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100 送り主の名は


 パルナバッシュ王の直轄領、その最深淵にある秘密の核開発施設。その敷地内の正面にある研究棟で、今も煌々と電気の点いている部屋がある。

 職員たちのほとんどが寝静まった普段通りの夜。完全に人里離れたその施設では、静けさが耳に痛いほどの静寂に包まれており、宿舎棟や研究棟には警備員の控え室にかろうじて明かりが灯されている程度。

 だが、この研究棟の二階の一室だけは、安穏とした夜を真っ向から拒んでいた。

 その部屋の主が、睡魔と闘うどころか嬉々として自分の世界に没頭していたからである。


「弱ったな、弱ったなあ。これはまさに、嬉しい悲鳴と言うのだろうな」


 執務机に大きく広げた地図を喰い入るように見詰めながら、高揚感たっぷりに独り言を繰り返すのは、この秘密施設の責任者であり、パルナバッシュにおける核開発の第一人者、ヴァレリ・クリコフである。

 彼はこのパルナバッシュ王国及び、王国国境の周辺地域が記載された地図を眺め、自分の仕事に直結する「何か」に対して、眠気も忘れて想いを馳せていたのだ。


「直轄領ではダメだ。直轄領で起爆させれば、放射性降下物で王都が死の街に変わる。本来ならあまり持ち出したりしたくないのだが……」


 地図をマジマジと見詰めながら、地図に寄ったり逆にふんぞり返ったり。そして冷めたコーヒーをガブ飲みしては、腕を組んで解いてと、まるで落ち着きがない。


 ──南端のザリーヴ州で行おうか?あそこなら人口比率も少ないから騒ぎになっても揉み消せる。いや、駄目だ、、、自由貿易王国フォンタニエの交易基地・ファンダンティア諸島がある。奴らは経済にダメージを受けると途端に好戦的になるからな。

 ならば、東の丘陵地を経てアムセルンド公国との国境付近で起爆試験を行うか。あそこなら放射性降下物は編成風に乗って全てアムセルンドに落ちるから、我が国に被害は無い。


「悩ましいな。人知れずに地下実験を行えば、確かにデータは取れるがパトロンたちの印象は良くない。逆にパトロンたちが喜ぶ形で実験をすれば、それこそ派手に喜んでくれるが、外交的緊張が高まり国家が危うい」


 執務机に肘をつき、その手のひらにアゴを乗せるクリコフ。派手な実験を想像していた事でその時の光景が脳裏に蘇ったのか、難しい表情がみるみるうちに笑顔に変わる。──陶酔感を過分に含んだ狂気の笑みにだ。


「派手な爆発……あれはいい。ふふふ、地上に太陽が誕生するあの瞬間は、何度見ても心が揺さぶられる。そしてその後に続く巨大な爆発と真っ黒なキノコ雲。まさにあれは、神に対して科学が挑戦を挑む、決意の狼煙(のろし)のようで荘厳極まりない。」


 何としても、起爆実験を行なわなければと意気揚々に地図を眺めていると、執務机の片隅に追いやられた内線電話がピリリと鳴る。

 静まり返った夜に突如それが鳴りだすものだから、クリコフは椅子から転げ落ちる勢いで驚き、そして怪訝な表情で受話器を取った。


「う、うん!……夜中にいきなり鳴らさないでくれるかな、驚くじゃないか!」


 内線がどころから繋がっていて誰が呼んでいるのかなど、一切お構いなしに怒鳴るクリコフ。しかし、受話器の向こう側から聞こえて来たのは、この異世界で核兵器を開発しようとする研究者が、聞き捨てる事の出来ない重要な内容であったのだ。


(こちら警備室です。夜分申し訳ありませんが、マヌエルルーチョ運送が急ぎでサンプル配送を頼まれたと来館しておりまして)


「マヌエルルーチョ運送が?私宛てにか?」


(はい、そうです。何でも炭化……炭化ホウ素合材のサンプルを宰相マファルダ様から預かったとかで……)


 この段階で、クリコフは血相を変えて自室から飛び出していた。

 その炭化ホウ素と言う謎の物質名が、彼を全力疾走で警備員窓口に向かわせるだけの影響力を持っていたのである。


 ──ふざけるなよ、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!炭化ホウ素は私でさえこの世界で合成に失敗した幻の合材、組成式が解明されたのは1930年代以降の、この世界にあってはならない超物質!まさか、まさか私以外の者で、この世界での組成式を解明した異世界転生人がいるとでも?


「あれがあれば、炭化ホウ素合材があれば!中性子吸着剤が製造出来る、つまり炭化ホウ素合材による燃料制御棒を使用した……原子力発電が!」


 慌てて階段を降りると、目の前に広がるのは玄関ホール。その脇にある警備室の前には、マヌエルルーチョ運送の制服を着た配達員らしき人物が立ち、小さな段ボールの箱を手にしている。


「それか、それか!炭化ホウ素合材のサンプルは。送り主は、送り主は誰なんだ!」


 そう叫びながら配達員に駆け寄り、手を伸ばしたクリコフ。しかし彼が段ボールの小箱を手にする事は無かった。

 ──タス、タス!タス!──

 何と配達員が手にしていた段ボールに穴が開き、鈍くて重い炸裂音が玄関ホールに響いた。


「ぐっ!うっ、ううう……」


 その炸裂音が響いたと同時に、クリコフが着た白衣の胸の部分が真っ赤な血で染まり始め、血の花が咲いたのだ。

 そう。クリコフは至近距離から、段ボールに忍ばせた拳銃で狙撃されたのである。


「送り主は誰かと聞いたな。送り主の名はオレル・ダールベック、中身は鉄の弾丸だ」

「……オ……レ……ル……」

「前世で敵わなかった願いを、現世で実現させたい気持ちは分かる。だが限度ってものがあるんだよ、このサイコ野郎が」


 胸を集中的に撃たれて、口から泡混じりの血をゴボゴボと吹きながら苦悶するクリコフ。立っていられなくなり膝をガクリと床に落とした瞬間……もう一度だけ「タン!」 と、鈍い銃声がホールに響いた。


 額の真ん中を撃ち抜かれたクリコフは、その勢いで天井を見詰めながら倒れ、やがて絶命した。


 異世界転生人ヴァレリ・クリコフを待ち構えていたのは、もちろんオレル本人であり、彼が興味を持って近付いて来るであろう内容を吟味したのもオレル。

 獲物が興味を示すエサをチラつかせ、そしてクリコフはまんまとオレルの下手くそな銃口の前に立ってしまったのだ。


 すると警備室から小窓を経て、ホールで繰り広げられていたオレルの行動を確認していたのか、これでこの作戦は終了とばかりにバイパーとシルバーフォックスがゆっくりと出て来る。

 既に警備室はバイパーとシルバーフォックスによって、完全制圧されていたのだ。


「よし、第二段階に移るぞ」


 オレルの指示に無言で従い、バイパーとシルバーフォックスの二人は、拳銃を構えて警戒しながら移動し、やがてホールを出て行く。

 その後を追いながらも一度振り返り、冷たくなって横たわるクリコフを見やるオレル。

 前世を含めた自分の名誉欲の追求なのか、それとも悲願の達成なのかは知らぬが、結局は地に足をつけて今を生きなかった結果だよ── クリコフを映す彼の冷たい瞳は、突き放すようにそう語っていた



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