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117話 島の子と秘密 1

 二人とメイシアが海岸に着くと、もうベリルとラズロックの姿があった。話す事も無いのか暇を持て余し、ただボーっ海を眺め座り込んでいる。

 

「ごめん!おまたせっ!」


「サブリナ遅いっ!!なんで私がコイツと二人で時間を潰さないといけないのよっ!」

「それはこっちのセリフだっ!たく」


「ほんと、ごめんねっ!」


「で?昨日の子が一緒みたいだけど、なんで?」

 ベリルだってシュテフィがサブリナの特別なお気に入りだと分かっているのだが、通過儀礼というやつだ。

 

「決まってるわよ!シュテフィも今日から一緒に冒険するのっ」

「はぁ?一緒にったって、オレたちの秘密だろ?」


「……、」

 シュテフィが居心地悪そうに視線を落とす。

『ユイ加那志《ガナシ》、とりあえず挨拶くらいはした方が、打ち解けられると思うよ……』

 最初、シュテフィはこの島の全てに警戒をしているのだと思っていたが、どうやら彼女は重度の人見知りのようだった。

 

「だって、シュテフィも仲間なんだもん!」

「?……わけわかんねぇよ、」


「わかったわ、サブリナがそこまで言うんだったら仕方ない。仲間にしてあげる。でもシュテフィ。これだけは言っておくわよ。どうなっても知らないから。全部自己責任。あとちゃんと返事して」

『ほら、ユイ加那志!ベリルさんがこう言ってくれてるよっ、返事してっ!』

 これだけコミュニケーションが苦手だと分かると、世話を焼きたくなってしまうのだが、悲しいかな、何も出来ない。


「……あ、うん、わかった」

 メイシアの声が聞こえたわけではないが、シュテフィはなんとか返事を返した。


「わぁ!ベリル大好きっ!」

 満面の笑みのサブリナがベリルに抱き付いた。

『この子とユイ加那志と足して割ったらちょうど良さそうなのになぁ』


「ったくよぉ、ベリルはいつもサブリナには甘いんだよなぁ」

「はぁ?あんたには言われたくないわよ。常春《とこはる》お頭《つむ》くん!」

「誰が常春なんだよ!」

「まぁまぁ。時間が勿体ないから、早くいこう?」


「「サブリナが言うな!」」


「あは!仲がいいよね、二人とも」




 四人が向かったのは磯浜の奥。誰も立ち入らない様な、ゴツゴツした岩肌が歩きにくい場所だ。


「おい、シュテフィ。足手まといになるなよ。怪我したら置いてくからな」

 ラズロックが邪魔くさそうに注意を促す。シュテフィがコクリと頷いた。


『ちょっと、あなたねぇ!こんな岩だらけの磯、山の村育ちの私たちには大変なのよ!手ぐらいかしてあげよ!』

 メイシアがプンスカ怒ったって、聞こえるわけは無い。

 

 単に足場が悪いとかそういう問題では無い。背丈ほどある表面が荒れた岩肌をよじ登ったり、平坦かと思えばボコボコと穴だらけだったり。とにかく岩の鋭い凹凸(おうとつ)に足を引っかけて転ぶだけで、怪我は間違いない。山の悪路とは種類が違う。

 

「シュテフィ、大丈夫?」

 足元のおぼつかない様子にサブリナが声をかける。しかしシュテフィは付いて行くのに必死で、ウンと頷くのが精いっぱいだ。


「ほら、手を出せ」

 見かねたラズロックが手を差し伸べた。その手を取ってゴツゴツした岩を登る。しかし慣れていないから、どこに足を着けばいいのかわからず上手く登れない。


「もー、シュテフィって見た目通り鈍くさいのね!まず足はそこに置く。で、その足に体重移動をしたら、次はこっちのくぼみに足を掛けて……」

 ベリルもなんだかんだと言いながら、クライミング指導を始めた。


 それの様子をヒョイヒョイと先に岩に登ってしまっていたサブリナが上から見下ろし、クスクスと笑っていた。


『なんだ、結局二人ともいい子達じゃない……。あとは私ね……私はどうやって行けばいいの?私もこんな岩登りはしたことないもん!』

 無理だと分かっていても、仕方がないと岩に手をかけた時だった。


『えっ?』


 ふわりと体が浮いたのだ。


『な、何これ……私体が浮いてる?え?夢の中だから何でもありなの?』


 メイシアは気が付かなかったが、その浮遊感は体が覚えていた。すぐにフワリと浮いた感覚に順応し一跳びで岩を登り、それを越えもっと高く上昇した。

 グングンと昇り辺りを見回す。まだ島で一番高い山の辺りだが、どこまで行けるのだろうと考える。もしかして、この体なら島のあちこちを調べられるかもしれないと。


『行ったことのない島の裏側とか……この海の向こうも、もしかしたら……』


 焦燥感がムクムクと沸いては来たが、一旦磯に目線を落とした。彼女たちの動きを追わないといけない。

 しかしそこに、さっきまで居たはずの四人の姿が無かった。今の今まで岩登りに苦戦していたはずなのに。驚き、慌てて急降下。


『どうしよう……見失ってしまった?』


 地表に降りキョロキョロと四人を探す。思っているより進みが早いのかとも思ったが、その先は切り立った崖になっていて、進むことはできない。その崖を四人が登っているような姿も見えない。目を離したのもほんの少しの間だ。姿が見えなくなるほど遠くに行けるはずがない。


『どうなってるの?みんなどこ?!』

 

 切り立っている崖に何かあるのか?と歩み寄ってみる。すると一枚岩だと思っていた崖の手前に、屏風(びょうぶ)のような細い岩が目隠しのように立っていて、崖と屏風岩の隙間からビョービョーと風が吹いてくる。隙間は人が一人通れるほど小さなものだ。

 その隙間がどこかに繋がっていると直感したメイシアが、穴の中に入って行く。


 奥に進むと洞窟は、なだらかな下り坂のカーブ。波の音が聞こえた。隙間から差し込むわずかな光を頼りに、道なりに洞窟を降りて行くと海に面した広い空間に出た。そしてそこは小さな入江になっており、小舟が一艘(そう)繋がれていた。

 四人の姿もそこにあった。ほっと胸を撫で下ろす。


『良かった……はぐれてしまったかと思ったわよ』


 近寄ると何やら、船に乗って沖に出る算段をしているようだ。


 

「ねぇ、これ四人乗っても大丈夫かしら?」

 眉間にシワを寄せたベリルが船を眺める。

 木造のその船は、両先端が跳ね上がり尖ったゴンドラ。8メートルほどの長さがあるが、乗れるのは真ん中付近のみ。1人はゴンドラを操船するのに後方に立つとして、それでも計四人は十分だと思える大きさではあるのだが……見るからにボロいのだ。

 ベリルの心配も頷ける。


「大丈夫だろ。結構デカいし」

 予想通りの脳天気な返しのラズロック。もちろんイラッとするベリル。

「……結構オンボロだけどね?」

 

「確かに今まで三人でしか乗ったことないもんねぇ~。でも大丈夫でしょっ」

 脳天気はラズロックだけでは無かった。サブリナもあっけらかんと言ってのけた。

 ぐぬぬぬぬ……とベリルの爆発ゲージが溜まっていく。


「……わ、私はここで待っているから大丈夫だよ……」

 おずおずと発言したのはシュテフィだった。

『初めての自発的な発言が不参加表明とは……ユイ加那志ぃ~』


「だめっ!シュテフィが行かないと意味が無いのっ!」

 サブリナがシュテフィの腕を組み猛反対をした。

「でも四人は乗れないかもなんでしょ?私が待っているから、遊んで来てくれたらいいよ、」

「でもぉ~!シュテフィが一緒じゃなきゃヤダ~!」


「あーーーっ!もうわかったわよ。みんなで行く。大丈夫な方に私は賭ける!」

 ベリルの一声。いや、本当はサブリナの一声なのだが。


「うるせえな、お前から言い出したんだろうがっ」

「アンタに危機感という物がないから、私が色々考えてあげているんでしょ?」


「へいへい、そうですか。……じゃ、みんな乗って~」


 ラズロックがベリルの喧嘩腰を受け流し、杭につないであるロープを手繰り寄せ船に移りやすくする。

 船の大きさが十分なのは確かだが、ベリルの言う通り、いざ乗り込もうと思うと船全体から漂う年季が、多少の不安を掻き立てた。

 

「じゃ、あたしから~」とサブリナはピョンっと飛び乗った。次にサブリナが手を差し伸べ、シュテフィが乗った。ベリルは強がってはいたが、怖々と足を乗せ目を瞑りながら乗ると、そーっと席へ着く。

 そこにオールを握ったラズロックが最後方に飛び乗った。

 船がグワングワン、ギシギシギシと音を立てて揺す振られる。


「ひぁぁぁっっ!バカッ!なんでもっと慎重に乗らないのよっ!」

「えぇぇぇ~?結局一緒だろう?」

「全然違うわよっ!!無神経の単細胞っ!」

「これくらいで壊れる船は沖になんて出れないんだよっ!それくらいもわかんないのかよっ」


「ほらー……もう時間がもったいないから、早くいこー?」

 サブリナが見かねてそういうと、二人は「フンっ」と鼻息を鳴らし、そっぽを向いた。

「……喧嘩してしまったけど大丈夫なの?」

 さすがに心配になったシュテフィがサブリナに耳打ちをしたが、サブリナはまったく心配していない様子。


「二人とも、すっごい仲良しなんだよっ」

 と一言。

「んなはずなんでしょっ!」

「んなはずないだろっ!」

 

「ね、息ぴったりでしょ?」

 なぜか自信満々にサブリナがドヤる。シュテフィはあっけにとられるしかなかった。


 ラズロックがオールを船後方に固定すると、出向の準備完了。浮かぶことにも問題が無さそうなので、そのまま出航の運びとなった。

 メイシアは、宙に浮きながら船に追随する。


 

 洞窟から出ると陽が差し込んで来る。

 いきなり眩しい陽光に目が耐えられなくて、全員例外なく目を細める。

 それは、メイシアもシュテフィも同じことだった。


 だんだんと光の強さに目が慣れて、白い世界から青い世界へ戻って来る。


 ────!!


「きゃっ!」

『な、何これ?!』


 シュテフィが狼狽した。

 無理もない。入江では木製のように見えていた船が、今は「無い」のだ。いつの間にか船は消え海の上を漂っている……ように見える。


「もう、邪魔くさいから誰か説明してよ……」

「シュテフィ、大丈夫だよ。不思議だよね、この船。陽が当たる所に出ると透明になるみたいなの。……あたしも未だに信じられないけれど」

 そんな事をサラリと言われても耳を疑う。


「えっ?はぁ?」

「だからね、船は見えないだけであるんだよ。ここ、水が入ってきてないでしょ?落ち着いて」


「……え?」

 なだめられ、よく見てみると船の輪郭だけ水が避けている。そして「水が避けられている船の輪郭」の後ろには僅かながら引き波が出来ていた。


「なんか、四人乗った方が船が安定してるな。四人が正解だったんじゃないか?」


「アンタはいっつも頭がおめでたいわね。私は船が途中で壊れないかを心配しているのよっ!」

「なんだと?!そーやって心配して、眉間にシワを作ってろよ、ババア!」


「誰がババアよっ!私の美貌を見てもそんな事が言えんの?!肌だってぴっちぴちなんだから、よく見なさいよ!」

「はぁ?!外見の美しさと心の醜さが比例しなくてよかったな。オレは心が枯れてるって言ってんの。もっと人生を楽しめよ、ババア」

「キーーーーーーッ!」


「もぉ、二人とも、こんなところまで来てケンカしないで?」

 見るに見かね、サブリナが仲裁に入る。


「「そんなこと言っても、コイツが!」」

「ほら、息もぴったりなのに」


「「ピッタリなわけないし!」」


「シュテフィはどう思う?ぴったりだよね?」

「っえ?!……まぁ、うん……息があっている……かな?」


「「はぁ?!どこが?全然合ってないしっ!」」


 ……?


「ぷっ……あーーーもうダメっ!ここまで息が合うなんてすごいよ~!!今日新記録じゃない?!」

 サブリナが耐え切れず爆笑し出すと、それに釣られたように他の三人も笑い出して、結局四人で笑い転げた。


「は~ぁ、ほんと可笑し。いっつも、あたししかこの仲良しっぷりを見てないから、誰も一緒に笑ってくれなかったんだけど、シュテフィがいてくれてよかった~!」

「ほんと、サブリナの言う通りだったわね。ふふふ」


「……言っておくけど、たまたまだからな!」

「そうよ、今日は偶然よ」

 二人ともそう言いながらも、楽しい事は顔を見ればわかる。


 なんだかんだと言いながら、シュテフィが打ち解けられそうで良かったとメイシアは思った。

『みんないい子達で良かった』

 

 しかし、ほっとしたのも束の間だった。

 メイシアは気が付いてしまったのだ。きっと海岸線から海を眺めていただけでは気が付かなかっただろう。そして海の上空を飛び一回りしてきても気が付かなかったかもしれない事。


 ────?!


 ゴンドラの透明な船首部に腰を下ろした時だった。

 見てしまったのだ。きっと、ほとんどの島民が知らない……知ろうともしない島の秘密。

 メイシアは、言葉を失った。

 


 


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