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第20話 pumpkin

 開演の午後6:30が迫ってきた。メジャーデビューして勢いに乗っている『Andy And Anachronism』は地元ということもあってその集客力も抜群。開場前から入場列は僕の思っていた長くなり、クロークも満杯になった。

 僕がクビになる前はこんなにお客さんが入ることなんてなかったから、その人間の圧みたいなものに少し気圧されそうになった。


「相変わらずプレッシャーに弱いのね」


「僕が弱いんじゃなくて、桃子が強すぎるんだ」


「高々この程度のキャパシティでビビってらんないわよ。武道館とかドームとかで演るようになったら、このハコの比じゃないんだから」


 数万人規模の会場と比べてくれるな桃子。もはやそこまでバカでかいステージになると現実味がなくて想像すら出来ない。ただ、なんとなく桃子は冗談で武道館とかドームとかという話をしている感じではない。彼女のことだ、この地元のライブハウスなんていうのはこの先数百段連なる階段の中のただの一段に過ぎないのかもしれない。不思議と桃子にはそういう夢を叶える力があるんじゃないかと思える。


「先輩って昔はよくライブ前に一杯引っかけてから臨んでたっすよね。今日は飲まないんすか?」


「……飲むわけないだろう」


 飲めるわけがないのだ。僕は機材車の運転手なんだから酒を飲んでしまったら機材どころか桃子も美織も運べなくなってしまう。タクシーなんか使ったりしたら僕の銀行口座が痩せこけてしまう。


「へぇ、脩也ってお酒飲むのね。てっきり下戸だと思ってたわ」


「先輩は飲むと凄いんすよ、大学のときだってライブ前に―――」


「あー!!その話はやめろ!本番前になんてこと思い出させるんだお前は!」


「別にいいじゃないすか昔のことっすし。――桃ちゃんも気になるっすよね?」


「後で教えてちょうだい。――今は私も集中力高めたいの」


 そう言って桃子は控室の椅子に座って、目を閉じて深呼吸をした。彼女には独特なルーティンがあるみたいで、ライブ前はいつもこんな感じに瞑想している。一度僕も真似をしてみたけれども、桃子曰く瞑想で集中力を高めるためには少し訓練がいるらしく、その時はただ一瞬リラックス出来ただけだった。


 今更付け焼き刃で何かをやっても遅いだろう。このままの自分で勝負するのが一番いいはずだ。人事は尽くせたかどうかわからないけれども、少なくとも天命を待つ権利くらいはあっていい。そういう自信を持っても良いんだと、ちゃんと桃子が教えてくれたから。


 開演時刻、会場内の照明がゆっくり落とされそれと同時に今までかかっていたBGMもフェードアウトしていく。そして少しの沈黙のあと、The whoの『Won't get fooled again』が流れ始めた。

 50年近く昔の音源から鳴るキース・ムーンの手数が多い激しいドラムと、それに負けない音圧で鳴らしてくるピート・タウンゼントのギターの音が僕は好きでこの曲をバンドの登場曲にしている。桃子や美織にこの曲を使いたいと言ったときどう言われるかと思っていたけれども、案外2人とも二つ返事でOKを出してくれた覚えがある。もしかしたら同じ曲にしようと考えていたのかもしれない。そうだったら少し嬉しい。


 僕はステージ上のスタンドに立て掛けていた愛機の黒いレスポールスタジオを肩にかけてチューニングを確かめる。

 オーディエンスはとても静かで僕らに向けられた期待みたいなものはあまり感じられない。よく、客席にかぼちゃが置いてあると思えば緊張が和らぐなんて子供の頃に言われたことがあるけれども、本当にそんな感じ。客席はかぼちゃで埋め尽くされている。まだ僕らのことを全く知らないかぼちゃだらけだ。


 手を上げて音響スタッフに合図を送ると、登場曲がフェードアウトしてまた沈黙が訪れた。そしてここしかないという絶妙の間で桃子が軽快なスティック捌きを見せつける。粒の揃った綺麗なフィルをワンフレーズ叩ききると、僕と美織は楽器を振りかざしてアンプから出た音で会場の空気を揺らす。


「こんばんは、愛知県岡崎市から来ました『Dining room in the dormitory』です。最後まで宜しくお願いします」


 短くオーディエンスへ挨拶をすると、僕らの番狂わせの一撃が幕を開けた。

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