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116話 エトランゼ 16/16

『ふぁーーーーーーーーー……』


 カチャカチャといい音を立てて食器を洗う音がして、メイシアは大あくびと共に目を覚ました。

 寝ぼけ眼で辺りを見回す。

 一瞬状況を見失ったが、ここはシュテフィと行動を共にしている「夢」の中だったのだと思い出す。しかし待てよ?と。


『ん?夢の中で寝るってことあるの?……ま、いっか』


 立ち上がりキッチンを見ると、サブリナが洗い物をしていた。

 キョロキョロと見回すが、シュテフィがいない。

 もともと見回すまでもない広さなのだ。不思議に思い、扉の前を見たが靴は昨晩のままだった。


『ん?どこだろ?』

 などと思案していると、キッチン奥の階段からシュテフィが頭をわしゃわしゃと拭きながら上がって来た。


「お風呂の使い方分かった?」

「うん、ありがとう。すごいね。私の村でこんなお風呂のある家なんて無いよ」


「へぇ~、向こう(・・・)はそういうもんなのかぁ」

「?」


「シュテフィ、もうすぐ片づけが終わるから、座っててね」

「……ごめんね、全部してもらって、」


「えへへ、じゃ今度はシュテフィにしてもらおうかな」

「うん。私やるよ。遠慮しないで、言ってね」


 メイシアの目から見ても、昨晩の事があってか二人は少し打ち解けているように見えた。

『二人は っていうかユイ加那志ガナシが人見知りなんだよねぇ、きっと』

 それを微笑ましいと言うか、子供の成長を見守っているような不思議な感覚で眺める。


「片づけが終わったら、またベリルとラズと遊ぶんだけど、シュテフィも来るでしょ?」

「……うん、私が行ってもいいの?」


「もちろん!」

「……何をするの?」


「冒険!」

「?」


「あ、そうだ。昨日話したことだけど……、あたしが昔から二人の友達だったことも、独りぼっちになったことも秘密にしているんだ。だから二人には言わないでいて欲しいの。あたしが一人暮らしをしていることも……」

 

「……それはいいけれど、友達だったら言った方が良いんじゃなの?」

「……うん、そうだね、」


『?』

 いつものように、にっこりとするサブリナの笑顔が何か違うように感じた。



「さ、家の用事は終わった~!」

「お疲れさま」


「あ、そうだ!」


 濡れた手を拭くと、サブリナが急に思い出したように、慌ててポケットからあるものを取り出した。それは小さく手のひらの中に納まっている。そして「これ……」と、シュテフィの前で手のひらを開いた。


『なになに?私にも見せてっ』

 

 メイシアとシュテフィが、シュテフィの開かれた手のひらを覗き込んだ。


 ──── !


 予想外の物を目にし、メイシアが驚きに言葉を失った。

 ありえないのだ。こんなところで目にするなんて。


「……サブリナ、これ……」


『それ……え?ちょっと待って。サブリナ、あなた……』


 サブリナの手のひらに乗せられていたもの。それは【達成の鍵】だった。


『……なんで?なんでサブリナがこれを持っているの?』


【達成の鍵】とは、メイシアが牧師からもらったペンダントだ。名前に鍵と付いているのだから、いびつではあるが鍵の形をしている。

 鍵として使うとするなら穴に差し込む側は、カクカクと四角い渦巻き状になっていて、鍵としての機能があるのかは疑問が残る。そして持ち手の部分には、赤い小さな石が嵌めこまれてある。


 メイシアにとってはそれは、失った村の思い出の象徴のような存在だ。牧師の形見と言ってもいい。

 そして、それだけでは終わらない。旅の道中【達成の鍵】を所有している者は【達成の鍵の乙女】だという事を知った。

 何もわからないまま敬われたり、面倒事に巻き込まれたり、また何の拍子にそうなるのか不明だが、絶体絶命の時に助けてくれた不思議な鍵。

 

『いや待って。これって確か、持つべきものが持たないと石が赤くならなかったはず……って赤い……よね、』


 そうなのだ。

 チャリオット領でセバスチャンが持った時、赤い石は黒く色を変え、バチッという音と共に衝撃が走った。達成の鍵が所有者を選んでいるという事なのだ。

 だがその前にストロー、ウッジ、チャルカが触っても何ともなかったので、はっきりとそうであるとは言い切れない面もある。

 とどのつまり【達成の鍵】については何もわかっていないに等しい。


『ん?女の子は大丈夫って事、かな?……いや、そんな事より、どうしてサブリナが持っているの?』

 メイシアの疑問が二人の耳に届くはずもない。


 そしてシュテフィに目線をうつすと、黙ったままの彼女は青顔をしていた。明らかに動揺している。

『ユイ加那志ガナシは達成の鍵を知っているの?もうどうなってるの……ユイ加那志!何か言ってよ!』 


「サブリナ、あなた……」

 シュテフィの声の揺らぎが、隠し切れない動揺を現している。


「これ、シュテフィのでしょ?落ちていたよ」


 ────え?

 

 サブリナから発せられた意外な言葉に、メイシアがシュテフィを見つめた。達成の鍵を持っているという事、それはすなわち……


『ユイ加那志ガナシ、あなた、達成の鍵の乙女だったの?』


 シュテフィは慌ててポケットに手を入れ、何かを探し始めた。言わずもがな、達成の鍵だ。

「そっか。ポケットに入れていたのね。昨日ハンカチを出す時に出てしまったのかな?」


「あ……あぁ、そっか。……そう、だよね、」

「なんだか高価なものっぽいし、失くしてしまわないように気を付けないとダメだよ~、はい」


 サブリナがシュテフィに達成の鍵を渡そうとしたが、シュテフィはなぜか固まったまま動こうとしない。

 心ここにあらずと言った風で、何か考え事をしているようだ。


「どうしたの?」

「ぁ……うん……。それ……サブリナにあげる」


「えっ?!ダメだよ!これ絶対大切な物でしょ?」


「そんな事ないよ。よくあるペンダント。別に大切なものなんかじゃ、」


『ユイ加那志、何を言っているの?それは大切だよっ!だって、ユイ加那志がそれを持っているって言う事は──』

 ──牧師さまから頂いたんでしょ。そう言いかけたが言えなかった。たとえ聞こえていないとしても、言う事をはばかられる。

 メイシアはユイ加那志と一緒に、あの時あの場(・・・・・・)にいたのだ。どうしてそうなったのかは分からないが、何があったかは知っている。

 牧師が嫌がるユイ加那志を無理やり、この島へ飛ばしたことは間違いが無いだろう。


『ユイ加那志……それでも、それは村との唯一の……』


「貸して、サブリナ。着けてあげる」


「ダメだよ、そんな……。だって、ゼッタイ高価なものだもん。……思い出のある物なんでしょ?」 

「…………」


「ほら、サブリナ、似合ってるよ」

「……本当に貰っていいの?」


「もちろん」

「……大切にするね。ありがとう」


 サブリナがシュテフィに抱き付いた。


「ちょっと、もういいから。お出かけするんでしょ?」


「あぁ、うん。そうだった。じゃ、洗いものも出来たし行こうか!」


 メイシアは、何もできずに立ち尽くしていた。

 する術を持たないのだ。ただ、見守るしかない。それがどれ程の事なのか、この時はまだ本当の事は分かっていなかった。






   *** *** ***




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