第21話 bushfire
オーディエンスの食いつき方はとてもゆっくりだったけれども、確実に手応えがあった。まるで松脂の酸化で一部分が徐々に熱を帯びて発火し、それが一面に広がっていく山火事のような感じ。一度火がついてしまえばなかなか手がつけられない、そう簡単には冷めないような熱量だった。
今回のアクトの特徴はなんと言っても最初の挨拶以外全くMCをしないというそのストイックさ。30分という持ち時間全てを演奏に注ぎ込むセットリストで、手持ちの曲を惜しみなく全て出し切るライブにするつもりだ。それこそ、山火事のように跡には何も残さないような全力投球っぷり。本来ならドラマーを中心にものすごく体力が必要になるわけだけど、そこはさすが天才女子高生尾鷲桃子。30分どころか1日全力で叩いてもへっちゃらという感じの表情をしている。むしろ逆に負荷を上げなさいよと言わんばかりに挑発してくるので、自然と僕らも力が入る。
1曲目、ダークなサウンドのままゴリゴリと進むのかと思わせて、サビでポップな4つ打ちになるというギャップでオーディエンスの心を掴んだら、2曲目はテンポの速いタイトな8ビートを刻んでいく。さすがにオーディエンスのみんなも3曲目は少しテンポを落とすだろうと思っているところに僕らは持ち曲で一番速い曲をぶち込んだ。桃子の軽快なスティック捌きはやはり速い曲でよく映える。そしてそれに追随する美織のベースが合わさって最高のグルーヴが生まれていた。上手い人同士でリズム隊を組めば良いグルーヴが生まれるかといえばそうではない。こればかりは生まれ持った呼吸のリズムレベルでの相性がある。そういう意味で言えば、今現在で桃子の良さを引き出せるベーシストは世界に美織ただ一人かもしれない。
僕も負けてはいられない。元々汗かきな体質ということもあって、4曲目を迎える頃には全身ビショビショだった。それくらい会場も僕らも熱を帯びている。いつもなら枯れてしまいそうなデリケートな僕の喉も今日に限っては調子がいい。このライブのあとしばらくはぶっ倒れても後悔しないと思えるくらい、気持ちよく演奏できている。
一方で、『Andy And Anachronism』を観に来たはずのお客さんは、今の今まで誰も知らなかった無名のバンド、しかも、お目当てのバンドをクビになった奴がやっているバンドに心を奪われている。30分前までは誰も興味などなかったこの3人組が、今や熱狂の渦の中心にいるのだ。
正直なところ、このあとに控えている彼らが少し可哀想に思えるくらい盛り上がっている。バンドをクビになってからというもの、こんな光景をステージの上から観られるとは思ってもいなかった僕は、まさに夢心地という感じだった。
「ほら、最後の曲行くわよ!脩也!」
「もう一発ぶちかましていくっすよ!先輩!」
歓声と楽器の音が混ざり合って、もはや何がなんだかわからない中でも二人の声はよく聞こえてきた。その声を聞いて、僕の心の中にはあと一曲、この曲を歌いきったらそのまま死んでもいいと思える覚悟すら生まれている。
「――行くぞっ!」
そして、ラストナンバーを迎えた僕らはとっておきの1曲を鳴らし始めた。
その曲のタイトルは『Genius』、僕が古巣で作った曲の中で唯一採用されながらも結局演奏されなくなった曲。誰にも見向きもされず影を潜めていた僕の才能がついに日の目を見るときが来たのだ。
観客たちには一瞬、カバー曲を演奏するなんてなんて粋な事をしてくれるんだという雰囲気が流れた。しかしそれは違うということにすぐ気づいたようだ。当たり前だ、これは僕が作ったものであって、僕が信頼できる仲間が奏でて初めて僕のものになるわけだから。
あのときバンドをクビになっていなければ、こんな気持ちになれることもなかったであろう。
桃子、美織、柚香さん、京介、力をくれたみんな、本当にありがとう。
そして、さようなら。くすぶっていた僕と、そんな僕を見捨てたみんな。
最後のEコードを鳴らし終わったとき、僕の視界は天地ごとひっくり返った。




