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149 「私を恨んでいるか?」


  ■事件発生から三日目 九時四十七分

 レベッタ・ハウトリムセン少佐が作成していた領事館見取り図が完成し、統合本部を通じて複製図が関係各所に配布された。

 これをもって北西州軍のベルメル大佐と突入部隊のラムダ班は、急遽プロニスラフ郊外にある州軍駐屯地へと移動。領事館の見取り図を参考にした具体的な突入訓練を開始する。

 そしてオレルは「公国側で諜報作戦の準備をする」と言って一度統合本部を離れ、ホテル五階八号室へと戻った。


 八号室に詰めていたのは、ファウストとマザーズネスト、そしてカールの三人だけ。

 レベッタはどこに行ったかと言えば、ホテルのバックヤード。人質解放の交渉人を任命されたのは本人も快諾したが、いかんせん私服姿では駐在武官としての威厳も何も感じられない事から、軍服に着替える必然性が発生したのである。

 もちろん彼女の軍服は領事館内の私室にあり、今現在は入手不可能である。一計を案じたオレルが持参して来た礼装用軍服を彼女に貸して、ホテルのバックヤードで仕立て直して貰っていたのだ。


「ジョーカー、準備が出来たら機材の説明を始める。どうだ?」

「あと二分ください。ガンベルトを調整します」


 使い魔のウサギを抱えたファウスト

 テーブルの上にアタッシュケースを乗せて蓋を開き、中の機材を剥き出しにして待つマザーズネスト

 その前でジョーカーことカールは黙々と着替え、最後の仕上げとばかりに、腰のベルトに固定した銃のホルスターの位置を調節している。

 背広姿から着替えたジョーカーは、上はウールで編まれた厚手のフィッシャーマンズセーター、そして下はグレーのパンツにタクティカルブーツ。

 夜間潜入作戦のように全身を黒一色で染めてしまうと、辺り一面銀世界のこの時期は逆に目立ってしょうがないのだ。だから白系統の服で身をまとい、雪原カモフラージュの代用としたのである。


「ジョーカー、私を恨んでいるか?」


 彼の着替えを側から見ていたオレル。彼の手が止まるようなショッキングな質問を投げ掛ける。

 マザーズネストは三課設立当時からいるので、何故オレルがこんな質問をしたのかは当然のように承知しているし、ファウストも三課の功績を仲間から聞く過程で一課との関係も把握している。だからこそ二人はジョーカーに対して馴れ馴れしく話しかけず、一定の距離を保ったままオレルを待っていたのだ。


「恨んでいるとは……どう言う事でしょうか?」

「昨年三課が設立してすぐに、私は首都バルトサーリに蔓延する麻薬問題に着手した。二つの密売組織を壊滅させ、接収した麻薬はフォンタニエでばら撒くよう指示を出した。君の部隊がばら撒いたんだろ?」

「ヘロイン密売に加担した事について、私が持つ罪の意識はあくまでも私の個人的な問題です。軍事的な観念で言えば、我らのバルトサーリは浄化され、フォンタニエは弱体化に繋がった。私は軍人としての責務を果たしただけです」

「そうか、ならばその後の話になるが、三課が暴れ過ぎた結果、一課の体制がボロボロになったとは考えてないか?三課が目立ち過ぎた結果ラーゲルクランツ少将が暗殺され、一課は首都に招聘されて再編された。もし依然として一課が組織として機能していれば、今回の人質籠城事件も未然に防げたとは考えないのか?」

「いいえ、軍において各部隊は設立目的から任務目標から全てが違います。三課が台風の目であったと言う事は、それだけの戦場を駆け抜けていたと言う事。常に最前線に立つ部隊を悪し様に言う理由が見当たりません。元々一課は情報収集は出来ても阻止行動の取れなかった部隊、人質事件の情報を事前に入手しても、活かせられなかったはずです」


 ジョーカーは穏やかに笑いながら、身支度を完全に整える。

 オレルたち軍事アドバイザーが入国する際に、持ち込みが認められた銃はたったの一丁。それをジョーカーに貸すと言ってオレルは一度渡したのだが、不慮の事態を考慮してそれを固辞した。

 今ジョーカーのベルトに固定されたホルスターには、オスティン・フリートラントから貸し出されたスヴェン自動拳銃が収まっている。


「中佐、それよりもお願いがあります」

「何だね?」

「戦時任官法が認めるところの戦時昇進は、“戦時”が終了した後の原隊復帰は認めらていません。つまり人質事件を解決したのち、私は一課に戻る事が許されません」

「そうだな、兵士同士で便宜を図ったり癒着の温床になるからとの理由で、そう定められている」

「そうであるならば、私をこのまま三課のエージェントとして使ってくれませんか?」


 ジョーカーは笑顔でそう申し出るも、その表情に皮肉めいた笑いは無い。

 ──戦時任官による引き抜きは、あんたが仕組んだんだろ? そう言った類いの意思を込めたシニカルな笑いではなく、彼は本心から三課入りを望んでいたのだ。


「今現在、特殊戦を行える兵士と、諜報戦を行えるエージェントはいるが、君のように諜報も出来てなおかつ戦える者がいない。私は大歓迎だよ、君が三課に入ってくれる事で、我々は初めて諜報特殊戦部隊だと胸を張れる」


 互いに差し出した手がガッチリと一つに結ばれる。三課の新たなメンバーである『ジョーカー』誕生の瞬間だ。


「マザーズネスト、ジョーカーに思念送受信機の操作方法を教えてやってくれ。ロッタが部屋に帰って来たら、いよいよ我々の実戦が始まる」


 二人の会話を聞いていたファウストとマザーズネストは見逃さなかった、握手を交わしたジョーカーが誇らしげな笑みを浮かべているのを。

 つまりジョーカーことカール・オーウェンミュラーは、アークヴェストの英雄でありパルナバッシュ政変の立役者を尊敬していたのであり、かねてから三課入りを希望していたのである。



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