第四十九話:夏の麺料理といえば……
昼営業は大成功だった!
自分達で煮炊きを考えていた人々は勿論、軽食を持参していた人達まで、こぞってつけ麵を購入してくれた。前者は面倒な煮炊きをしないで済むから食べない手はない。後者は単純に温かい料理を食べられるなら、温かいものを食べたい!という気持ちになったようだ。
持参した軽食を食べつつ、つけ麵を楽しむ人もいる。多くの人が食べられるよう、一人一杯までにしているから、保存がきく軽食を持参した者は、それを後日に回し、つけ麺を味わった。
「またも完売ね」
「荷物も軽くなったよ!」
ピアの言葉にはその通り。下りではあるが、馬も少し楽になるだろう。
こうして昼営業を終え、丸太のベンチに腰掛け、遅い昼食を摂ることにした。
「お嬢様、すごい眺めですね。昨晩いた宿場町も見えています」
エルの言う通りで、天気も良く、見晴らしは抜群だった。
「あの町にジョーンズ教授と店主もいるんだ~。ここからジャンプできたら、すぐに会いに行けそう!」
ピアのこの発言、前世の私もよく考えたものだ。
映画の『ハルク』を観ては、あんな風にジャンプできたら、あっという間にどこでも行けると。そして今の私はそれができる。転移魔法を使えば、宿場町へもすぐに戻れるのだ。
そう思うと改めてすごい世界へ転生したと思う。さらに悪役令嬢ではあるが、生き延びて、こんな景色を眺められることに感動だった。
景色を楽しむと私は売り上げ計算。
エルはピアに日傘を使った護身術を教えている。
それが終わると、エルは後片付けをして、私はピアに読み書きに加え、計算などをレクチャー。
しばらくすると片づけを終えたエルが私達のところへ戻ってくる。
「仕込みがあります。そろそろ出発しましょうか」
エルの言葉にピアがぴょんと丸太のベンチから降り、私も立ち上がる。こうして再び幌馬車に乗り込むと、一路宿場町を目指す。
「お嬢様、到着しました!」
「山を越えたら、一気に南部の街らしくなったわね」
「はい。アルシャイン国の南部の建物は、白壁に鮮やかなオレンジの屋根が特徴と聞いていますが、この宿場町の建物は、確かにその通りです。そして南部特有の花と言われるブーゲンビリアの花が美しく咲いていますね」
エルの言う通りで、山を越えたらまるで別の国に来たみたいだ。
街中で見かける人達の装いも実に分かりやすい。男女問わず、半袖にビタミンカラーの装いが街の住人。日焼けを意識し、レースのロング袖のドレスを着ているのは、旅の途中の女性。男性も長袖の白シャツ姿は、旅人や移動中の商人だ。
「市場で買い出しをして、そこでお茶をしましょうか。南部の街ではジェラートが年間を通じて楽しめると聞いているわ。南部の海沿いの街へ行く程、その傾向が強いそうだけど、半袖の人も多く、みんな日焼けもしている。きっと美味しいジェラートのお店がありそうだわ」
「わーい、ジェラート! 賛成、賛成! フェリスお姉さん、市場へ行こう!」
ピアは大喜びで、エルも「それは楽しみです。行きましょう」となる。
ということで市場を歩くと、何だか活気も違う。みんな明るく陽気で、そして……。
「ハイ、そこの美人。焼き立てのパンはいかが?」
「やあ、レディ! 美しい君にはサービスするから、いい香りのする石鹸はどうだい?」
男性店員は女性を見ると、ニコニコ笑顔で声を掛けてくる。
これはこれまでの宿場町や休憩所ではない傾向。南部特有の乗りの良さなのか。
そんな雰囲気の中にいると、つけ麵ではなくアレを作りたくなる。
夏にお馴染みの麺料理と言えば、アレしかない。
そう。
冷やし中華!
「買い物をする前に、先にジェラートを食べて休憩をしてもいい?」
「勿論ですよ、お嬢様」
「わーい、ジェラート!」
こうしてピアはオレンジ、エルはピスタチオ、私はヘーゼルナッツのジェラートを手に入れ、店の近くの丸テーブルに腰掛けた。
「この街の雰囲気に触発されて、つけ麺ではない麺料理を出したくなったの」
「え、何、何、フェリスお姉さん! どんな料理!?」
「それは『冷やし中華』と呼ばれるものよ」
そこで私は冷やし中華をこんな風に紹介する。
「まずつけ麵との大きな違いは、スープを別に用意するわけではなく、タレをかけることになるわ。そのタレは、程よく酸味があって、まろやかな甘みもあるの。トッピングはハム、トマト、キュウリ、錦糸卵。麺はつけ麵より細い麺で、一晩寝かせる必要はなく、三十分程寝かせればOKよ。この麺とタレと具材が口の中で一体になると、爽やかな味わい。夏にピッタリで、まさに食べる手が止まらなくなるわ」
「え~食べてみたい~! トッピングもこれまでと違うし、キンシタマゴもどんなものか気になる!」
「メンもタレも冷ましたものを使うのですよね。これから盛夏を迎えるにあたり、それは喜ばれる気がします」
つまり二人とも食べてみたい!となった。
「仕込みにそこまで時間がかからないから、早速今晩作ってみましょうか」
「「賛成!」」
「決定ね。では材料を調達しましょう」
こうしてこの世界で初めて冷やし中華を作ることになった。
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晴れている地域の読者様、ランチは冷やし中華!?
次話は12時頃公開予定です~