第22話 delayed
目が覚めたとき、僕は控室の長椅子に横たわっていた。
「目が覚めたっすね。先輩ったら、脱水症状でぶっ倒れちゃったもんだからびっくりしたっすよ」
「悪い……、途中の水分補給すっかり忘れてた」
「とりあえずこれ飲んでくださいっす。桃ちゃんが薬局まで走って買ってきてくれたっすよ」
美織は僕に『経口保水液』と銘打たれたペットボトル飲料を渡してきた。脱水症状の水分補給にはこいつが一番いいんだと二日酔いの柚香さんに教えてもらった記憶がある。その時はこれが美味しく感じたときは本当に身体が脱水で赤信号を出しているときなのだと熱弁された。カラカラになっている今、この経口保水液は飲んだ瞬間に身体に浸透していっている感じがする。今度からはライブ用にちゃんと水分を用意しよう。
「しっかし桃ちゃんはホントに体力お化けっすよ。30分フルタイムでドラム叩いたあと薬局までダッシュで走れるんすから。若いっていいっすね」
「………そういえば桃子は?」
「お腹がすいたから何か食べてくるって言って出ていったっすよ。あれだけ暴れたらお腹も減るっすよね。――あっ、もちろん私はここで留守番してましたよ?ぶっ倒れた先輩のこと放っておけないっすから」
「そうかい、ありがとう」
生返事を美織へ返すと僕はペットボトルに残っていた経口保水液を飲みきった。それでもまだ喉が渇いている感覚があるので、コンビニにでも行って追加の飲み物でも買おうかと思う。
ステージでは『Andy And Anachronism』が演奏をしてる真っ最中だ。さっきまでのオーディエンスの熱狂が嘘のようで、ボーカルギターの拓がしっとりとしたバラードを歌っている。彼らのアクトを初めて傍目から観るわけだけれど、桃子が『化けの皮が剥がれた』と表現していたのがなんとなくわかったかもしれない。いや、もしかしたら彼らがしょうもないのではなく、僕らがその数段上を行っていただけの話なのかもしれない。それはまあ、後々わかってくると思う。
「――それにしても、桃子のやつ遅くないか?」
「確かに遅いっすね。すぐそこのとんこつラーメン屋に行ってくるとは言ってたっすけど、さすがに遅すぎるっす」
ここに来てとんこつラーメンが食べたくなるあたり、やっぱり桃子は普通の女子高生とは一線を画しているなと思った。しかしながら帰りが遅いのは少し気になる。そもそも、夜の街中を女子高生一人で出歩くもんではない。
「………ちょっと様子見てくる」
「了解っす。なんかあったらすぐ連絡してくださいっす」
僕はライブハウスから飛び出すと、少し嫌な予感がしたので車の中からある物を持ち出してから桃子を探すことにした。
彼女が食べたがっていたとんこつラーメン屋に入るが、その姿はない。近隣のコンビニや、さっき経口保水液を買いに走ってくれた薬局なんかを探すけれども、やはり見つからない。桃子のスマホに電話をかけてみるが、これも留守電サービスに繋がってしまった。
僕の背筋には悪寒が走った。桃子にもしものことがあったら、そんなことを考えれば考えるほど気持ち悪い脂汗をかいてしまう。人一倍気が強いとはいえ、17歳の女の子であることに違いはないのだ。大人の男が相手なら桃子の身に何があってもおかしくない。
ふと僕はある物の存在に気づいた。もしかしてこれならば桃子の居場所がわかるかもしれない。一筋の望みを託して僕はスマホを開いた。




