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03 首都バルトサーリにて 『アムセルンド陸軍総局』


 『アムセルンド陸軍総局』

 首都バルトサーリの中央にそびえる八月宮殿、旧アムセルンド王国宮殿の西城壁門の外に隣接された、三階建ての立派な歴史建造物である。

 公国成立より遥か以前、王国時代には貴族軍の司令官たちがそこに詰めて、軍略などを練っていた由緒ある建物である。


 高地特有の分厚くて低い雲が細かく冷たい雨を降らしている首都バルトサーリのとある朝、そのアムセルンド陸軍総局に出勤しようと、職員たちが続々とその入り口扉をくぐって行く光景を眺める者がいる。

 自分も軍服を身にまとわせた当事者であるはずなのに、通りを挟んだ店に入り余裕の表情で朝食を摂っていたのだ。


「オレルさん、良いのかい? 」


 宿屋兼居酒屋の女将(おかみ)が、食後のコーヒーをテーブルに運ぶ。

 オレルと呼ばれた軍人は、女将に向かって「今日は呼ばれただけですから」と、口元に笑みをたたえながらそう答え、受け取ったコーヒーで自分の鼻腔をくすぐる。


──以前ここにあった店は、部屋もシーツも臭くて、出す料理も手抜きで大した事はなかったが、この店は清潔で出す料理も美味い。首都に来たらこれからはこの店だな──


 昨晩の夕飯で出た肉料理とエールの品質の良さ。そして清潔な部屋と洗いたてのシーツで安眠を保証しながら、朝食は焼き立てのパンに良質なベーコンエッグにコーンポタージュと食後のコーヒー。

 これら上質なサービスを当たり前のように提供しながら、宿帳で顔と名前を一致させた女将や中居が丁寧に接客すれば、たちまち人気のスポットになるだろう。


「……経営者は異世界転生組かな? ……」


 蚊が鳴くような小さな声で呟いたオレルは、好意的な笑みを口元に浮かべながら、ゆったりと時間を使いながらコーヒーを飲み終え、やがて宿を出て行った。

 向かう先はもちろん『アムセルンド陸軍総局』。陸軍の頂点にある組織、アムセルンド総局の中に組織された参謀本部から更に枝分かれした、参謀情報部から出頭の要請があり、オレルは再び首都の地を踏んだのである。


 赴任先だった西部戦線からわざわざ首都に呼び寄せられた理由、士官学校を卒業して直ぐに前線勤務を命じられていた彼が中央に呼ばれた理由。それは、現地歩兵部隊の中隊長を務めていたオレル「大尉」が、佐官への昇任試験の際に書いた論文が物議を醸した──その反動が、結果として彼をこの地に招いたのだ。


「東部方面隊、第十一国境守備中隊長のオレル・ダールベック少佐です。ラーゲルクランツ少将閣下から出頭の要請をいただき、参じました」


 執務室の外に机を構える秘書官に向かって身分を明かすと、金髪の中年女性は目の前に立つ“若すぎる少佐”に少々のトキメキを覚えながら、先程から少将がお待ちしていますと、オレルの入室を促した。


 ノックして入室すると、執務室の机には部屋の所有者であるラーゲルクランツ少将らしき人物が(いわお)のような表情で構えており、その手前の応接用ソファには初めて見る人物が一人でくつろいでいる。襟章を見れば准将であるのは分かるが、初対面である以上無駄に詮索しても意味は無い。


「ラーゲルクランツ少将閣下、命令により出頭致しました! 東部方面隊……」


 オレルが直立不動で敬礼し、出頭の申告を述べようとすると、ラーゲルクランツは真っ白なヒゲを持ち上げて白い歯を見せる。彼に手を振りながら、かた苦しいのはやめて座れと敬礼を解かせたのだ。


 一度として接した事の無い高級将校がここまで砕けた態度で接して来ると言う事は、アークヴェスト国境紛争の英雄である若者に取り入ると言うよりも、何か親近感を覚えさせて交渉を有利に運ぼうとする意図があるのか……

 オレルは細くて鋭い眼差しをそのままに、失礼しますと一言口にして応接ソファへと腰を下ろした。


「やあ少佐、はじめまして。私の名はペテル・ノルドマン。ラーゲルクランツ少将を責任者とする参謀情報部において、部隊統括責任者を務めている」


 ノルドマンはソファに座ったままテーブル越しに手を伸ばし、オレルに握手を求めて来た。

 軍隊の絶対的上下関係からはずれたような二人の態度、その気さく過ぎる態度に面食らったオレルだが、些細な動揺に臆する事無く右手を伸ばし、口元に微かな笑みを浮かべながら「はじめまして准将」と返した。


 なるほど、この参謀情報部の仕組みとは、ラーゲルクランツが親方役で顔を効かせ、ノルドマンが実務の詳細を担うのか。

 それで、この二人は俺にスパイでもやれと言うのか。それと俺の論文がどう関わって来るんだ?


 首都は未だに霜が下りるがアークヴェストはもう暖かいだろ? 花は咲いたか?アークヴェスト特産の蒸留酒は美味いか? など、社交辞令の会話がダラダラと進む中、ノルドマンが棚のブランデーを取り、オレルの目の前に置いたグラスに注ぐ。

 それが多分、ラーゲルクランツとノルドマンの間で取り決めた「タイミング」なのであろう。

 ノルドマンが首都までの長旅を労いながら、酒でもやってくれと促しつつ、形だけ恐縮しながらオレルがそれを喉に流し込んだ時に、ついにアークヴェストが核心に触れた。


「少佐、君の論文を見た上で改めて言う。あまりにも急進的だと騒がれて忌避された、あの論文を見て熟考を重ねた上でだ。少佐、我々の下で働かないか? 」


 ──アムセルンド総局 参謀本部 参謀情報部は、オレル・ダールベックの才能に可能性を感じ、彼を原隊から引き抜こうとしていたのだ。



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