04 論文の破壊力
『アムセルンド公国と公国陸軍の将来展望』
これを表題として論文を書く事が、その年度の昇任試験で求められたのだが、ほとんどの兵士が「巨大軍事力を背景にした公国の栄光」を謳っていた。
浪漫溢れる壮大な展望、つまり夢物語のような軍事ロマンチシズムを書き記す兵たちの中でオレル・ダールベック“大尉”だけは違っていた。
全く別の切り口で持論を展開したオレルの論文は、試験官のみならず高級将校たちの度肝を抜いて、中央をザワつかせたのである。
「大軍不要論」これが、これからのあるべき姿だとオレルは説く。彼の論文の根幹だ。
魔装弾大砲の雨あられで荒野と化した野原を、重装歩兵が盾を構えて隙間無く横一列に並んで進軍し、背後から槍兵と弓兵が狙いを定め、更にその背後から魔法部隊が戦闘補助の魔法を放つ。これが我が軍の基本戦術だが……
武器の近代化が目覚ましく、誰もが容易に取り扱える魔装ライフルが実践投入された現在、戦闘における戦術だけでなく、兵士たちの構成も劇的に変える必然性に直面した。周辺各国も魔装ライフルの製造に躍起になっている事から、我が軍は先手を取って是が非でも新しい戦術コンセプトを取り入れるべきだ。
爆発性魔法を薬莢に込めた魔装ライフルのように、どんどんと新型兵器が台頭して来た今こそ、大軍同士の激突で勝敗を決していた戦術スタイルを変えろと説いている。
取り扱いの容易な魔装ライフルを標準兵装として兵士に支給し、ライフル部隊を主力部隊として大々的に編成する。これによるメリットは計り知れないものがある。その道のスペシャリストが一切不要になるのだ。
鋼のような強靭な肉体の戦士、鷹の目を持つ弓兵、魔法学の専門家など、長い時間とコストをかけて育てていたこれら専門職が、新兵に魔装ライフルを持たせて基本訓練をさせるだけで済むのだ。
取り替えの効かない貴重な戦士を血眼になって育成するより、魔装ライフルを大量生産して取り替えの効く安価な歩兵に装備させるべし。必然的に軍のスリム化と予算の軽減化に寄与するであろう。
──剣の達人や魔術士にしてみれば、職からあぶれる良い迷惑な論文だが、軍上層部が眼を見張ったのは間違いない。
「まさかね。まさか時代の転換点を指摘する論説が、昇任試験の論文から出てくるとは」
ラーゲルクランツ少将は机の上に置いた原稿、つまり入手したオレル論文の原本をペラペラとめくりながら、恐れ入ったと苦笑する。
ノルドマン准将は更にくだけた態度でオレルに接し、「してやられた」感たっぷりにこう嘆く。──私や少将閣下も新型兵器による軍組織の大改編を話してはいたんだ と
「それでだ。少佐、君を部下として招きたいと言う話に戻るよ。我々が君を欲する理由は、この論文を書ける人物だと言う理由だけではない。むしろこれから少佐にいくつか確認するが、その内容による理由の方が大きい。我々の想像に合う人物であって欲しいと言う、確認の質問だ」
こう切り出したのはラーゲルクランツ、そして待っていましたとばかりにノルドマンが身を乗り出して、悪意を一切含まない軽快な声で質問する。
「少佐、君は異世界転生人だね? これだけの達観が出来るのならば、似たような時代もしくは、こう言う転換期の時代を歴史で学べるような世界にいた者。どうだい、違うかい? 」
この衝撃的な内容の質問を突き付けられたのに、オレルはまるで狼狽える事無く平然とした顔。
冷たい眼差しと、表情の読み取れない細くて白い顔をそのままに、淡々と答える。
「閣下のおっしゃる通り、私は異世界から転生して来た者です。地下の転生人ギルドにも所属しております」
(やはりそうだったのかと、なるほど異世界転生者ならこれくらいの知恵は付くよな)と、この二人は嘲るように笑うのだろうなーー オレルの右眉が少しだけ上がる
しかし、ラーゲルクランツもノルドマンも彼を嘲る事無く、更に瞳を輝かせて詰め寄ったのだ。
「少佐、聞かせてくれないか? 今後、公国のあるべき姿と言うのを教えてくれ」