最終話
子鬼。背丈は人間の子供ほどしかないが敏捷で狡賢く、徒党を組み街道や森や山や荒野に出没し物品を掠め盗り、人を襲い、女子供を拐う。害虫のように忌み嫌われるが訓練された兵士により容易く害虫のように叩き潰される。そんな存在である。兵士が居れば、だが。
レインは足をもつれさせるようにしてオタカの前に倒れ込み、外の騒がしさの理由を説明した。
さすがにオタカもさっと顔色を変えると下唇をぎゅっと噛む。
「北門からここまではあまり離れてないわ。急いで逃げなくちゃ……」
そこでレインは青褪めていた顔色をさらに悪くした。オタカが走れるのか分からないからだ。
「オタカさん……」
「あたしゃ無理だ。ここまで来るのだってびっこを引いてゆっくりゆっくり来たんだ。子鬼共と追いかけっこなんざ、どうやっても無理だよ」
「そんな」
「あたしのことはいいからあんたはさっさと逃げな。物置にでも隠れてやり過ごすよ」
笑いながら言うと立ち上がりやれやれ大変なことになったねぇと呑気そうに構えているが明らかに声が震えている。当たり前だがオタカも怖いのだ。
「オタカさんを置いていけないわ。私が背負ってでも逃げるわ! 」
「いつまでバカ言ってんだい! あんたがあたしを背負えるわけないだろ! 行きな! 」
数瞬睨み合う二人だがオタカは急に泣くような顔をして、お願いだよと言った。
それを見てレインも泣きそうな顔になるがすぐに顔を引き締めた。
「やっぱりダメよ。置いていけない。それに私だってそんな速くは走れないわ。絶対に逃げ切れない。それなら、それなら……最後は母さんの傍に居させて」
オタカは目を大きく見開いたかと思えば怒るように眉を吊り上げた後、はぁとため息をつき肩を落とした。
「時間がもったいない。戸締まりをできるだけ厳重にして奴らが入ってこれないようにするよ。あんたは表、あたしゃ裏を固める。いいね、やるよ! 」
「はい!」
レインは表玄関の方に走り、オタカは裏の勝手口の方にびっこを引いていく。
「まったく、不孝行娘だよ」
表、裏の入口を固めた後二人は雑多にものを放り込んでいる物置部屋に隠れ潜んだ。物置部屋は裏の勝手口にほど近くにあるがここが目立たず、厳重に守りを固められた。
本当は二階に立て篭もるのが一番良いのだろうがオタカの足では階段を登るのにどれだけ時がかかるか分からない。
物置部屋に入ると二人は身を寄せ合い一言も口を利かず、じっと外の様子を伺った。
遠くの方で女の悲痛な叫び声が聞こえた。それが見知った誰かの声かもしれないと思うと恐ろしさが膨れ上がり、レインは泣き叫びたい衝動におそわれるがぐっと我慢する。
気丈なオタカが震えている。オタカばかりでなくレインも震えている。外がにわかに騒がしくなった。
子鬼がやたらめったらあたりを壊しながらゲラゲラと笑っているのか吠えているのか分からない声を出して行進してるのだ。
通り過ぎろ通り過ぎろ通り過ぎろ通り過ぎろ。
二人が声も出さず、同じことを念じている。醜悪な笑い声のようなものがぴたりと止んだ。
辺りがふいに静かになる。
通り過ぎたのか?
二人が思い、どちらとともなく物置部屋の扉に耳をつけて外の音を少しでも拾おうとする。
ドンッ! ! !
裏の勝手口の扉になにかが体当たりするようなもしくはなにかで叩きつけるような音がする。
入ろうとしている!
音は連続して、さらに力強くなりその圧力に負けた扉が壊れる音がした。地面を踏み鳴らす音がいくつも重なるように聞こえ、子鬼が複数入ってきたのが分かった。
二人は息をするのも止む、微動だにせず子鬼が去るのを待った。なにかの気まぐれで入ってきたはいいがなにもないことに落胆して立ち去ってくれるのを両手を合わせて祈った。
ドンッ! ! !
先程と同じ音が物置部屋の扉から鳴り、その衝撃で部屋の中の埃が舞う。
「ヒッ! 」
小さく、本当に小さくレインが悲鳴をあげる。体がガタガタ震えた。見つかったのだ。でも、なぜ?
奴らは完全にこちらの存在を確信しているし場所も正確に分かっているようだ。透視能力でもないと説明がつかない、と埃が舞ったためにくしゃみが出そうになりレインは鼻を抑える。
鼻……匂いだ! 匂いで文字通り嗅ぎつけられた!
ずっと近くに居たから麻痺していたがオタカの香水は相当キツイ、それを動物的に子鬼たちが感じ取ってもおかしくはなかった。
「……ごめんよ、ごめんよ」
オタカもそれに気付き、泣くように謝るがもはやそんなことをしている場合ではない。
「戦わなくちゃ……」
扉を破られるのは時間の問題だろう。中に人間がいると確信している以上決して子鬼たちは諦めはしない。
レインは素早く目を動かして武器となるものを探す。使わなくなったものや壊れたものを放り込む物置部屋に使えそうな武器などなかった。
しかし、それを見つけてレインは思わずこんな状況なのに頬が緩んだ。勇気を思い出した。
「な、なんだい、そりゃ……」
オタカも目を丸くする。
「扉が壊れた瞬間私が飛び出してがむしゃらに暴れます。そのうちにオタカさんも飛び出して、それから裏の勝手口から外に出て。なんとか逃げましょう」
なにか言い掛けるオタカを無視して、レインは構える。議論の余地はもうなかった。
扉が軋みをあげて、グラグラと揺れているもうあと幾度か叩かれれば扉は壊れるだろう。
頭の中で数を数える。一、ニ、三! 三と数えたときに扉が倒れた!
その瞬間レインは叫びながら飛び出す!
両手でしっかりと竹箒を握りしめ頭には鍋を被っている。
あの日のイザベラ……エリーの姿を思い出す。
「うわぁああああ! 」
絶叫といってもいいような声をあげ、右に左に竹箒を振り払い、子鬼たちに距離を取らせる。
オタカもびっこを引くというよりはもう片足で跳ねるようにして物置部屋から出てくる。
最初に飛び出した位置が良かった。勝手口はもうすぐそこである。子鬼たちも異様な格好のレインの気迫に圧されたのか無理には距離を詰めない。
レインは倒れそうになるオタカを片手で支えて、片手では竹箒を持ち威嚇した。どこからそんな力が湧いてくるのか分からない。オタカを先に出し、そしてレインも勝手口から外に出た。
このままの勢いで逃げる! きっと逃げられる!
なんてことないじゃないか!
「行こう! オタカさん! 」
そこでオタカが立ち止まっているのに気が付いた。なんで立ち止まってるの! と叫びそうになるもその理由はすぐにわかった。
すぐ目の前に別の子鬼の集団がいたのだ。いや、元々一つの集団だったんだろう。
それを二つに分けて一つで中に居る人間を探し、もう一つで入り口を固めていたのだ。
子鬼は狡賢い。
後ろからゆっくりと子鬼たちがやってくる完全に囲まれた。
下卑た笑い声としか思えない声をあげながら顔は今からレインとオタカを嬲る興奮に歪んでいる。
それを見てレインは王都からこちらに流れてくるときに母と自分に襲いかかってきた下男の顔を思い出した。絶対的な優位から振るえる暴力に酔っていた顔だ。結局母と闇の中手を取り合って逃げ出し事なきを得たがあの男はどうなったのか、と全然関係ないことを思う。
「あたしがなんとか時間稼ぎするからあんたは逃げえ! 」
オタカが振るえる体を鼓舞し一歩前に出る。子鬼はいっそう燥ぎ、足で地面を叩いた。
【私のことは捨てろ! 】
レインは病に侵され、半狂乱となった母が叫んでいたのを思い出す。
私は母を捨てた。捨てたんだ。ただ一緒に居ただけでなにもしなかった。捨てたのと同じだ。
母の容態がいよいよ悪くなって一人になるのが怖くて自分を売って薬を得た。それも結局間に合わなかった。
一人になるのが嫌なだけのそんなのはただの自己保身だった。
一歩前に出たオタカに肩を並べるようにまたレインも一歩前に出る。
捨てないということは戦うことだ。力の限り戦うんだ。大丈夫、オタカさんもついてる。なんたってオタカさんは大の男を放り投げるくらい強いんだ。
「うわぁああああ! ! !」
また叫ぶ、今度は一人じゃない。オタカも同じように叫んでいる。絶望的な突撃をしようとしたその時地を揺らす轟音が鳴り響いた。
大きなニ頭立ての帆馬車がこちらにむかって突っ込んできているのだ。
レインはオタカを抱えて飛び退いた。
帆馬車は数体の子鬼を跳ね飛ばしレインとオタカを守るように停まる。
荷台から一人の男が飛び出してきた。
銀色の鎧を身に纏い、白刃を煌めかせている。
その背に見覚えがあった。ずっと見ていた背中だ。抱きついて眠ったことも腹立ち紛れに抓ったこともあった。
喉がなり、涙が出る。なぜ、どうして、とそんな言葉が頭の中でぐるぐる回る
荷台からまた数人鎧を身に纏った男たちが飛び出してくる。
「撃滅せよ! 」
男たちが一団となり子鬼にぶつかる。子鬼たちは先程とは打って変わりなんの抵抗もできずに殺戮されていく。
レインがそれを呆然と見ているとなにかがぶつかり、たたらを踏み体が揺れる。鍋が頭から取れ地面に転がる。
柔らかな感触と甘い匂いが鼻をくすぐる。これにも懐かしさを覚えた。
「姉さん! オタカさん! 」
泣きじゃくる一人の女がそこには居た。
「エリー! ?」
「イザベラ! ?」
二人の声が重なり、オタカは不思議な顔をしている。
「あなた、どうしてここに?」
「彼女たちがわたしたちに知らせてくれたんだ」
レインがエリーに尋ねると別の方から声がした。
「オーラン様……」
やはり最初に帆馬車から飛び降りてきたのはオーランだった。
久しぶりに会えて会えて嬉しいはずなのに顔を見ると心臓に爪を立てられ引っ掻かれているようなそんな痛みが走る。
「あたしたち今まで北で帆馬車を使って行商していたの、それでそろそろこっちに戻ろうかってしていたときに子鬼の大集団を見つけて方向的にこの街に行くんじゃないかって心配になって」
あたしたちのところでエリーがちらりと視線を動かしたのでレインがそちらを見ると一人の商人風の男が立っており、こちらに深々と頭を下げた。これがエリーの男……いや、夫なのだろう。
「そしてたまたま近くで演習訓練をしていた我々のところに飛び込んできたんだ」
オーランがエリーのあとを引き継ぎ、喋る。
「最初はなかなか信じてもらえなかったけどそこでオーラン様を見つけてお願いしたの」
「上は街には衛兵隊がいると言ってなかなか聞いてくれなかったが話の分かる人がわたしの上官でね。なんとか騎兵隊の一部とわたしの歩兵隊を派遣することになったんだがわたしも居ても立ってもいられなくて彼女らの馬車で騎兵隊とともに先行したんだ」
「ではあなた方以外にも……?」
あぁとオーランが頷くと一人の騎乗した騎士がこちらに駆けてきた。オーランを見つけると大声をあげる。
「戦時について馬上より失礼する! 敵主力集団殲滅! 敵主力集団殲滅! これより残党の探索と掃討に移る! 」
そこで騎乗した騎士は私の方にちらりと視線を投げかけるとオーランに「ご武運を! 」と言い去っていった。
オーランの部下らしい騎士たちもオーランの後ろにずらっと控えて微動だにしない。
「レイン、わたしは」
「オーラン様、私は」
二人の同時に声をあげ、そして微笑む。
「いいんだ。レイン、なにも言わずに聞いてくれ。わたしと一緒になってくれるね」
「……はい。このような私でよろしければ、お願い致します」
わっ!とオーランの後ろに居た男たちが声をあげ右手を突き上げる。
「姉さん! おめでとう! 」
エリーがレインに泣きながらそして笑顔で抱きついて来る。
日は高く登り、ちょうど正午を告げる鐘が鳴っていた。
その輪から離れてオタカはどっこいしょっと座り込む。さすがに疲れたのか、ふぅふぅと息を吐いている。
「あたしゃあんたが幸せになるのうんと見させてもらうよ、レイン」




