第3章 本文
フィクションです、と言いました。
安心して読み進められるように。
これは作り物で、嘘で、現実とは無関係だと。
けれど、本当にそうでしょうか?
ページをめくるたびに、
見覚えのある言葉が、あったのではありませんか?
たとえば、
あの街の名前。
あのときの景色。
あの人の口癖。
思い出したくなかった、あの夜のにおい。
それは偶然?
あるいは、記憶の錯覚?
それとも、物語があなたの“中”から始まっていたから?
フィクションだと信じていた。
そう信じて読んできた。
けれど、気づいてしまったはずだ。
この物語には、あなたが知っている誰かがいたことに。
名前は伏せた。
顔も描かなかった。
年齢も、性別も、過去も、語っていない。
それなのに、あなたには“それ”が誰かわかってしまった。
なぜだろう?
なぜ、知っていたのだろう?
──思い出して。
あなたが初めてこの本を開いたとき、
ページの隙間から、ふっと匂いがしなかっただろうか。
懐かしいような、苦いような、
それでいて今この瞬間にしかありえないような香りが。
思い出せるはずがない記憶が、
言葉より先に脳の底をざわつかせていた。
あなたは、それを「既視感」と名付けて、片づけた。
でも違う。
それは、記憶の原文だ。
まだ物語に書かれる前の、
生まれたままのあなたの“なにか”。
フィクションは、
あなたの中にある“何か”を写して、ただ別の順番に並べ直しただけ。
だからこそ、
あなたはこの本の中で、見覚えのある人に出会ってしまった。
それは、忘れたはずの誰か。
もしかしたら、あなた自身だったのかもしれない。
フィクションとは、
嘘ではない。
ただ、まだ現実になっていない“あなたの物語”の、先回り。
そしていま、あなたが読んでいるこの章もまた、
そう――現実に追いつくために生まれた、ひとつの影にすぎない。
でも大丈夫。
あなたは、知っていたでしょう?
この本のどこかで、必ず自分と出会うことを。




