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空母 双龍 東へ  作者: 銀河乞食分隊
燃えるミッドウェー
17/62

日本海軍 開戦時就役艦および20年まで竣工予定艦

大分雰囲気が変わっています。

ご予算少々であり、経費節減をしていますが、それほど予算が少ないわけではありません。

完全志願制のため人数が少なく、旧式艦は維持できないため容赦なく廃艦にされます。

神風級などは巡視船に。巡洋艦以上の艦は、スクラップですね。

そのため平時は良いのですが、いざとなると船も人も足りません。


無理な設定がありそうです。いくら何でもこれは無理という物がありましたら、お知らせください。


08/10 一式12.7センチ高角砲の初速を変更しました。870mに下げました

海軍

現用艦+20年までに竣工予定艦


戦艦


金剛・霧島   (比叡・榛名WW1喪失)

三万五千トン

36センチ砲連装4基8門 

14センチ副砲単装6門 

八九式連装高角砲改二六基12門 

機銃 多数 

十三万五千馬力

速力三十ノット


元々WW1のユトランド沖海戦以前の英国流巡洋戦艦であり、軽装甲だが高速力で優位を取ろうとした設計 

まともに戦艦との打ち合いは出来ない

高角砲増設の代償重量で副砲を撤去され片舷三門しか残っていない。

三門では効果が出ないだろうと撤去しようとすると艦側の抵抗が激しい

36センチ砲は、当初45口径であったが50口径に換装された。


扶桑      (山城  WW1喪失)

36センチ砲連装6基12門 

14センチ砲単装14門 

八十九式連装高角砲4基8門 

機銃25mm連装6基   

速力二十四ノット  (16年時点では二十二ノットが限界)


あまりにも危ない主砲配置と機関配置+薄めの装甲厚で速度も出ないため、練習艦扱い。

通常三番四番砲塔弾火薬庫は砲弾も装薬も積んでおらず、艦のバランスを取るためにダミーウェイトを置いてある。

実戦に出す気は無い。 

艦橋は元祖違法建築である。高射装置を始めとする各種艤装類をまずこの艦で試験するために似たような物が多数設置されている。史実の扶桑級以上にひどい。

主砲は45口径のまま。高射装置は新型になったが、高角砲は八十九式連装高角砲のまま。改二では無い。

三番四番砲塔と弾火薬庫を撤去、機関配置の適切化と強化をして金剛級や伊勢級と戦隊を組ませる案もあったが、機関室縦隔壁という構造上の問題があり実施されなかった。


伊勢・日向   (WW1の結果を受け設計変更)

三万五千トン

36センチ砲連装4基8門

14センチ砲単装8門

八十九式連装高角砲改二8基16門

機銃 多数

十三万五千馬力

速力三十ノット


扶桑級と同じ36センチ砲12門を連装砲塔2基1群として3群搭載予定であったが、キールを据える前に山城爆沈の結果を受け、設計変更された。

前後に背負い式に連装砲塔を備え、当時ようやく実用化の域に達した重油専焼缶を搭載。これにより機関室の短縮と給炭員の削減に成功。扶桑級より短い全長と重防御になっている。

36センチ砲は、当初45口径であったが50口径に換装された。


長門・陸奥   (WW1の結果を受け設計変更)

四万二千トン

36センチ砲三連装4基12門

14センチ砲単装10門

八十九式連装高角砲改二8基16門

機銃 多数

十三万五千馬力

速力二十八ノット


当初40.6センチ砲連装4基の予定であったが、弾薬の共通化を図るため36センチ砲に変更。攻撃力の低下を補うため、三連装4基12門とした。

当初45口径であったが50口径に換装された。防御力は40センチ砲防御

最初から重油専焼缶を搭載し史実よりも機関区は短い


大和      (武蔵17年春~夏 甲斐17年秋~冬 信濃19年夏~ )

 

12年計画では、金剛級・扶桑・伊勢級の代替艦である。数は減っている。5隻から4隻


五万八千トン

38センチ砲三連装4基12門

一式12.7センチ高角砲連装12基24門

機銃 多数

二十万馬力

三十ノット (公試では三十二ノット出た模様)


主砲は16インチ18インチという案もあったが、開発経費節減のため購入に。

イタリア・OTO社製50口径38センチ砲であった。その中距離(2万メートル)以下での装甲貫徹力を期待されて採用した。

当時日本海軍は、遠距離砲戦は労多くして功少なしと言う見方をしており、また思想的には武士の思想「肉を切らせて骨を断つ」を実践すべく高速重防御で肉薄すべしと言う野蛮人だった。

防御力は、肉薄すべく43センチ砲防御が施されている。至近弾や小口径砲で大量の浸水を招かないよう全周防御とされた。

武蔵・甲斐は相当工事が進んでいるためこのまま完成する予定。

信濃は建造ドックの順番待ちで開戦時点ではキールも座っていない。この先は判らない。


空母

赤城・加賀・火龍・雷龍・翔鶴・瑞鶴・瑞鳳・翔鳳・龍鳳


凍鶴17年春 黒鶴17年夏


海鳳17年春 天鳳17年春 仙鳳17年夏


海龍 


13年計画で唯一計画された空母 17年冬

翔鶴級を元に全面装甲された飛行甲板を持ち、他の非装甲空母がやられても装甲空母だけは着艦が可能となるよう計画された。


四三千万トン

二十万馬力

三十三ノット

航続距離 九千八百海里 十八ノット

長10センチ高角砲連装八基

機銃多数

搭載機 五十五機 補用八機 格納庫は一層、機体の大型化に対応して高さを高くした。

斜行甲板、カタパルト三基、舷側エレベーター二基、大型エレベーター一基、翔鶴級と同じ煙突一体型艦橋


カタパルトとエレベーターの数を増やし、発着艦の迅速化を図った。

装甲は八〇番の3000メートル水平爆撃に耐えうるものとされた。八〇番は通常であった。


戦時急造型空母

雲龍級

雲龍・飛龍・蒼龍・天龍 18年夏以降順次竣工予定 他4隻の建造計画

火龍の艦型を元に簡略化と小型化を図った物である。小型化による工期の短縮を図った。

起工から竣工まで20ヶ月の予定。

一千五百トン級戦時急造駆逐艦と同じで、曲線は多用されず板を張り付けたような外観はともに不評だった。

一万七千トン

一二万馬力

三十一ノット

搭載機数五八機 補用五機 

八十九式連装高角砲改二 連装4基

機銃多数

斜行甲板、カタパルト二基、エレベーター二基

防御力

火龍に準ずる 


鷹級

鳳級一万トン空母は戦時急造に向いておらず、戦時急造の小型空母として商船構造に近い簡易型空母が計画された。艦橋や飛行甲板の配置は鳳級一万トン空母を踏襲している。やはり板を張り付けたような外観は不評だった。

起工から竣工まで14ヶ月の予定

雲鷹・冲鷹・大鷹・神鷹 18年春以降順次竣工予定 隻数は戦況によるとされた

一万一千トン

六万馬力

二十五ノット

航続距離 六千海里

カタパルト一基

エレベーター二基(内一基舷側)

搭載機数 二十五機

高角砲無し

機銃多数

対弾防御 バイタルパートのみ阿賀野級軽巡に準ずる

水雷防御 阿賀野級を簡易にしたもの


商船改造空母は、費用対効果が悪いとして最初から空母として設計された艦以外建造されなかった。

後年、商船改造空母と言われているのは、航空機運搬艦で、カタパルトによる発艦能力しか無かった。速力不足で自力発艦は不能。着艦設備は無く、全てクレーンや艦側デリックでの荷積み・荷下ろしであった。


鳳級一万トン空母6隻の艦名は、母音、子音が重なり無線電話で聞き取りにくく不評であった。

更に鷹級空母が加わり、現場では混乱を極めた。鷹級空母は、「よう」とは無線で呼ばれず「たか」と呼ばれるようになった。


翔鶴級の艦名は瑞兆にまつわる鶴の名が判らなかったからなのか、季語から取ったようだ。


重巡

青葉・加古・古鷹・衣笠

妙高・那智・羽黒・足柄

鳥海・摩耶・愛宕・高雄

利根・筑摩


八海・剱・越百こすも・久能 17年夏~19年秋 青葉級代替新設計一万五千トン級

吾妻・道後・石鎚・飯野  妙高級代替 新設計一万五千トン級19年春~21年夏


上記8隻は同一設計の同型艦である。工事に入っているのは2隻であり、他の艦はどうなるか判らない。


軽巡

天竜・竜田・夕張 (廃艦)

五千五百トン級全艦 (順次廃艦予定)阿賀野級八千五百トン多用途軽巡へ


最上・三隈・鈴谷・熊野


八千五百トン級多用途軽巡阿賀野級

阿賀野・矢矧・能代 3隻は就役

酒匂・大淀・竜田・夕張・石狩 (竜田・夕張は艦名引き継ぎ)17年夏~18年冬

他4隻建造予定

工事に入っていない艦もあるが、5500トン級の代替であり建造はされる。


改最上級 主砲は15.5cmだが艦型が大きく山の名前を付けられた

伊吹・生駒・栗駒・浅間 18年夏~20年秋


伊吹・生駒は工事に入っているが、他2隻はどうなるか判らない。


練習巡洋艦

鹿島・香椎・香取


駆逐艦

61センチ魚雷搭載艦以外は全て、水雷兵装と主砲を取り外し機銃数基の装備で巡視船扱いに。

その際機関は缶を半分撤去予定だったが、経費節減のため、艦内でボイラーを再使用不能にしただけであった。条約期間中であったため、条約加盟国に内部を公開した。

12年計画艦以降の14年計画艦として夕雲級が計画された。最後の艦隊型駆逐艦であった。20隻建造予定。

16年末時点で8隻建造中

夕雲級

二千八百トン 

一式12.7センチ高角砲 連装三基

魚雷発射管四連装 二基 予備魚雷 八本

機銃多数

爆雷 四〇発

7万5千馬力

最高速力三十七ノット

航続距離 巡航九千五百海里 十八ノット


夕雲級は、12.7センチ砲が平射砲より一式12.7センチ高角砲になる。

半自動装填で毎分二〇発近い発射速度と、初速870mと言う高初速砲で最大射高15500m最大射程22500mと言う高性能ぶりだった。

高性能の代償として、八十九式連装高角砲改二の二倍以上の重量と三倍くらいのコストが掛かり、搭載艦は夕雲級駆逐艦と大和級戦艦のみであった。

砲弾は従来の12.7センチ平射砲の物を使い、薬莢のみ装薬の変更と装填装置に合わせて形状を変えている。


一千五百トン級駆逐艦

17年春以降順次就役

開戦が予想されたため、急遽設計された。

工数を減らすため、従来の駆逐艦の優美とも取れる艦首形状は、直線形状のクリッパー型に。曲面は多用されず、板を張り付けたような外観は不評であった。後期建造艦は、発射管を撤去。長10センチ高角砲を単装一基、連装一基とされた。

戦時量産型、命名基準植物、植物学者か国語学者でも無ければ読めない文字多数でひらがな表記の艦が多かった。

起工から竣工まで10ヶ月の予定

一千四百五十トン

八十九式連装高角砲改二 単装一基・連装一基 機銃多数

四連装魚雷発射管一基(予備魚雷無し)

爆雷三〇発

三万四千馬力

速力三十一ノット

航続距離 六千七百海里

17年春以降順次就役


直衛艦

秋月級 

秋月・夏月・三日月・凉月・影月・冬月  春月17年春・満月17年夏  他12隻が19年春までに順竣工予定。 艦型が大型で、量産には向かずこれ以降建造計画は無い。


三千五百トン 

長10センチ高角砲連装4基 

機銃多数 

魚雷無し

六万馬力

三十四ノット

航続距離 九千八百海里 十八ノット


大型空母1隻あたり2隻 小型空母1隻あたり1隻 の予定だった

当初、大型空母1隻当て4隻、小型空母1隻当て2隻の予定であったが、艦型が予想外に大きくなってしまい、半分に減らされた。その後、全艦大型空母直衛とされた。

小型空母には戦時急造型一千五百トン駆逐艦が充てられた。1隻あたり2~4隻が充てられ、強力な防空網を形成した。


金剛級以前の大型艦は少数が練習艦として残された以外は全て廃艦。



こんなの大和じゃ無いという方。ご意見お待ちしています。

秋月級は、これこそ秋月級という艦を目指しました。この世界では、魚雷発射管の設置をねじ込んでくる奴は、正和の疑獄事件でいなくなりました。


日本海軍が使用する主砲弾ですが、通常弾(徹甲)は水中弾効果を付けていません。

土佐が標的艦にならなかったからです。普通の弾ですが合金の配合を研究し、硬く強靱な重量弾とし貫通力を高めています。

土佐の実験で水中弾が明らかになったという俗説を採用しています。


そこら辺の事情は、双龍の世界ででも書こうかと思っています。

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