55 机上の戦闘
「それでは慣例に従い会議を始めたいと存じます。私アリョーシャ・ライルが本年度の議事進行役を務めてまいります」
アレクシス・ヘイデンスタム大公が五大貴族会議の開催を軽やかに宣言すると、それに続いて本年度の議長を務めるアリョーシャ・ライル夫人が参加者に向かって挨拶した。
この五大貴族会議は、貴族院議会が様々な法案を議決の上通過して来た内容に対して、最終的に認可する最高意志決定機関であるのだが、上奏された議案が却下された試しは無い。
五大貴族会議において、全ての法案が無難に認められて成立すると言う事は、五大貴族が形式上のみの存在であると見られがちだがそうではない。実情は全く違う。
五大貴族が貴族院議会に対して多大な影響力を持ち、五大貴族の意志によって貴族院議会に法案が提出されるのである。伯爵や子爵などで構成される貴族院議会の方が実はお飾りであり、つまりアムセルンド公国において、五大貴族の権力は末端貴族全てに影響力があるのだ。
「議事に従い国内農業生産、工業生産、輸出入関連等の結果報告を行い、その後に懸案事項に移りたいかと存じます」
ライル夫人の透明感のある涼しげな声が会議室に響く。他の諸侯は無言でうなずき具体的な会議が始まった。
小麦の収穫量は平年以上だ、工業生産は発明ラッシュにつきウナギ昇りで注目すべき産業だ、輸出入は工業生産品も項目に入り外貨獲得は順調だなどなど……。
一通りの報告をライル夫人はスラスラと書類を読み上げ、その後に貴族院議会から上奏された法案について読み上げる。
──読み上げるだけで可否の議決は取らない。つまりこれらこそが、五大貴族が裏で主導して立案させた法律なのだ──
もちろん、法案議決の際も誰も口を挟まずに、ただただライル夫人の言葉に耳を傾けるだけ。
筆頭執事が淹れた茶の香りを楽しみながら、目を瞑ったり、視線を蒼に映える窓の外で遊ばせたりと、予定調和で時間は流れて行く。
しかし、報告を終わらせたライル夫人が懸案事項に移ると宣言するや否や、途端に会議室の空気がガラリと変わった。
それまで目を瞑って反り返りながら腕を組んでいたフェリクス・ヤーズフェルト公爵も
周囲の諸侯に嫌がらせしている訳ではないのだろうが、ズズズと音を立てて茶をすすり続けるエサイアス・ローセンプラド侯爵も
ライル夫人が読み上げる内容を必死にメモに書き留めていたランペルド・マルヴァレフト公爵も
そして一連の議事進行が終わり、乾いた口を茶で潤すライル夫人も
大公のアレクシス・ヘイデンスタム以外、四人の瞳がギラリと輝く。──ここからが、本当の五大貴族会議。本気のぶつかり合いが始まるのである
……ランペルド・マルヴァレフト公爵は予想している。
彼らは必ず今年になって首都で起きた不祥事について発言して来る。そして発言する以上は、一定以上の情報量を根拠として主張して来る事から、もしランペルドが関与している分野を指摘されてしまえば、うわべだけの薄っぺらな嘘では切り抜けられない。嘘がバレれば五大貴族としての自分の信用にも関わって来るからだ。
(自分に火の粉が降りかからぬよう、先に問題提起するか?それとも諸侯の出方を待ってヤブ蛇を回避するか?)
極めて平静を装いつつ、瞳だけで周囲を見回すランペルド。
(ダールベック中佐が言っていた。闇の社会の頂点には貴族がいる。その正体が分からずとも、通じている者がここにもいるかも知れん。迂闊な事は言えんぞ)
ヤーズフェルトもローセンプラドもライル夫人も切り出すタイミングを測っているように見えるが、不思議と大公のアレクシスだけは優雅なまま。全てを他の貴族に任せ切ったかのように、超常とした煌びやかな空気を放ちながら、時間の流れに身を任せている。
(大公殿下が口火を切らず、他の諸侯をけしかける積もりか。いや、大公殿下はまるで知らないと言う線もある。つまりは大公殿下を抜かした三対一、ここは先走って下手な事を言わずに、相手の出方を待とう)
機先を制するよりも、場の流れに沿って対応しようと決めたランペルド。彼の予想では、一番血の気の多いヤーズフェルト公爵が先陣を切るようにまくしたてると予想していたのだが、その予想は見事に外れた。
「マルヴァレフト公爵、卿に直接問いたい事があって私が最初に発言しようと思う。各々(おのおの)方、よろしいかな?」
(……アレクシス・ヘイデンスタム!)
大公自ら口火をきった事にランペルドは震撼する。
更に、ヤーズフェルトたち他の諸侯が何も言わずに無言で頷いた事にも戦慄を覚える。
つまりは完全な出来レース。ランペルドを詰問するために、大公を含めた四人の大貴族たちが裏で示し合わせていたのである。
「大公殿下御自らとは珍しい。このランペルドに何なりと」
胸に手を添えて頭を下げる。
周りの諸侯の刺すような視線が痛いが、自分に関わるもの全てを全力で守らなければならないのは事実。上流貴族の優雅な話し合いなどではなく、これも一つの戦場なのだと再確認したのだ。
「ふむ、では卿に問おう。私よりも情報の早い諸侯たちや卿の事だ、今年に入ってバルトサーリが騒々しいのは耳に入っておろう」
「ははっ」
どんな情報が入っているかなど、具体的な例を出して対応するのではなく、アレクシス大公が口にした話題についてのみ答えようと決めたランペルド。先走らず冷静にと自分自身を制しながら返事のみだけで流す。
「近年、国内で深刻な問題となっていた麻薬汚染だが、首都にはびこっていた麻薬組織が何者かの手により壊滅したとの事……卿は存じておるか?」
「ははっ、存じております」
「うむ、とても喜ばしい事である。それでな、麻薬組織を壊滅させたのが、実は首都管区警察ではなく、公安警察でもなく、陸軍が行ったと言うのだ」
「なるほど、陸軍が……ですか」
ランペルドの額に冷たい汗が垂れる
ハンカチで拭いたい衝動に駆られるが、動揺しているとも思われたくもない。ーー額の汗をそのままにアレクシス大公の言葉に集中しつつ、言葉の裏に潜む意図を読む
「ヤーズフェルト卿」
「はっ」
「卿は確か陸軍に在籍していた事から、旧知の仲間が陸軍に残っていたな?」
「はっ、お陰様で国防について今も勉強させていただいております」
ランペルドと対話していたのに、コロっと会話の矛先をヤーズフェルト公爵に向ける大公。
このわざとらしい会話の後に、何かが来ると身構えていたランペルドに対して、アレクシス大公は逃げ場に窮する固有名詞をぶつけて来た。
「ならばヤーズフェルト卿、卿はオレル・ダールベックなる軍人を知っておるか?」
「大公殿下、さすがに一軍人の名前までは、私も分かりかねます」
「なるほど。ではマルヴァレフト卿、卿はこのオレル・ダールベックなる軍人を存じておるか?」
(来た!)




