02 アークヴェストの英雄
大陸中央に位置する巨大な海無し国家『アムセルンド公国』は、爵位を持った貴族による合議制で国家運営を行なっている。
アムセルンドは元々王族の名前であり、二十年前まではアムセルンド王国としての名を大陸中に轟かせる巨大軍事国家であったのだが、悠久の時を過ごして来た王族は血が汚れて痩せ衰えたのか、世継ぎを一切作らぬままに絶えてしまった。
王の血が絶え、その配下にあった主要五貴族が合議制をもってアムセルンドの名前を維持したため、「王国」は王族が存在しない貴族主義の国家「公国」に名を変えて今がある。
しかし、アムセルンドが公国として国家運営を始めたのは今年で満十周年でしかない。王国の終焉から公国の誕生まで十年の空白があるのだが、その理由は想像に難しくない。
後に『五大貴族』と呼ばれる名門貴族や他の貴族諸侯全てが離合集散し、十年の長きに渡って血みどろの内戦を繰り広げたのである。──その結果の平和、その果ての大同団結
かくして五大貴族とそれに連なる貴族諸侯が、アムセルンドの名前を再び大陸中に轟かせる事になったのである。
“超巨大軍事国家、アムセルンド公国”
貴族諸侯直轄直営の貴族軍を廃止した後に「アムセルンド陸軍」として再編成した組織は、旧貴族軍の兵士たちが生活基盤を失って路頭に迷わないようにと言う、雇用対策が過分に含まれており、公国歴十年の今もなお、国家財政を逼迫する悩みの種である。
また、旧貴族軍出身の兵士たちによる派閥争いや、五大貴族に対する組織的な擦り寄りなどもある事から、腐敗の温床と化している側面もある。
いずれにしても、肥大化した軍事組織がその巨体を維持するには大量の食糧が必要であり、それを内需でまかなうのか、それとも『国外』へ求めるのか、公国は重大な判断を求められていたのである。
つまり、戦争を起こして他国を侵略するか、それとも解体する覚悟で軍をスリム化するか──公国は岐路に立たされたのだ
『アムセルンド公国歴 二十年』の春
年明けから続く獣人惨殺事件、その残忍な手口に震え上がる首都バルトサーリに、オレル・ダールベックが帰って来た。アークヴェスト国境紛争で活躍した新進気鋭の若手将官、そう、アークヴェストの英雄としての立場をもって首都の土を踏んだのだ。
何故彼が首都に戻って来たのか、彼にしてみれば呼ばれた理由は何となく察しはつく。少佐への昇任試験の際に書いた論文が、中央で騒ぎになった事はオレルの耳にも入っており、その論文から発した波紋が今回の招聘なのだと自覚している。
ただ、それに伴う未来はまだ見えていない。ーー軍上層部からの出頭命令によって辺境の国境部隊任務から外れて首都に赴いたのだが、何が言い渡されるのかまでは想像がつかないのだ。
だが別段悪い事はしていないのだから気に病む必要も無い、余計な心配に神経を費やす事は愚かな行為で時間の無駄だ。そう考えるオレルは、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で首都に立つ。
……アークヴェストの英雄に、新たな困難が待ち構えるとも知らず……
◆ プロローグ
終わり