106話 エトランゼ 6/16
『げほっ げほっ……あーもう、一体どうなっているの?』
メイシアが訳も分からないまま、何処かの水面から顔を出した。
メイシアはもちろんこの夢の中では傍観者。
水に濡れたり鼻の中に入ったりしないのだけれど、潜水をしてきたような気分で反射的に咽てしまう。
『ひどい目に遭ったよぉ……』
と、水が溜まってる淵に手をかけた。
すると今まで足が付かない状態だったのが、急に床が現れ、みるみるうちに体がにググッと押し上げられる。
最終的には水深三十センチくらいの水たまりの淵に手を置いた状態で、ちょこんと座る感じになってしまった。
────!?
『……もう、これくらいでは不思議だと思わないからね!』
誰に対する負け惜しみかわからない捨て台詞を吐いたが、すぐにそんな事はしていられないのだったと、シュテフィが周りにいないか見渡す。
探すまでも無く、水から上がってへたり込んでいるシュテフィの姿が目に入り、ほっと胸を撫で下ろした。
不思議にシュテフィの体も濡れていなかったが、溺れた者のように息が乱れていた。
『ユイ加那志、大丈夫?』
と声をかけたが、すぐに違う事に意識が飛んだ。
その場所が、見覚えがあり過ぎる場所だと気が付いたのだ。
夢なのか、混乱なのか。
立ち上がり、淵をまたいで地面に足を下ろした。
ぐるりと一周見渡す。
『……ここは、』
めまいがするくらいの衝撃だった。
数日前、確かにメイシアはここにいた。ストロー、ウッジ、チャルカの三人、それにメリーと一緒に目を覚ましたのだ。
────丘の上の公園……?
天蓋ベッドの部屋から、大理石のテーブルに飛び込み出て来たそこは、あの噴水だった。
メイシアの記憶と何一つ変わっていない。
水の勢いが控えめな噴出口は、真ん中の一か所のみ。水が少し盛り上がる程度の、品の良さが感じられる噴水。
噴水の淵は青と白のモザイクタイルで美しく飾られ、周囲は年輪模様が美しい白木のブロックが引き詰めてられている。
周囲はつるバラのアーチやらアイビーを這わせた彫像など、センス良く配置された手入れの行き届いた公園。
そう。あの場所。
ストローが完璧すぎると言った公園。
ゲオルクが「夢うつつの国」だと言った公園。
街の者が誰も認識すらしていなかった丘の上の公園。
再び訪れる事が叶わなかった、オズの公園だったのだ。
『ここは……オズ……?なんで……?』
メイシアの頭の中で糸が絡まってしまっていて、重要だと思う事が思い出せない。思考が鈍い。
(一体私は今、何をしているの?夢?
オズで部屋を用意してもらって……それから、どうしたんだっけ?
今オズの家で寝ているの……?これはオズの部屋で見ている夢?)
思い出そうとしても、何かが邪魔をして確信の持てる「本当の事」にたどり着かない。
『…………、』
シュテフィが立ち上がった。
(そうだ、私は今ユイ加那志を追っているんだった。)
シュテフィは辺りをきょろきょろと見回すと、あの日メイシアが見つけたように、黄色い道を見つけたようだった。
そして、躊躇うことなくその道を走り出した。
『そっちは街だよ?街へ行ってどうするつもりなの?待ってよ、ユイ加那志!』
シュテフィを追いかけ、メイシアも走り出した。
シュテフィは九十九織りの坂道を走り続け、ひたすらに丘を下る。
公園から下る黄色いレンガの道は一本道。
途中メイシアは、紅花やゲオルクの畑があるのでは?と思ったが畑は何処にもなく、畑だった場所は草木が茂るだけの荒れ地だった。
そんな事を知る由もないシュテフィは脇目もふらず、あの公園から出来るだけ遠ざかるように走り続ける。
休みなく。
一心不乱に、人通りの少なくない大通りを駆け下りた。
流石にその姿は人目を引いたが、気にも留めない。
かつて、メイシアたちがドーナツを持って歩いた辺りに差し掛かった頃には足が縺れ、走り続けるシュテフィの体力は正直限界だった。
下り坂ではあるけれど「逃げている」「追われているかもしれない」という精神状態。
体はずっと酸欠。いつ行き倒れてもおかしくない。
それでもシュテフィは強い精神力で、何とか海まで辿り着いた。
そこはメイシアの記憶の中にある漁港の近くだった。
シュテフィは何か考えがあってここ来たのか、体力の限界でそこで足が止まったのか。
メイシアには分からなかったが、メイシアも例にもれず疲労困憊で息が上がっている。これ以上は動けないとばかりに、その場に座り込んだ。
ここで置いて行かれるわけにはいかないので必死で追従したのだ。
ゼイゼイと乱れる呼吸を整える。
『ユイ加那志!ちょっと休憩しよう!』と言ったところで、声が届くはずもなく、追いかけるしかない。
夢の中であるはずなのに、メイシアの息も絶え絶えだった。
(なんで夢の中で、こんなに息が上がるの?理不尽過ぎるー!)
人に姿が見られないのを良いことに、メイシアは仰向けに転がった。
まだ心臓が落ち着くには時間がかかりそうだ。
ちらりとシュテフィを見ると、彼女も四つん這いの状態で肩で息をしていた。
(背中をさすってあげたいけど……ごめん、ムリー!)
メイシアは大の字で空を見上げた。
やはりここの空には島が浮いていない。そして島をぐるりと一周囲っている虹も無い。
見慣れたものが無い空。
(やっぱり、ここは虹の国なのかなぁ……)
実際、そうでないと辻褄が合わないのだれど、自分は今虹の国にいるという現実味が無いのだ。
どう考えても、ここは田舎の港町。
故郷のカップ村よりも青い空を見ながら、ここで出会った人たちの事を思い出す。
紅花と雪蘭姉妹。それにゲオルクは置いといたとしても、役所のソニア、ドーナツ屋のトニーニ、漁港のハナ、町の人々……。
みんな、自分が今まで想像していた「虹の国の住人」と言った風では無かった。
想像ではもっと、神話的というのか。
強いていうなら、あの書庫の絵のような「神聖な雰囲気のある草原」にある「神殿のような建物」。
そこでロードに選ばれた、特別な任務を与えられた者たちが世界を見守っていると思っていたのだ。
それなのに、ここの者たちは普通の暮らしをしているごく普通の人々。
(でもやっぱり、この空はそういう事なのよね……、)




