第3話「ほどけゆく冷たい糸」
丸い木彫りのテーブルには、ルカのこれまでの人生で見たこともないような品々が並べられていた。
焼きたての丸いパンからは、ふんわりと小麦の甘い匂いが立ち上っている。陶器の深い皿に注がれたスープは琥珀色に澄み渡り、細かく刻まれた野菜が湯気とともに柔らかな香りを漂わせていた。傍らには、朝露をまとった瑞々しい果実が無造作に盛られている。
ルカは椅子の背もたれに体を硬く押し付けたまま、目の前の光景をただ呆然と見つめていた。両手は膝の上でぎゅっと握りしめられ、微かに震えている。
レオンのアルファの香りが室内に満ちている。ルカの緊張をなだめるように、その香りは少し甘さを増していた。それでも、ルカは食事に手を伸ばすことができなかった。
村にいた頃、ルカに与えられるのは、硬く干からびた芋の切れ端か、家畜の残飯を煮込んだ泥のような粥だけだった。美味しい食べ物は、ベータの村人たちだけのものだ。オメガである自分がこんなものを口にすれば、後でどれほど恐ろしい罰を受けるか分からない。
『僕を試しているのかもしれない』
疑念が黒い染みのように頭の中を広がる。いつ怒鳴り声が飛んでくるかと怯え、ルカは身をすくめて床に視線を落とした。
「毒など入っていない」
頭上から降ってきたレオンの声は、驚くほど穏やかだった。ルカが恐る恐る顔を上げると、レオンはテーブルの向かい側に座り、大きな手で木製のスプーンを取り上げていた。彼は自らスープを一口飲み込み、安全であることを示すようにルカへ視線を向ける。
黄金色の瞳には、冷酷さや嘲笑の欠片も見当たらない。ただ、ひたすらに深い静けさがあった。
「温かいうちに食べてほしい。君の体は、まだ芯から冷え切っている」
その言葉に背中を押されるように、ルカは震える指先でスプーンを握った。銀色の金属は滑らかで、持ち手の部分には細かな草花の模様が彫り込まれている。
スープをすくい、ゆっくりと唇へ運ぶ。舌先に触れた瞬間、まろやかな塩気と野菜の甘みが口いっぱいに広がった。温かい液体が喉を通り、空っぽだった胃の腑へとゆっくりと落ちていく。途端に、冷え切っていた体の内側から、じんわりと小さな熱が生まれ始めた。
あまりの美味しさに、ルカの目から不意に大粒の涙がこぼれ落ちた。拭う余裕もなく、次々と頬を伝ってテーブルにシミを作っていく。
声を殺して泣くルカを、レオンは黙って見守っていた。無理に慰めることも、理由を問い詰めることもせず、ただアルファの優しい香りで部屋を満たし続ける。その心地よい静寂の中で、ルカの心に固く巻きついていた冷たい恐怖の糸が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。




