50 レイザー
「彼女の名前はリタ・バルツァーだ、必ず中佐の役に立つ」
ランペルド・マルヴァレフト公爵が呼び出した人物は、食堂に入って来て所で公爵にそう紹介されながら何と……オレルに向かって敬礼したのである。
見たところ、オレルと同じくらいの身長で細身の金髪女性で、男性かと見間違うほどに髪の毛は短く整えられ、ツルツルのおでこが眩しい。
もちろん、彼女がマルヴァレフト邸のメイドである事は、着ているメイド服で察しはつくのだが、オレルに向かってレディとしての挨拶をせずに、左右のカカトをカツン!と鳴らしながら直立不動の姿勢を取り、オレルに向かってビシリと敬礼したのだから驚きだ。
「オレル・ダールベック中佐、お会い出来て光栄に存じます!」
「あ、いや……どうも」
まるでお人形さんのような品を漂わせるメイドが、いきなり自分に向かって軍隊式の敬礼をするのだ。冷静沈着のオレルが面食らってもおかしくはない。
慌てて立ち上がって彼女に向かって返礼すると、ランペルドはオレルの慌てようを笑いながら、リタ・バルツァーの背景について説明を始める。
「中佐、彼女はね、戦闘系メイドと表現するのもアレなんだが、ようは私の護衛役なのさ」
「なるほど。では彼女は陸軍経験者ですか?」
「いやいや、違うよ。彼女はマルヴァレフト領の国境警備隊所属。昔で言うところの近衛騎士団に所属していたんだよ」
ランペルドは思い出したかのように、再び食べかけの料理を口に放り込みながら、彼女を推す理由の詳細を説明する。
アムセルンド公国では、貴族が私設軍隊を持つ事は元から認められている。公国内戦時代の組織をそのまま今に残しているのが、そのほとんどである。
だが、私費で雇う事から運営維持に難しく、五大貴族やそれに並ぶ貴族であるならば組織化された私設軍隊を維持も出来ようが、大抵は用心棒のグループを抱える程度までに冷え込んだのも現実。
だが、マルヴァレフト領は遥か昔にアムセルンドに併合された過去のある、独立心の高い領地である事と、隣国パルナバッシュとの国境線付近に出没する野盗から自国領土を守るために、公国内においては一二を争う規模の私兵を「国境警備隊」の名目で組織化して今も維持している。
規模にして四百人、つまり二個中隊規模に相当する私兵がマルヴァレフト家によって運営されているのだ。
「リタはね、その中でも卓越した格闘術を持っていて頭も賢いのさ。向こうの司令官が僕の身を案じて、護衛役にリタを充ててくれたのは良いが、いかんせん彼女の活躍の場が無いほどここは平穏でねえ」
隣国のパルナバッシュに行くならば、必然的にマルヴァレフト領を横断する。
彼女なら道案内や道中必要な備品の調達も出来るし、三課がパルナバッシュに潜入した後も連絡係として能力を最大に発揮出来る。
だから私のところへメイドで置いておくよりも、中佐の元で活躍させてくれないかーーと、ランペルドは屈託のない笑顔で説く
「了解しました、そうであるならば彼女の助力を乞いましょう」
「そうしてくれ中佐、不安要素は出来る限り削いでいた方が良い」
オレルはあらためてリタに視線を寄せる
「リタ・バルツァー、君の階級と経歴を申告してくれ」
「イエッサー!リタ・バルツァー一等軍曹、マルヴァレフト国境警備隊第六小隊小隊長を経て、マルヴァレフト公爵専属護衛官の任を拝命しました。実戦経験はありませんが、技能検定ではライフル射撃A、拳銃格闘特A、銃剣術B、突貫持久行軍B、魔法実技C、野戦医療A、机上演習特Aです!」
「よろしい、なおれ」
オレルの指示で休めの姿勢を取るリタ。メイド服の女性が背筋を伸ばして両手を後ろに回すような軍人の姿勢を取るのも、なかなかに奇異な光景ではあるものの、階級が絶対の縦社会である事から、本人たちはいたく真剣である。
「我ら参謀情報部三課は、諜報特殊戦部隊である。軍服とヘルメットを身にまとい、戦場を駆け回る事を使命としない。兵士たちが戦場に送られて悲惨な運命を背負わぬように、我々は常に闇に潜む悪を討つ。それが三課だ」
「ダールベック中佐は、アークヴェストの英雄と聞き及んでおります。中佐の部隊で働ける事、まことに光栄であります!」
「いや……全滅寸前の無秩序な壊走を、ただの敗走にしただけだ。私はその名前に胸を張れないよ」
オレルは口元に苦々しい笑いを浮かべ、そしてもう一度真剣な表情でリタに向き直る。
「我らの任務は非正規戦、つまり日常の中に戦いを求める。リタ・バルツァー、本日をもって参謀情報部三課付きの軍属に編入、階級は少尉で待遇する。おめでとうバルツァー少尉」
「はっ!リタ・バルツァー、粉骨砕身の努力をもって、部隊に報いる所存です!」
「明日朝、マルロクマルマルに屋敷の裏口門に出ていてくれ、君を回収してセーフハウスへ案内する」
それでは下がってよろしい──
リタを食堂から退出させると、あらためてランペルドに礼を言うオレル。だが、公爵に深々と礼をするも、心の底で数パーセントほどの警戒を抱いている。
リタ・バルツァーは道案内や部隊の補助を行なってくれるのであろうが、同時に彼女は我々の監視役でもあり、公爵への報告係なのだと感じたのだ。
──だがそんなオレルの杞憂も、後々の話ではあるが跡形も無く霧散してしまう。何故ならばリタ・バルツァーこそが、後の参謀情報部三課の揺らぐ事無き副官になるからだ。
容易に触る事も許されない切れ味抜群のカミソリ、彼女のコールサインは「レイザー」。
これが参謀情報部三課の指揮官と、副官の初めての出会いであったのだ。




