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49 オレルの真意


「なるほどねえ。それで中佐の部隊はパルナバッシュへ飛ぶか」

「ええ、国内問題も片付けたいのですが、国家安全保障の優先順位を考えると、核爆弾開発の方が遥かに深刻ですから」


 ランペルド・マルヴァレフト公爵家の食堂。

 食事を邪魔して申し訳ないと断りながら、オレルは三課の緊急作戦行動について説明する。


「今回は完全なる民間人を装ってパルナバッシュに潜入します。外交官ルートや参謀情報部一課の協力者ルートも利用しない、完全なる秘密潜入で作戦を開始します」

「それは……危険じゃあないのかね?いざと言う時、領事館の保護下に入れないじゃないか」

「確かに、マルヴァレフト卿のおっしゃる通りです。身分保障が無い分、発見された際のリスクは高くなりますが、我々がアムセルンド公国の軍人であると言う情報を、完全に秘匿出来る利点があります」

「いやまあ、それは理解出来るんだけどね」


 工作活動がアムセルンド公国の秘密諜報員によるものだとバレてはいけない、その大前提は重要である。

 いくら相手が辺境の弱小国家だとしても、潜入工作員による破壊活動がアムセルンド公国の指示だとバレてしまえば、これはもう報復行為も覚悟しなければならない重大な国際問題になる。

 アムセルンド公国政府の指示命令ではなく、参謀情報部三課が独自に判断して活動したのだとしても、パルナバッシュ王国側にとってみれば、そのような背景など単なる言い訳に過ぎないのだ。


 ──背後関係を一切知られてはならないゆえ、御理解いただきたいとオレルは言うのだが、ランペルドは短く刈った白髪混じりの頭をガシガシと掻きむしり、表情を曇らせて悩んでいる。


 ランペルドにしてみれば、オレルから説明を受けた『核爆弾』と言う大量破壊兵器が、どのような恐ろしい効果をもたらすのかが何となくは見えた。

 ウランと言う名前の鉱石を濃縮させ、低濃度ウランと高濃度ウラン235に分ける。この高濃度ウランを純度九十パーセント以上に高めたものを燃料体として爆弾の核に設置して、燃料体の原子核が核分裂反応を起こすように起爆し、その圧倒的で巨大な核分裂反応の力を破壊力に変える爆弾。ーーつまりそれが核爆弾・原子爆弾である。

 これがひとたび街中で爆発すれば、一瞬にして小さな太陽が街の中に誕生し、数千度の熱線で辺りの物質を焼き、熱線と同時に放射される放射線で生物の細胞を棄損させる。また、熱線と放射線に遅れて発生する圧倒的な爆風で建造物はことごとく破壊されて倒壊。あっという間に荒地に変わってしまうのだ。

 また、核爆弾が爆発した土地には半減期の長い放射線残留物が残り、生物は放射線による健康被害に長年苦しむ事になる。


 そんな悪魔のような爆弾が完成し、兵器として戦争に利用されるとしたら、どんな悲劇が待っているだろう……

 勝った負けたに一喜一憂する、戦士たちのロマン溢れる戦場の叙情詩など児戯に等しくなる。戦士と戦士、兵士と兵士の戦いこそ絵空事に変わってしまい、老若男女全ての人々が勝った負けたに巻き込まれ、生き延びるか蒸発するかの命の選択に晒される。

 その核爆弾が開発されて世に出る前に、完全に闇に葬るのは大賛成だ。ランペルド自身がむしろその開発を阻止してくれと願うほどだ。

 だが、オレル・ダールベックはたかだか七・八人のチームでそれを阻止しようとしている。それがランペルドには酷く儚く見えてしょうがない。彼や兵士たちが生きて帰って来れるか、そもそも開発阻止に成功するのか、不安で不安でしょうがないのだ。


「中佐、作戦は困難を極めるのではないかね?パルナバッシュは国家最高機密に等しい大逆転の兵器を製造しているのだ、警護やセキュリティも並大抵のものではないだろう」

「それは重々承知の上です。純戦闘部隊も同行させようとも考えましたが却下しました。小回りが効かなくなり、生存確率が劇的に下がります。これは三課だけでやるしかないと結論に至っています」


 参謀情報部一課や二課の責任者とも意思疎通を図り、協力体制は構築出来ている。

 バルトサーリ管区警察本部には諜報員マーヴェリックが目を光らせ、汚職と臓器密売ルートから貴族の設定を探り出している。

 首都バルトサーリの治安維持部隊は、いざと言う時オレルに協力を惜しまないと明言してくれたし、公国陸軍警察の調査官も、秘密裏に軍の汚職を捜査してくれている。

 ──オレルは敵地に潜入する不安よりも、むしろ自分自身と三課が首都を離れる事で発生する空白を危惧していたのだ。


「マルヴァレフト卿、私の部隊が作戦を完遂してバルトサーリに戻って来るまでの間、あなたの知りうる人脈全てを動員して、首都を守ってくれませんか?本日は作戦の報告と、そのお願いに来たのです」

「そうか。中佐、読めたぞ。君ってヤツは……この期に及んでもアムセルンドの太平に気持ちを置くか」

「そんな大層なものではありません。この半年、私と三課は派手に動きました。反動が必ず起こると考える程度です」


 事の重大さに気付き、いつの間にかナイフとフォークを置いて話に没頭していたランペルド。

 オレルのその余裕のある笑みでフッと緊張が解かれたのか、首元にかけていたナプキンを無造作に掴んでゴシゴシと自分の額に滲んだ冷や汗を拭う。

 見れば可愛い孫のアンナリーナも、食事を止めて心配そうな顔付きでオレルとランペルドを見詰めている。


「中佐、分かった!首都の件は私に任せたまえ」


 ランペルドの大きな声は、孫娘の不安を払拭しようとする力強さに溢れている。そしてこの貴族らしからぬ貴族は、自分の腹が決まれば一直線とばかりに、テーブルのベルをチリンチリン!と力強く鳴らして執事を呼んだ。


「私の立場から言わせて貰えば、国の治安も大切だが、中佐の無事も大切だ。如何なる力も惜しむつもりはない。それと……お〜い、リタをここに呼んでくれ!」


 誰に話しかけているのか忙しい人物ではあるが、ランペルドは執事を呼び出し、リタなる者をここに呼ぶよう命じたのである。



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