第十話:本当に心臓が止まるかと思った。
転移魔法というのは、とても便利。
だが魔力消費が大きい以外にも、難点がある。
一度行ったことのある場所であり、詳細にそこをイメージできないと、変な場所に転移してしまうのだ。
この世界、写真は少しずつ普及しているが、まだまだ一般的ではない。
さらに国内外を自由に動き回る手段も確率していなかった。
船は昔からあるが、それで旅行をしようという文化はまだない。
鉄道は、ようやく整備が進み始めているような状況。
トレリオン王国に向かうにあたり、屋敷にある本を確認したが、詳細にその場所が紹介されているわけではない。この地に来てからいくつか観光用の地図を手に入れ、何となくの場所のイメージをしていたが、それは完璧とは言い難い。さらにイメージがうまくいっても、あまりにも遠いと途中で魔力切れになってしまう。
転移魔法と言っても、ワープするわけではない。魔法の力で高速で移動しているようなものなのだから、魔力切れ=地上への落下につながる。ゆえに魔力の出力を調整しつつでの移動になるのだ。
「……エル」
「すぐに移動した方がよさそうです」
本当に心臓が止まるかと思った。
南部を目指しているが、東部エリアは広い。
一度目の転移で降り立った場所は森の中。
しかも何かに見られていると思ったら……。
この時間から狩りを始めたらしいオオカミの群れのど真ん中に転移していた。
通常、よほどの食糧難でもない限り、オオカミは人間を襲わないと聞いている。
でも狩りの時間帯。しかも突然私達は現れた。
最悪なのは私。
入浴前であり、鴨のローストを焼いた時の匂いが、ワンピースからもしていると思うのだ。
つまり即刻移動しないと、何か食料を持っていると、襲われる可能性が高い……!
ということで二度目の転移。
「お嬢様……!」
二度目の転移は、まさに河の真上と分かったので、即三度目の転移を行った。
三度目でどこに辿り着いたのかは分からない。
ただギリギリ魔力を残すつもりでいたが、エルが河に半分以上沈んだのだ。
咄嗟に転移魔法を使いつつ、風魔法も使っていた。
少しでもエルの服を乾かしたいと思った結果だ。
でもそのせいで完全に魔力切れ。
予告通り私は気絶する。
◇
全身で感じる振動で目が覚めた。
同時にフローラルないい香りが漂う。
何かと思ったら、顔の周囲に白い薔薇、白百合、かすみ草などの白い花が沢山置かれていた。
どこか花畑にでも転移したのかと思い、視線を上に向ける。
薄明るい感じは夜明けぐらいに思えたが、目に布製の屋根が見えた。
そこで幌馬車の中の簡易ベッドに寝かされているのだろうと予想を立てる。
緩くカーブを描く幌には、ランプがぶら下がっているが、今は何も灯っていない。
後ろは垂れ幕が下ろされ、御者席の方から射し込む陽射しで、幌馬車内が薄明るくなっていた。
多分、お昼ぐらいか。
御者席の方を見ると、ホワイトブロンドの髪と、ベージュのシャツの背中が見えている。
その見慣れたシルエットに、それがエルであると確認できた。
夜の二十時ぐらいに転移したから、どこかで野宿。夜が明けてから、エルがこの幌馬車を手に入れ、移動しているのではないかと思えた。
移動をしているということは、やはり南部の都市まで転移はできなかったのだろう。
ゆっくり体を起こす。
幌馬車内に置かれているのは、このベッドぐらいで、他は何もない。
ベッド!?
違う! これはベッドではない。
私は白い寝間着を着ており、掛け布がかけられているが、それをめくると花が沢山置かれている。
蓋はされていないが、これは棺では!?
白い花を敷き詰めた棺の中に、寝かされていたと理解する。
え、転移先が余程の場所で、私は死んだと思われたの……!?
驚くが棺であるため、幌馬車がいくら揺れようが、転げ落ちることはなかったと思う。さらに棺は荷馬車や幌馬車で運ばれることが多い。そのため、落下防止の金具が棺にはついていた。つまりは荷馬車や幌馬車と棺を、ロープを使い、固定する。その際に通す金具も棺についていた。これにより、意外にも棺は、快適なベッド代わりになってくれていたが……。
もしや幌馬車用の最新式ベッドは、棺型だったりするの!?
何気に花のいい香りもするし、快適に寝ていたけれど……。
いや、私は生きている。
死んではない。
ドラキュラでもないのだから、棺で寝ているって変でしょう……! それにいい香りでつい深い眠りについて、そのまま蓋を閉じられたら……本当にあの世へ行ってしまうではないですか!
これは一体どういうことなのか。
確認するしかない。
「エル」
声が小さかったようで、エルには届ていない。
ガタガタ、ゴトゴト音もしているのだから、聞こえなくても当然か。
「エル!」
少し大きな声を出すと、エルが一瞬こちらを見て、すぐに馬へ合図を送る。
やや進んだ後、幌馬車が止まった。
「お嬢様、目覚めましたか!」
エルが振り返り、紺碧色の瞳をうるうるさせる。
その様子から、予告されていたとはいえ、私が気絶し、不安だったのだろうと伝わってくる。
「ええ、目覚めたわ。いろいろ対応してくれてありがとう」
ひとまずなぜ棺に私が寝ているかについて尋ねるのは止め、御礼を伝えた。
「いえ、お役に立てて良かったです! 地図によると、間もなく人馬が共に休める休憩所に着くはずなんです」
「そうなのね。そこに着いてからね、いろいろ話すのは」
「そうですね」
魔力の回復。それすなわち休息するに尽きる。
「じゃあ私は魔力の回復のために、その休憩所に着くまで、もう一度休んでもいいかしら?」
「ぜひそうしてください、お嬢様。お水はいりませんか?」
「! そうね。一口もらうわ」
エルが水が入った革袋を手に持ち、こちらへと腕を伸ばす。
私は棺から出て、それを受け取る。
「お嬢様の許可を得ずにこの幌馬車と馬、棺などを購入してしまったのですが……」
エル自身が棺と認めた。やっぱり棺なんだ。
棺について問うと、話は長くなりそうと感じる。
それは休憩所についてから聞こう。
「ありがとう。おかげでゆっくり休めるわ。あのお金はエルと私の軍資金よ。必要な物を購入したのだから、気にしないで」
「お嬢様……!」
ごくごくと水を飲み、革袋を戻そうとすると「それはお嬢様の分なので、そのまま枕元に置いてください」と言われる。「分かったわ」と応じると、私は再び棺へ横たわった。
何気にクッション性のあるいいマットが敷かれているようで、横たわると花のかぐわしい香りと、寝心地のよさでリラックスできる。
既に休んでいたので、魔力の回復は始まっていた。それでもいつも通りではないのだ。少し体が重く感じる。
「ゆっくりお休みください、お嬢様」
「ありがとう、エル」
やっぱりエルがいてくれて良かった……と思いながら、再び動き出した幌馬車の動きに合わせ、私は棺の中で眠りにつくことになった。……棺の中で寝ているだけで、生きていますからね!
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次話は12時頃公開予定です~