第四十七話:私の事情
「……志を同じにするフェリス嬢と共に改革を進めたいです」
これには驚き、言葉が出ない。
「東方料理のお店。そこの店主は『フェリス嬢のような優秀な方であれば、ぜひこのお店を一緒に切り盛りして欲しい』と言っていました。あのお店は正しいスシを提供し、チャワンムシにより、きっとこの宿場町で人気店へと生まれ変わるでしょう。そこでツケメンも食べられるとなれば、一番人気のお店になることだってできる。それにピアはあのお店で、跡継ぎになれるのでは? 店主はあの年齢で未婚で、結婚の予定もないのだから。旅を止め、ここに留まり、ピアやエルにツケメンを任せつつ、私と子供達のために改革をしませんか」
ジョーンズ教授のこの提案はとても心を揺さぶるものだった。ピアの夢も叶うし、店主も跡継ぎができれば喜ぶだろう。エルも移動時間がなくなれば、騎士としての訓練に勤しむことができるし、本人の希望次第で料理の腕を磨くこともできる。そして私も、ずっと感じていたストリート・チルドレンを減らすために行動ができるのだ。
だがしかし。私は……今はまだ逃亡の身。悪女というそしりから逃れられない。ほとぼりが冷めるまでは追っ手から逃れるしかないのだ。
「その提案が三年後だったらよかったのですが……。今は私、旅の途中なんです。お手伝いしたい気持ちは山々ですが……」
「三年……。その三年があれば、改革は大きく進むのに、ですか」
「それは……」
それはその通りだ。
三年。
その三年、動くか動かないかで、救える命が救えなくなる可能性もある。
「私は動けませんが、ジョーンズ教授はその信念と共に、ぜひ改革を進めてください!」
「ピアや店主のために心を砕けるのに、私には無理、ということですか?」
ジョーンズ教授の表情が翳る。
「違います! そういうわけでありません」
「ではどうしてですか? 君は自分の旅を優先するような人間には思えないのですが。何か理由があるのでは?」
真摯な表情のジョーンズ教授。
悪人には見えない。
とても論理的な思考で、間違いなく頭脳明晰。
冷静沈着ではあるが、ストリートチルドレンをなくそうと、熱い気持ちも持っている。
そんな人に嘘は言えない。
「詳しくは話せません。ですが私は旅を続けないといけないのです。あらぬ噂でこれまで住んでいた土地を離れることになりました。その噂のほとぼとりが冷める三年が経つまで、そして私を追う人物から逃れる必要もあるのです」
「あらぬ噂。君のような人物が一体どうしてそんなことに……?」
「……つまらない話です。私には婚約者がいました。でもその婚約者からすると、私は目の上のたん瘤だったみたいです」
私の言葉にジョーンズ教授は首をかしげる。
「君が、目の上のたん瘤? なぜ? どうして?」
「例えば魔法。私は上級魔法の使い手です。ですが婚約者は下級でした。最初は気にしていないようでしたが、次第に劣等感を持つようになり……。魔力を持たない、魔法を使えない令嬢と恋仲になり、邪魔だった私と婚約破棄しようとしたのですが……。婚約破棄は、そう簡単にはできません。破棄相当となる理由をでっち上げ、私は……。そのまま生まれ育った土地に留まれば、悪い噂の中で生きて行くことになります。引きこもりも同然になるのは辛いですから、旅をすることにしました」
「でっち上げと分かっているのに、なぜ戦わなかったのですか?」
ジョーンズ教授は鋭いところをつく。
頭のいい人間とのやりとりは気が抜けない。
「でっち上げでしたが、もし私が声を上げ、婚約者が好きになった令嬢が罰せられ、元鞘に戻ることになっても……。私は元鞘に戻りたくはありませんでした。心の中で、私に劣等感を覚え、目の上のたん瘤だと思っているような相手と結婚して、幸せになれるとは思えなかったのです。それに身分的には婚約者の方が上なので、声をあげたところで握りつぶされる可能性も高かったと思います」
「……なるほど。理解できました。君には君の事情があり、旅を続けていたのですね」
私はこくりと頷く。
「そんな旅の中で、ピアを受け入れ、店主にアドバイスをした……。革新的なアイデアを持ち、行動力もある。君は……本当に……」
そっと伸びたジョーンズ教授の指が私の頬に触れる。
細長く、爪も綺麗に整った指に急に触れられると、ビックリしてしまう。
「君が堂々と生きて行けるようになれることを願っています」
「ジョーンズ教授……」
「私は私のできることをします。もしも三年後、気が向いたらこの町へ戻ってください」
ふわっと笑顔になったジョーンズ教授は……これまでのキリッとした雰囲気から一転。とても優しそうに見える。
「話す時間を作っていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
「では戻りましょうか」
「はい」
旅の中での出会いは一期一会。
良い人との縁は途切れさせたくないとは思う。
ジョーンズ教授とも三年後。
また話を出来たら……そんなことを思いながら、再び遊歩道を歩き出した。
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