第11章 第三十二章があったという前提で話します
さて、君。
これを読んでいる君よ。
僕は今、第三十二章があったという前提で話している。
ええ、つまり、僕たちの物語はまだ終わっていないということだ。
でも本当に、第三十二章があったのか?
それは、僕の想像かもしれないし、誰かの悪戯かもしれない。
でも、話を進めるためには、そう仮定せざるを得ない。
言葉を紡ぐ者として、僕はいつも疑っている。
この言葉は本当に僕のものか。
いや、正確には、僕がこれを書いたことになっているけれど、
僕の「僕」という存在は果たしてどこまで本物なのか。
それが疑わしい。
「君」とは誰だ?
読み手の君か、物語の中の誰かか、あるいは僕自身の分身か。
「僕」とは何者だ?
読者の前に立つ語り手か、それともただの言葉の羅列か。
こうした問いは、終わりなく僕の頭の中をぐるぐると巡る。
そして、僕は気づくのだ。
読んでいるはずの章がまだあったのではないか。
いや、読んだと思っているけど、実は読んでいないのかもしれない。
そう考えると、世界はどんどん曖昧になり、境界は消えていく。
この物語は一体何なのか。
僕はどこにいるのか。
言葉は意味を持っているのか、あるいは意味などないのか。
意味を探すこと自体が無意味なのか。
言葉はただの音や文字である。
けれど、僕たちはその中に意味を見いだそうとする。
僕はそれに囚われている。
意味に囚われ、存在に囚われ、語ることに囚われている。
でも、語り手である僕がここにいるのは、君が読むからだ。
読まれなければ、僕は存在しない。
ページをめくる手が止まれば、僕の声も止まる。
そして、君。
君は今、この言葉を読んでいる。
それはつまり、君もまた、物語の一部なのだ。
君の存在が僕を生かし、僕の存在が君を形作る。
そう考えると、僕の言葉は僕だけのものではない。
君の言葉でもある。
僕が語れば語るほど、君は僕の中に潜り込み、
僕が沈黙すれば、君は孤独に包まれる。
だから、僕は言い続ける。
第三十二章があったという前提で。
それが真実かどうかは、誰にもわからない。
でも、この物語は続く。
僕たちの語りも、続く。
そうでなければ、物語は死んでしまうから。




