
まさにお昼にお昼ネタを公開できました♪
次話は18時頃公開予定です~