第五十一話:散歩?
「お嬢様。今日は仕込みがないんですよね?」
冷やし中華を堪能した後、後片付けをしているとエルが私に尋ねた。
「ええ、そうよ。冷やし中華のタレを寝かせる必要はないし、麺はつけ麵とは違い、コシがあり過ぎる必要もないから。それにチャーシューの代わりにハムを使う。明日は市場で新鮮な食材を手に入れて、朝食の後から準備開始よ」
「そうですか。……ではピアが休んだ後、少しこの町を散歩してみませんか?」
「散歩……?」
問い返すと、エルは顔から首まで赤くする。
どうしたのかと思ったら……。
「そ、その……昨晩、ジョーンズ教授とお嬢様は散歩をされたと言っていたではないですか。川沿いの遊歩道は、道沿いのお店からの明かりもあり、とても綺麗だったと……」
「そうね。とても美しかったわよ。……エルも見たかったの?」
「……いえ、いや、はい、そうです……」
川沿いのあれは夜景と呼んでいいのかしら?
確かに綺麗だった。
でもありふれた景色でもある。
トレリオン王国にいた時でも、王都の川沿いでは似たような夜景が見えた。
今さら……という気持ちは否めないが、そんな景色をしばらく見ていなかったのは事実。さらに美しい夜景を見ることで、エルの気持ちが癒されるのなら、それに越したことはない。
でもこの街、昨晩のような川なんてあったかしら……?
「お嬢様。さっき、近くの荷馬車の御者達が話しているのを聞いたのですが、明日お店を出すことになる中央広場には、巨大な噴水があるそうです。その水は今日越えてきた山から引いている水なんだとか」
「え、そうなの!?」
「はい。山から水路をひき、その水は畑に使われる。さらにはこの宿場町の住人達の生活水として、活用されているそうです。井戸だと思って使っていましたが、この休憩スペースの水も、地下水路から汲んでいたようで」
豊富な水源だったので、町の中心部の広場に、巨大な噴水も設置されたわけだ。
「その噴水がある広場は、この時期、遅い時間まで屋台が営業しているとのこと。とても賑わっているそうで、夜に散歩をしている人も沢山いるそうですよ。オープンテラスのカフェもあり、そこでお酒やコーヒーを楽しむ人も多いのだとか。噴水を眺めながら、一杯やるかと、その御者達は話していました」
「なるほど。散歩というより、気分転換をしたかったのね。いいわ。ピアを寝かせたら、行ってみましょう。どうせ明日、そこでお店をオープンするのだから、下調べにもなるわ」
こうしてピアを先に宿の部屋で休ませると、エル二人で中央広場へ向かった。
「お嬢様、すごいですね……!」
「本当だわ。屋台やスタンドショップが沢山」
「大道芸や音楽を奏でている方もいます」
「遊戯系の屋台もある……。ピアも連れ来てあげればよかったわね。なんだかフェスティバルみたい」
「やあ、お嬢さん! この町へ来るのは初めて?」
真ん中分けされた前髪を揺らし、ニコニコと笑う長身の青年が、気が付けばそばにいた。
水色の半袖シャツには黄色の花が大きく描かれている。涙袋にほくろ、その笑顔には、なんだか人懐っこさがある。
「あ、はい。初めてです。今日到着したばかりで」
「やっぱり。この町は毎日毎晩、こんな感じだよ。冬でもね」
そう言って実に綺麗にウィンクする。
……ウィンクって何気に難しいので、思わず「お見事!」と思ってしまう。
ではなく!
「そうなんですね。活気があっていいですが、冬も……驚きました」
「冬でもこの辺りは割と気温が高いんだ。さすがに雪が降ったりすると、閑散とするけどね。よかったら町を案内しようか?」
これは流れで頷きそうになるが、私のレースの長袖を、遠慮がちに掴む気配を感じた。
ハッとしてエルの方を見ると、彼は唇をきゅっと噛み、うるうるの瞳で私をじっと見ている。
地元の人に案内してもらえると、観光客や旅人では知り得ない場所へ案内してもらえるのだ。悪い話ではなかったが、エルは……。知らない人についていくことを心配してくれているようだ。それは……当然か。エルは私の護衛騎士なのだから。
「ご提案、ありがとうございます。ですが大丈夫です。お気遣いに感謝いたします」
丁寧に伝えると「そっかー。残念」と笑った青年はこんなことを尋ねる。
「お嬢さんの彼氏?」
「!? ち、違いますよ!」
ピアを連れていると家族に思われ、エルと二人でいると恋人に見られてしまう。
エルと私は年齢が近いのでそうなってしまうのは仕方ないかもしれないが……。
これはエルにとっては大迷惑な話だと思う。私には婚約者がいたが、エルに婚約者はいないのだ。そんな無垢なエルの婚約者に、婚約破棄された悪役令嬢など、相応しくない。
そこでチラッとエルを見ると……。
頬を赤くし、先程以上に瞳が潤んでいるではないですか!
どうしてそんな状況になっているのかは分からない。
でもお誘いはお断りしたのだ。
「エル、行くわよ」
歩き出すが、エルは固まって動かない。
「もう、エル!」
仕方ないのでその腕を掴み、歩き出すことになった。
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本日の更新はまさに【食に敏感、恋に鈍感、巻き込まれ体質悪役令嬢の美味しい珍道中~】でした!
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