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31 メガネ萌え

 俺の名前は、ライアン・レッド・ドライデン。

 今は王都にある王国軍で副将軍をしている。


 領地は長男が次いでいて、次男も婿入り先の砦で守備隊長をしている。

 三男はつい最近まで自分がいた軍で、一緒に訓練をしていたが、公爵であり、俺の直属上司である将軍の長男と一緒に、なぜか北部砦の守備の為に、その時は王都を離れていた。

 最近は二人の息子たちが相次いで結婚して落ち着いたせいか、王都の屋敷もさびしくなった。


 昔、まだ、三人の息子たちの母親が生きていた頃は、それはにぎやかなものだった。

 息子たちの母親に会ったのは、俺がまだ地方を転々としていた若い頃、よく食べに行った大衆食堂で女ながら、料理を作っていたのが彼女だった。

 暗い所で料理の本を片手にいろいろ試作しては、なぜか俺にそれを食べさせた。

 結婚した後、本人になぜあんなに俺に料理の試作品を食べさせたのか聞いたことがあったが、彼女によれば好き嫌いが素直に顔に出るのが俺だったからだそうだ。

 俺たちが結婚した当初は、自分にはまだ二人の兄がいたため、地方の軍を転々としながら、妻と二人、つつましやかに暮らしていた。

 そのうち、子どもにも恵まれ、三人がある程度、手がかからなくなった所で、いきなり流行病で妻がなくなってしまった。

 途方にくれた所で二人の兄も同じような流行病で亡くなり、二人の兄に子供がいなかった為、必然的に地方の領地は俺が継ぐことになった。

 あたふたしながらも、昔からいた使用人の助けを借り、何とか息子たちを育てながら、軍務も続け、気がついたら副将軍なんて職を貰っていた。

 そう言えば、隣の領地には妻と仲の良かった侯爵様の領地があって、何度か侯爵夫人とそのお子様が遊びに来ていた。

 この侯爵夫人と仲良くなったきっかけは、まだ巷が盗賊だなんだとにぎわっていた頃、たまたま王宮の警備の帰りに侯爵夫人の馬車が盗賊に襲撃されていたのを助けに入ったのがきっかけだった。

 妻が死んでからは何かにつけて、女でのない我が家を気にかけて、いろいろと助けてくれた。

 思えば、本当にあれこれと世話を焼いていただいたものだ。

 訪ねてくれる度にあまりにも親切にされるので、一時期は、もしや俺に侯爵夫人は、自分に惚れているのかと思った時もあった。


 でもさすがにそれはないだろう。

 それに今も目の前にいて、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見ている。

 そりゃそうか、若い娘をおっさんがかどわかしたようなものだ。

 侯爵夫人の憤りもわかる。

「お母様、いいかげんにして下さい。ライアン様は私を選んでくれたんです。」

 なぜか俺の隣にいるスカーレットが胸を張って、母親に勝利宣言をしている。

「小娘がいい気になって・・・・・・。」

 侯爵夫人が何ごとかを呟いた。

「えっ。」

「いえ、何でもありませんわ。」

 侯爵夫人は、そう言うと掛けていたメガネをクイッと持ち上げた。

 その動作がいつもスカーレットがしている動作にそっくりで、思わず赤面してしまった。

 彼女も年を取るとこんな感じになるのかと思うと、感慨深かった。

 その時、いきなり鳩尾に肘が入った。

「何を顔を赤らめていますの、ライアン様。」


 見ると真っ赤になって怒っているスカーレットがそこにいた。

 何をそんなに怒っているのだろうか?

 逆に侯爵夫人は、急に嬉しそうな顔になると俺にお茶を勧めてきた。

 俺は勧められままにお茶に口をつける。

「ライアン様、言っておきますが、結婚なさるまで、娘と同衾なさるのは許可できませんわ。」

 俺は素直に頷いた。

 婚約を許可してくれて、なおかつ結婚も許してくれたのだ。

 これ以上、スカーレットに何かするつもりはない。


 逆にスカーレットは、母親のこの言葉に怒り狂った。

「いやです。」

「スカーレット、あなたは侯爵家の人間です。世間体を考えなさい。」

 母親の心配も当然だ。


 俺は頷くと席をたった。

「ライアン様?」

「今日は、この辺で俺は帰るよ、スカーレット。」

 俺は彼女の腰を抱こうとして、侯爵夫人に阻止された。

 そうだった。

 ここは侯爵家のサロンだ。

 俺は、苦笑いを浮かべて差し出された侯爵夫人の手にキスをすると、案内してくれた執事に促され、玄関に向かった。

 気が付くとスカーレットはメイドに阻止されたようで、侯爵夫人だけが俺を見送りに来た。

「ライアン様。あとで結婚式当日の打ち合わせをしに、そちらの屋敷に伺いますわ。」

 俺は侯爵夫人の申し出を素直に受けた。

 流石にパーティーとかになると俺ではお手上げだ。

 俺は婚約者スカーレットを彼女の生家である侯爵家に残して、自分の屋敷に戻った。


「お母様。どういうつもりですか?」

 スカーレットは、母親を睨みながら文句を言う。

「あら、なんのことかしら?」

「そのメガネは何ですの?それほど目が悪いとは聞いていませんわ。」

 スカーレットの指摘に侯爵夫人は、メガネをクイッと上げながらのたまった。

「まあ、寄る年波に勝てなくて、最近はよく見えないものだから、メガネをかけているだけよ。」

「うそよ。ライアン様がメガネ好きだって話を、どこからか聞いてきたからでしょう。でもぜったいにライアン様は渡さないわ。」

「まあ、何を言うの。あなたの誤解だわ。」

 侯爵夫人はにっこり笑いながら娘をサロンに残して、ウキウキしながら仕立屋が待つ部屋に向かった。

 娘が結婚するまでに半年以上ある。

 まだまだ私にもチャンスがあるはずだわ。

 それにしても、私がメガネを手で上げた瞬間に見せたライアン様の赤い顔、本当に素敵だったわ。

 必ず、結婚式までにライアン様を熟女の魅力で落として見せる。


 スカーレットは母親が去ったサロンのテーブルの前で誓った。

 結婚式まであと半年。

 何が何でもライアン様を守り抜いて見せる。

 絶対、お母様には渡さないわ。


 その頃、帰りの馬車の中で俺は急に悪寒を覚えた。

 かぜだろうか?

 気を付けなければ。


 俺は屋敷に着くと、結婚の許可を貰えたことを屋敷に古くから仕えている執事長とメイド長に告げた。

 二人は大変喜んでくれた。

 次に俺が半年後の結婚式に向けて、我が家に侯爵夫人が何度か結婚式の打ち合わせにくる話をすると、急に二人はアタフタし出した。

 そりゃ俺だって、侯爵夫人のような貴族にいろいろ言われる彼らの気持ちも、わからないでもない。

 俺が渋る二人を説き伏せていると、二人が何か呟いた。

「「ここまで、ニブイ方もいらっしゃらないでしょうね。侯爵夫人もお可哀想に!」」

 なぜか二人に憐みの目を向けられた。

 おい、その目はなんだ。

 俺はそう思ったが、それから半年間。

 侯爵夫人に毎日のように屋敷に訪ねて来られて、初めて俺は、二人のあの憐みの目の意味に気がついた。

 最後は、あまりの注文の数々に俺は死にそうになった。

 これは娘を嫁にやりたくない侯爵夫人の嫌がらせだな。

 俺が執事長にそう呟くとやつは何も言わず、俺にワインを勧めた。

 しかたないか、確かに俺に娘がいて自分と年の変わらないやつに嫁に出さねばならなくなれば、侯爵夫人のようにしたくなるだろう。

 俺はそう思って、半年間を堪えた。


 半年後、俺とスカーレットは俺の住んでいる屋敷で、侯爵夫人がた近親縁者だけを招いて、結婚式を挙げた。

 スカーレットは、輝くような美しさだった。

 半年間、待ったかいがある。

 

 見ると三男がスカーレットにお祝いを言っていた。

「よかったな、スカーレット。」

 スカーレットが輝くような笑顔で応えている。

 ちょっと妬いてしまいそうだ。

 俺はスッとスカーレットの腰を抱くと傍に寄せた。

 彼女は嬉しそうに俺を見ている。

 

 いつのまにか、傍に侯爵夫人が来ていて、三男のブライアンに文句を言っていた。

「あなたが不甲斐無いから、スカーレットがライアン様と結婚なさったじゃないのよ。」

「いや、俺もう関係ないし。」

 ブライアンは隣にいたメイを伴なって、そそくさと逃げて行った。


 すまん、ブライアン。

 今日は俺の為に侯爵夫人に八つ当たりされてくれ。

 俺は心の中でそう、ブライアンに謝った。


 スカーレットは、結婚式前日に母親から宣戦布告されていた。

 結婚出来たからって、私は諦めませんからね。

 まだまだライアン様との不倫のチャンスは、いくらでもあるんですから。

「お母様、普通、結婚式前日に、娘の夫を不倫相手にするという母親はいませんわ。」

 スカーレットは母親を睨みつけた。

「まあ、気にしなくていいわ。もし、あなたたちに子供が生まれなかったら、ライアン様に侯爵家の婿に来てもらう約束は、取り付けてありますから。そうなれば、チャンスは今の倍以上ですわ。」

 侯爵夫人は高らかに笑うと娘の前を去って行った。


 我が母恐るべし。

 必ず早い内に妊娠して、母の野望を打ち砕いて見せる。

 スカーレットは拳を握って、固く心に誓った。


 ちなみに、一年後、見事に、母親の野望を打ち砕いて、長男を出産したスカーレットの姿がそこにあった。

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