12 コードネーム「ラプター(仮)」 初任務
首都バルトサーリ郊外、南側に広がる大草原とはうって変わるように、北側に進めば進むほど眼前に広がって来るのは赤茶けた厳しい丘陵地帯。
一年を通じて雪が溶ける事の無い高い山々、北の外敵から首都を守る険しい山脈の起点を、人々は護りの台地……ルジョア丘陵地帯と呼んでいる。
北の山々から吹き下ろす冷たく乾いた空気
そして岩石質で草花の生えない大地
生物が住むにはあまりにも過酷な環境であるこの丘陵地帯で、今四つの蒼い瞳が視点を重ねるように、遠い先にある丘を見詰めていた。
風に乗った紅い砂埃を全身に浴びながら、岩陰に隠れて目を細める四つの瞳、つまり二人。
一人は上等なライフル銃を構えて、そのスコープから眼を光らせ、もう一人は大きな屈折型単眼鏡にかぶりついて息を潜めていた。
この二人とは、オレルにスカウトされたスナイパーチームの二人。ハーフエルフのアンネリエ・フェーデル二等軍曹と、ブリギッタ・フェーデル三等軍曹の姉妹だ。二人にとってこれは、参謀情報部三課に配属されて初めての任務なのだ。
スナイパーライフルを構えるのが、妹のアンネリエ。屈折型単眼鏡を覗くスポッター役(観測員)が姉のブリギッタ。姉のブリギッタがベルトのホルダーに保管してある長方形の黒い「箱」を取り出し、耳元にそれを当てる。
「ラプター・ワンからマザーズネストどうぞ」
それは無線機ではなく、念話増幅器。
念話能力者を中心に増幅器を使ってネットワークを構築し、メンバー同士のリアルタイム交信が可能となった、三課の連絡手段である。
本来ならば無線機を導入すれば良いのだが、今この世界のこの文明レベルにおいては無線機の概念は存在しない。だから無線機を「知っていた」としても、それをこの世界に持ち込んではならない。ーー時代背景に合わない超文明の持ち込み禁止は、全世界に支部を置く異世界転生人ギルドの絶対的ルールである。
だからオレルは変化球を使った。
純然たる魔法文明を今に伝えるこの世界で、当たり前のように存在する念話能力者の力を機械的に増幅し、念話増幅器を完成させたのだ。つまりグレーゾーンでセーフ、ギルドからも認められるテクノロジーである。
ただ、この念話増幅器を導入するにあたり、人員構想に若干の見直しを迫られたのは確か。三課に念話オペレーターとして、能力者一人をスカウトするに至ったのである。
念話オペレーターとは一体誰か?
それは後述するとして、今、スナイパーチームのスポッターであるブリギッタの呼びかけに対して、念話増幅器から返答が聞こえて来た。
(こちらマザーズネスト。ラプター・ワン、感度良好だ。通信送れ)
「了解、こちらラプター・ワン、所定の位置から北北西千ニ百メタルにて裸の王様発見、衛兵その数四」
(ラプター・ワン了解した、コヨーテに報告する。衛兵に動きはあるか?)
「扉の前に立っているだけで動きはない。ビンゴの確証が得られないため、これより能力を使う」
(こちらマザーズネスト了解した。続報入り次第通信寄越せ、アウト)
それを最後に念話通信を一度切り上げたブリギッタ。
そう。フェーデル姉妹が望遠レンズで覗く先には、イグナート・コズロフ率いる麻薬組織、チャルナコシカの秘密工場と思われる施設の入り口がある。丘陵地帯に並ぶ巨大な岩と切り立った崖を、巧みに利用してカモフラージュした地下工場への入り口。
アンネリエとブリギッタの二人は、狙撃による暗殺任務に赴いたのではなく、オレルが入手した情報の正確性を確認するための偵察任務として、この地へ赴き動向を探っていたのだ。
「姉さん、どうする?私がやる?」
「あなたの方が耳が効くんだから、風は私が操るわ。だから風の声はあなたが聞いてね」
ブリギッタはそう言うと、屈折型単眼鏡を一度地面に置く。両手で目の前の空気をかき回すような仕草をしながら、両の眼を閉じたのだ。
「……遊べ、遊べ、風の子らよ。陽気で移り気なその無邪気さをもって、私の手の中で踊れ……」
ブリギッタが何やら呪文のような文言を唱え始めると、それまで北から吹き下ろしていた「からっ風」がピタリと止む。そしてブリギッタの周囲に優しく柔らかな風が発生したのか、彼女の髪をフワフワと揺らしながらゆっくりと周囲を渦巻き始めた。
「……風の子らよ、聞かせておくれ、彼の地の音を。聞かせておくれ、彼の地の声を……」
それを言い終えた途端、ブリギッタが眼をカッと開ける。両の蒼い瞳は、瞳孔の収縮が一切行われていないように微動だにしていない。まるで彼女がトランス状態に陥っているかのようだ。
そして、ここで妹のアンネリエが動く。
スナイパーライフルを地面に横たえ、身体を起こし、自分の尖った耳に手をあてたのだ。
「……聞こえる、聞こえる。男たちの会話がはっきり聞こえる」
これは、風の精霊の使役魔法。遥か遠方で発せられた音を風の精霊に乗せて、術者の耳元まで運んで来る魔法。姉のブリギッタが風の精霊を操り、妹のアンネリエがそれをしっかりと聞き取る事で、麻薬工場入り口の扉に立つ門番たちの会話を盗み聞きしているのだ。
「なるほど、明後日、明後日の夜ね……。姉さんもう大丈夫よ、今ので確認が取れた」
術を開始してから数分後、確証が得られたのか二人は術を終わらせる。辺りにはいつの間にか柔らかな風は絶え、吹き下ろしの荒々しい風が復活し、岩や身体を荒々しく擦っては消えて行く状況が戻って来た。
術を行使した名残りが体内に残るのか、研ぎ澄まされたままの感覚を深呼吸で萎えさせた二人。やがて再びスナイパーライフルと屈折型単眼鏡を手に麻薬工場の入り口へと焦点を当てた。
「アンネリエ、どうだった?」
「当たりも当り、アイツらに間違い無いわ。それに明後日の夜に出荷するから、親分も来るって」
「あら、それは大変。ちゃんと報告しないとね。アンネリエ、あなたがちゃんと報告するのよ」
二人とも麻薬工場の入り口に焦点を合わせつつ会話が一区切りついたのか、今度は妹のアンネリエがベルトのホルダーから念話増幅器を取り出した。自分がたった今体験して聞いた内容について報告するのだ。
「こちらラプター・ツーからマザーズネスト」
(こちらマザーズネストだ、ラプター・ツーちょっと待て。今ちょうどコヨーテと繋がった。コヨーテに直接報告しろ)
耳元のスピーカーから溢れた言葉に敏感に反応し、姉妹は互いに目を合わせる。
強襲班やフェーデル姉妹のスナイパー班など、三課のコードネームは全て動物の名前で統一された。まだスナイパー班はフェーデル姉妹だけで名前も猛禽類=ラプターと言う仮の名前で呼ばれてはいるものの、部隊が正式発足したら、コヨーテはカッコいい名前を付ける事を約束してくれた。
──そう、コヨーテこそが、フェーデル姉妹が尊敬して憧れる人物なのだ──
本人がなかなかに忙しがっており、姉妹が訓練キャンプに入ってもまともに顔を出さずに、会話するチャンスも失われていたのだが、コヨーテが念話に出ると聞いた途端、姉妹は頬を紅潮させながら固唾を飲んでその時を待っている。
そして、彼女たちが緊張の面持ちで待つ事数十秒。待望の機会がやって来たのだ。
(こちらコヨーテだ、ラプター・ツー、裸の王様について報告しろ)
「こっ、こちらラプター・ツーです!裸の王様は当りです、間違いありません」
コヨーテの声を聞いてテンションの上がるアンネリエとブリギッタ。互いに聞こえるか聞こえないか程の小さな声で、中佐よ、中佐が出たわと大喜び。
「それで、裸の王様についての続報です。明後日の夜に出荷、その際にリーダーが立ち会いに訪れるそうです」
(……コヨーテ了解した、これで決まりだな。ラプター・ワンとラプター・ツー、貴重な情報を感謝する、任務ご苦労。速やかに現場から離れて撤収しろ)
フェーデル姉妹の初めての任務、その成果に大満足と言ったところなのか、コヨーテは感謝すると言う言葉まで持ち出して来た。
もちろんアンネリエとブリギッタは、それはそれはもう有頂天に喜びながらも、プロらしくねと互いに釘を差して気を引き締め、気配を消しつつその場から立ち去ったのであった。




