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【番外編】公爵令嬢の話

本編で出てきたエセルバートの従兄弟「幸せになれる蛸壺」を抱えた「天才だが変人」の侯爵嫡男の婚約者、公爵令嬢の話。一人語りです。

 その方は、沢山のご友人に囲まれて笑っていらっしゃいましたが、私にはひどく寂しそうに見えました。ええ、お顔は確かに笑っていらっしゃいます。でも、なんて申したらよいのか、上手く申せませんが、とにかく深い孤独に苛まれているように思われたのです。


 私の父は公爵でしたが、大使をしておりましたので、私は外国暮らしが長うございました。生まれて半年もたたないうちに、母に連れられて、父の赴任先の外国に参ったのです。それから、あちらの国、こちらの国、と父の赴任に付いて参りました。時に、この国で暮らすこともありましたが、そのほとんどを外国で過ごしていたのです。

 私が年頃になり、そろそろお相手を決めなくてはならないのと、領地を管理してくれていた叔父が体を壊したこともあり、それで、この国に帰って参りました。

 この国に帰って、貴族の子弟が通う学園に私も通うことになりました。しかし、今迄、外国で暮らしておりましたので、友人と呼べる方もなく、また、2年次からの編入です。既に女の子同士のグループは出来上がっておりました。

 普通の学生なら、どこのグループにも入れず、一人で過ごすしかなかったでしょう。しかし、私の父は王宮で影響力のある公爵、母は国王の妹でしたので、声をかけてくれる方は大勢いました。中には本当に私と親交を深めたいと思ってくださる方もいましたが、ほとんどの方は私の家目当てでした。

 幸いなことになのか、悲しいことになのか、小さい頃から父に連れられ外交の場に出ていた私はその方の本心を見抜く事が得意でした。ですから、すぐに家目当てなのがわかったのです。ですので、どなたとも深く関わることができず、多くの時間を一人で過ごすしかありませんでした。


 そんなある日の昼食後、私は先日見つけた学園の北の庭のベンチに腰掛けて、独り、本を読んでおりました。そのベンチは木立の側にあり、森の中にいるような雰囲気が味わえるのです。そこで読む本はそれは楽しいものでした。

 そこへ、先日お見かけしたその方がこちらへ歩いて来られるのが見えました。いつも彼の周りにいるご友人の姿はなく、お一人でした。その方はベンチに座っている私の姿を見ると、驚かれたご様子でした。そして、戸惑っていらっしゃるようでした。

 その様子を見て私は「ああ、ここはいつもこの方がお使いなのだ」とわかりました。そこで、席を返すために立ち上がろうとしたところ、その方は身振りでその必要はないと示されました。

 私はそれならば、とベンチの端に移動しました。反対の端にその方がお掛けになればよいと思ったのです。未婚の男女が同じベンチに座るなど、この国ではとてもはしたない行為ではありますが、この場所にベンチは一つしかございません。許されるのでは?と考えたのです。私が外国暮らしが長かったことも影響したのかも知れません。国によっては、未婚の男女であっても、一緒に外出するのが当たり前と考えられていましたから。

 その方は、しばらく思案なさったあと、反対の端にお掛けになりました。

 お掛けになった後、私との間にお持ちになっていた壺を置かれたのです。これは、仕切り、衝立の代わりなのでしょう。これがあることで、私達は何の関係も無く、偶々同じベンチに座っているだけ、ということになります。「随分と機転のきく方だな」と思ったのです。ちょっとしたことですが、それが思いつかない方も多うございます。私はその方に興味が湧きました。


 昼休憩が終わり、私は「あの蛸壺を持った方はどなたなのか」と級友に尋ねました。その反応は、好意的なものとそうでないものとの2種類ありましたが、皆の答えは「天才だが変人。言っていることは支離滅裂でよくわからない」と同じでした。確かに、蛸壺を抱えて歩かれるなど、変わっています。しかし、同じベンチに座るのを躊躇したり、間に障壁を作るなど、常識的な方とお見受けしました。同じベンチに座る場合、これ幸いとすぐ隣に来られる方もいるのです。

 それから、毎日のように、そのベンチに参りました。その方は私の姿を見るたびに困った顔をなさり、思案の後、ベンチの反対の端に腰掛けられるのでした。しかし、次第に当然のようにベンチの端にかけられるようになりました。

 その方は腰掛けられると、すぐに、目を閉じて何かを考え始められます。話しかけたいのですが、それを邪魔するのも忍びなく、話しかけられないままでした。しかし、話しかけられなくとも、その方と一緒のベンチにすわっているだけで、楽しい気持ちになるのでした。

 ある日、予鈴がなりましたので席を立ったところ、突然その方が目の前に立たれたのです。その方はしばらく何かを逡巡したあと、唐突に「カモミールとタイムをブレンドしたハーブティーを飲むといい」とだけ言って、校舎の方へ行ってしまわれました。

 どうなさったのでしょう?そのようなことは、今迄一度もありません。私は何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?それにしては「ハーブティーを飲むように」というのはわかりません。

 その夜、私は熱を出しました。喉も痛く、咳も出ます。どうやら風邪をひいてしまったようです。翌々日には熱も下がり症状も治ったのですが、大事をとって、一週間、学園をお休みしました。

 昼休憩にあのベンチに行くと、あの方は既に座っておられました。私の顔を見るなり「風邪は良くなったのか」尋ねられます。どうして、私が風邪を引いたのがおわかりになったのでしょう。不思議に思った私は尋ねました。確かに、お答えは支離滅裂に思えました。が、根気よく聞いていると、その方が「ハーブティーを飲むように」と言った理由もわかりました。

 確かにその方は天才でした。私達が、問題Aから解答Bを導き出す場合、過程1から過程2に行き、と繰り返して解答Bを導き出します。彼の場合もそれは一緒でした。しかし、私達がひとつひとつやるのに対し、その方はこの過程を意識せずに瞬時にできるのです。意識せずにやるから、人にうまく説明できないだけでした。過程を言わず結果だけを言うため、唐突で支離滅裂な印象を持たれるのでしょう。

 説明を終えたその方は「話を聞いてくれてありがとう」と言い、校舎の方へ歩いて行かれました。お礼を言うのは私の方です。ハーブティーを飲むように勧めてくださったり、お話がなかなか理解できない私に根気強く説明してくださったり。


 翌日から私達は、いろいろお喋りをしました。彼は本当に博識でした。そして、聞き上手でした。

 私は思い切って、何故蛸壺をいつも抱えているのか聞いてみました。「これはお師様からいただいた幸せになれる蛸壺だ」とのことでした。そして、3ヶ月毎の更新と言うことも教えてくれました。何故、蛸壺?と思ったのですが、外国暮らしが長い私は色々な物を信心する人がいることを知っていました。なので、そうなのだろうと受け止めました。もちろん、騙されている可能性を考えなかったわけではありません。密かに家の者を使って調べさせました。が怪しいことはありませんでした。報告してきた者は「むしろ、もっとお金を取って良いと思います」と言っていました。

 昼休憩の彼とのお喋り。私はこの時間が、彼が大好きでした。


 ある日の夕食時、父が私の婚約者に考えている人がいると話しました。その方は由緒ある伯爵家のご次男で、我家とは遠縁にあたりました。何度かお会いしたことがありますが、私はその伯爵子息にあまり良い印象を持っていませんでした。しかし、貴族の結婚とは家と家の結び付き。個人の感情より家の利益が優先されます。私に選択権はありません。一週間後に私と伯爵子息は顔合わせをしました。もちろん、婚約はもう少し両人の様子を見て、と言うことになっていました。

 翌日より、伯爵子息は、もう、婚約者気取りでした。気安く私の名前を呼び捨てます。私は不快な気持ちでいっぱいでした。しかも、取り巻きに男子学生のみならず、女子学生まで連れています。しかし、家のためには我慢しなくてはなりません。昼休憩の彼とのお喋りだけが私の慰めでした。

 その日の昼休憩、いつものベンチに行くと、彼ではなく、伯爵子息がいました。伯爵子息は

「へ〜、ここで男と会っているってのは本当だったんだ。とんだ令嬢もいたもんだ」

と言い、下卑た笑いを浮かべ、私の手を掴みました。私は振り解こうとしましたが、所詮、女の力。どうにもなりません。周りの取り巻き達もニヤニヤ下卑た笑いを浮かべています。

「ちょうど、ベンチもあるしな」

私はどうなってしまうのでしょう!

 その時、ガヤガヤとそれなりの人数の人の声が聞こえました。見ると、彼でした。彼が大勢の友人とこの場所に来てくれたのです!伯爵子息は私の腕を掴んでいることを騎士団団長の子息に咎められ、離すしかありませんでした。

 今迄、この場所に彼が友人を連れて来たことはありません。私が尋ねると

「急にこいつが、ついてきてくれって言うんだ。今迄、昼休憩は一人にしろって言ってたのに」

と、彼の友人が答えました。きっと、私や伯爵子息の様子からこのことを予測して、助けに来てくれたのでしょう。

 彼が私にハンカチを差し出しました。どうやら私は泣いているようでした。私は彼に好きな人がいるので、伯爵子息とは結婚したくないことを打ち明けました。彼は両親に正直に話すよういい、「これはお師様からいただいた幸せになれる蛸壺だ。これが貴女が幸せになれるように勇気をくれる」と大事に持っていた蛸壺を私に持たせました。

 両親は私が泣きながら蛸壺を抱えて帰ったので驚きました。私は「伯爵子息が嫌いなこと」「好きな人がいること」「学園での伯爵子息の振る舞い」「今日あった出来事」などを話しました。父は私に「辛い思いをさせて済まなかった」と言い、母も「貴女の気持ちを考えずに申し訳なかった」と言ってくれました。そして、何をどうやったのか、侯爵嫡男の彼を、私の婿養子に迎えることにしてくれたのです。


 それから、婚約者が突然「前世の記憶がある」と言い出したりしましたが、それはまた、別の機会にでも。

 だって、今日は朝から忙しいのです。何しろ、今日は、待ちに待った、私と婚約者との結婚式なのですから。


いかがでしたでしょうか?機会があれば、他の人物の話も書いてみたいと思っています。

お時間がありましたら、お付き合いください。

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