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二話

 レイン・クロウスがオタカと出会い、妖精亭という娼館で働き始めてもう五年になる。

 レインは自分の前歴をオタカにも誰にも話していなかった。話さないことで過去をなかったことにしたかった。昔、貴族だったことなどなかった。産まれたときから娼婦であったという顔をして暮らしていた。

 そもそも娼館で働くことについてレインはさほど抵抗はなく、もはや穢れてしまった体を一度売ろうが百度売ろうが違いはないと思ったし、なによりこの他になにも自分にはできることがないと王都から流れていく生活で レインは思い知っていた。

 

 オタカに拾われて素直に娼館勤めを始めたのも半ば投げやりな自暴自棄な精神からであり、そこにはなんの未来の展望も希望もなくただダラダラと男に抱かれて金を得ていた。レインはその金をなにに使うわけでもなく貯めていた。

 

 レイン姉さんはけちんぼだっていうのが妖精亭の娘たちの常識であった。五年、妖精亭に勤めていれば自然かなりの古顔になった。まだ二十一であるレインであったが年上の新入りに姉さん姉さんと呼ばれていた。そういう風習であるのと同時にやはり娘たちもレインの身に備わった気品というか平民にはない威のようなを感じ取っていたのかもしれない。

 

 レインはそんな他の娼婦たちとはほとんど馴れ合わなかった。淡々と仕事をして淡々と日々を過ごす。娼であることを除けばまるで隠居老人の生活のように潤いがなく、枯れきっていた。娼婦としても容姿は特別に優れているものの渇いた温もりのない態度から深い馴染みの客になるという男も現れなかった。

 酒も飲まずに煙草も吸わない、客を取ってないときはただ与えられた部屋でボーッとしている。

 外に遊びに行ったりする様子もなく、娼婦たちの外遊びにも付き合わない。他のものから見れば吝嗇としか見えなかった。

 

 レインを拾ったオタカは特別優しくもなかったがやるべきことを当たり前にやる女であった。

 食事をたっぷりと与えて病気の予防をして、病気になれば医者に連れていき、給金をきちんと支払う。ただこれだけのことしているだけで娼婦たちは喜んだ。オタカさんは神様のようだ、と別の娼館から妖精亭に勤め始めた女はよくそんなことを言ったものだが日が経つと馴れてしまい、文句や悪口、勝手に飛び出してもう帰ってこないなど日常茶飯事のことであった。悪い者になると店の金を盗もうとして並みの男よりはずっと強いオタカに店の外へ放り投げれたりした。

 

 「虚しくならないの?」とレインはオタカにそう聞いたことがある。せっかくあれやこれやと世話を焼いてやった女たちにそんな不義理をされてやるせなくならないのかしらとレインは思ったものである。 

 「別になりゃしないさ。行きたきゃ好きにどこへだって行きゃいい」ふんっと鼻を鳴らして煙管を叩きつけながらオタカはいった。

 「アンタもどこへだって行っていいんだよ」とオタカは言ったが別に行きたいところも行くべきところもないレインは黙っていた。


 「わたくしは昔ね、貴族だったの」

 そう話す女が妖精亭に入ってきた。歳は十八そこそこくらいに見える女だった。レインは最初驚き、見知った顔ではないだろうなと警戒したがすぐにその警戒の必要ないと判断した。

 その女は確かに娼婦にしては楚々としており物腰も優雅であったが、それはあくまで娼婦にしてはという次元の話だった。

 貴族の子女は幼少のときから厳しく躾けられ平民の女とは立ち姿、歩き方、喋り方からして違う。

 その女はレインの目から見てまったくもってお話にならなかった。レイン自身も己の貴族臭さを無くすためにずいぶん苦労したものだし、目敏いオタカあたりは前歴を一切語らないことからもレインの出自に薄々気づいている風であった。

 自分と同じく貴族臭さをなくしたのかしら、と思ったがそれなら自分で貴族だったというわけはないかと思い直したりした。


 「父が不手際して領地を取り上げられてそのショックで病になってしまってわたくしはその薬代を稼ぐためにお勤めしてるの」

 その女がそんな話をしているのをたまたま聞いてレインは吹き出しそうになった。まるで自分の話のようだと思ったからだ。

 実際の自分はそれより酷い状況なのだから事実は小説より奇なりというか酷なりというべきか。

 この女が考えつくようなホラ話の中に自分が生きてると思うとやたらとおかしなりくっくっと笑った。

 「なにかおかしいのかしら! 」

 笑っているのを見咎められ、レインはばつの悪そうな顔をつくった。

 「いや、思い出し笑いよ。あんたの話に笑ったんじゃない」と大真面目な顔をして言うレインに毒気を抜かれたのかそれ以上その女はなにも言ってこなかった。


 その貴族女の名前はイザベラといって、それを聞いたときレインはなるほどそれっぽいな感心したものだ。

 それからなぜかイザベラはなにかとレインに懐くようになり用もないのにレインの部屋に来てはなにかと話をしていったがレインが見ていて気の毒になるほど無理をしていた。

 「そこでわたくしは伯爵様に言い寄られたんですが、なくなくお断りましたの」

 なんて話を延々としている。話しているうちに矛盾が生じてイザベラの家の爵位が子爵になったり男爵になったり、どうかするとイザベラ自身の年齢が上がったり下がったりするものだから聞いているレインの方がおろおろと慌て、喋っている本人が矛盾に気付きませんようにと祈るような気持ちになる。


 その日もイザベラがぺらぺらと話しているのを聞きながら今日はもうおしまいかな、と思っていた。

 妖精亭は泊まりの客を取ってなく、だいたい二十三時を目処に店を閉める。その日はオタカが腹が痛いと先に帰り、店の閉めはレインが任されていた。

 レインとイザベラは店に住み込みで働いているので当たり前だが最後まで残っていた。

 「そのときの花見会でね」とイザベラが話していると、にわかに階下が騒がしくなった。

 

 なんだろうとイザベラと顔を合わせて降りていくと一人の男がレインの娼婦仲間に食って掛かっていた。

 「ここは娼館だろ! 抱かせろ! 」

 「だからもうおしまいの時間なんですってば、それにうちは泊まりの客を取ってないんですよ」

 「なぁにを娼婦が言うか! 」

 野暮を絵に書いたような男だった。こんな男が娼婦に一番嫌われる。

 男は背が高くがっちりして、髪を伸ばし放題にして、髭が顔中を覆っている。着ているものだけはある程度きちんとしておりまんざら金を持ってないお客ってわけでも無さそうだ。

 男は明らかに酔っていて今にも暴れ出そうとする勢いであった。こんな客はオタカが居れば外に放り投げておしまいなのだがあいにくと今日はいない。

 

 「アタシ衛兵呼んできます」とすっかり怖がり貴族の設定を忘れたイザベラが駆け出そうとするのを止めて「私に任せて」とレインは言うと男の前に出た。

 「いいわ。私が相手してあげる、ついてきなさい」

 「あぁ! ? 相手してあげるだぁ? なぁにを」と言いかけた男がレインの顔を見る。

 しばらく黙っていた男だったが「……おねがいしよう」なんて神妙な顔をして、口ぶりも改まっている。

 レインは男を部屋に案内するために階段を上がっていく、そのときイザベラが「レイン姉さんが美人だから大人しくなったんだ」と男に聞こえるような声できゃっきゃっとはしゃいでいた。

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