第四十三話:悶絶と感動
東方好きの店主はとてもフレンドリーで、私のことを「東方通だ!」と言い、いろいろアドバイスを請う。そこで着ている着物のあわせも、杉玉の正しい用途も説明する。昼時が過ぎているからか、客は私達しかいない。ひとしきり説明し、そして……。
「これが僕が作った東方の味! ぜひ東方通のフェリス嬢の感想を聞かせて欲しい!」
そう言われて用意された料理は、店主のおまかせメニューの品々なのだけど……。
寿司、なのか。
寿司、を目指したのだと思う。
ネタは、スモークサーモン、玉子焼き、オイルサーディン、茹でたエビ、塩漬けのサバ。
魚の生食文化はない中、寿司ネタとしてどれも頑張って選んだと思う。しかも醤油もある……? トロッとしたその感じは、前世の寿司屋で見たお寿司専用醤油のように思える。
ともかく食べてみよう。
ということでさっぱりしていそうな、茹でたエビが乗せられた寿司を食べようとして、用意されている箸に戸惑う。
手作りだろうが、箸として太すぎる……。うまく持てないので、手で食べるスタイルで行くしかない。
そう思ったがシャリがかなりベタっとしているのでフォークに変更。フォークで寿司なんて初めて食べるし、醤油をつけにくいが仕方ない。
江戸前寿司サイズなので、一個当たりが結構な大きさなので、まずは半分をいただこう。
そこで「いただきます」と、口元に運んだ時、違和感を覚える。だが店主が期待を込めた目でこちらを見ているのだ。ここで食べるのを止めることは……できない。
と言うことで半分パクりと食べて……。
悶絶しそうになるのを堪える。
だがむせてしまい、「大丈夫ですか、ジョーンズ嬢!?」と言われ、「だ、大丈夫です」と用意されているお茶を飲む。
これは舶来品のちゃんとした緑茶だった。それをぐびぐび飲み、ゼーハーと呼吸することになる。
「こ、これは醤油ではなく、ウスターソースですよね!?」
「そうなんです! 醤油は帰国時に持ち帰ったものがあったのですが、それも無くなってしまい……。自分でも作ろうとしました。でもそれは黒くて変な匂いのする液体になってしまい……。ウスターソースなら、見た目は似ていますよね?」
「似ていますが、それだけの理由でウスターソースを出すのはやめた方がいいと思います! 茹でたエビは百歩譲って何とかなりますが、シャリとの相性が最悪です。と言うか、シャリは……本当に酢だけで調理したように感じるのですが!?」
そうなのだ!
ウスターソースも衝撃的だったが、それ以上にシャリの酸っぱさが半端なかったのだ。
「いえいえ、ちゃんとワインビネガー、塩を加え、炊き立てのご飯を使いました。お釜は持ち帰ったので、それを使っています! ちゃんとお米を炊けるようなかまども作ったんです! 米は隣国から輸入したものです!」
「ワインビネガー……シャリに使う米酢より酸味が強いのに、砂糖を入れ忘れたんですね……」
「砂糖……! 砂糖も入れるんでしたっけ!?」
そこで私はシャリにおける砂糖の役割を説明することになる。
「なるほど。砂糖で甘みをつけるわけではなく、酸味を調和するためにいれるんですね」
「はい。それにシャリにまろやかさがでて、寿司ネタとの相性もよくなります。今のシャリではとにかく酸っぱ過ぎます……」
「それは申し訳ないことをしました。僕はこんなものかと受け入れていましたが、慣れもあるのでしょうか。……酸っぱかったですか?」
これにはジョーンズ教授が「酸っぱいです」と断言。私も「砂糖を入れたシャリを食べれば、違いに気がつくと思います」と付け加える。
「と言うことでごめんなさい。シャリは食べず、ネタだけ食べますね」
スモークサーモン、オイルサーディン、塩漬けのサバを食べるが、単体で食べると普通に美味しい。
「スモークサーモン、オイルサーディンは、塩をほんの少しかけるだけでいいと思います。オイルサーディンはオイルがたっぷりではなく、油気を切った上でシャリにのせるとよいかと」
「ふむふむ」と店主は頷く。
「塩漬けのサバはそのまま正しく作ったシャリに合わせるだけでいいと思います。何もつけずそのままお召し上がりくださいの説明でいいのではないでしょうか」
そして玉子焼きを最後にいただくと……。
「美味しい……」
「本当ですか!? 玉子焼きは特訓したんですよ。ちゃんとレシピもメモをして持ち帰りました。みりんも持ち帰ったのですが、底をついてしまい……。そこで蜂蜜を使っています。みりんより量は少なくして、時間をかけ、水に蜂蜜を溶かしてから加えています。玉子焼きは寿司ネタで一番好きなんです。それにこの国である材料でほぼまかなえますから。醤油や米酢は失敗しましたが、玉子焼きは妥協したくなかったんですよ」
この店主の発言を聞き、ジョーンズ教授と目を合わせる。
ものすごく美味しいものと、そうではないものがある理由がよく分かった。
この世界でラーメンもそうだが、寿司を作るのはとても難しい。
それはラーメン作りに挑戦した私だから分かること。
そしてこの店主も私のように悪戦苦闘し、でも魔法を使えるわけではない。
だから自分のできる範囲で最善を尽くした。
魔法を使えないのに、竈を自分で作ったのだ。
シャリに砂糖を忘れたのは、あまりにも覚えることが多くて抜けてしまったのだろう。
ウスターソースは苦肉の策。彼なりに頑張ったのだ。
ならば……。
「分かりました。この玉子焼きに合うシャリを作ってみましょう」
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玉子焼き命の店主、美味しい玉子のお寿司を作れるのか⁉︎
次話は12時頃公開予定です~