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【番外編】侯爵嫡男の話

本編で出てきたエセルバートの従兄弟、「幸せになれる蛸壺」を抱えた「天才だが変人」の侯爵嫡男の一人語りです。

 小さい頃から、人と話すのが苦手だった。みんな、私の話すことを理解してくれない。私が話すことはよくわからない、支離滅裂だと言う。どうしてそうなるのかわからない、とも言われた。こんな自明の事が何故わからないのか、わからない。

 いつしか私は、人と話すことを諦めた。


 両親はさぞかし、落胆しているだろう。せっかく生まれた長男が「変人」と呼ばれ、話すことは理解不能、支離滅裂、と言われているのだから。幸い私には弟が二人、妹が一人いる。一応、私が嫡男となっているが、この侯爵家はどちらかの弟が継げば良いし、弟がダメなら、妹に婿養子を迎えて継がせてもいい。遠い国の商家では、ワザと息子ではなく、娘に婿養子を取って家を継がせるという。息子は選べないが、婿は選べるからだそうだ。

 しかし、嫡男であると言うだけで、いろいろな女性が寄ってくる。彼女達は愛想笑いを浮かべて私の話を聞いている振りをする。そして陰で「あの変人、何を言っているのかさっぱりわからないわ」と笑うのだ。

 ある日、私は「女にモテるメガネ」と言う広告を見つけた。別に「女にモテ」たいわけではない。私の地位目当ての女性には「モテ」ている。このメガネをしたって、私の前では私の話を興味深く聞く振りをしながら、陰では舌を出す女性が寄って来るだけだろう。ただの興味本位だった。

 しかし、侍従のジョンは慌てた。そして何故か蛸壺を持ってきた。「幸せになれる蛸壺」だと言う。何故、蛸壺で幸せになれるのか?私をバカにしているのか?私はジョンを問い詰めた。これは徳の高い聖人から譲って貰った物で、価格が安いのは、ジョンの知り合いのためなのと、営利を目的としていない為だと言う。嘘くさい。私はその聖人とやらに会ってみることにした。

 ジョンが連れて来たのは髪も髭も白い老人だった。はて、この男性、確かジョンの武術の師匠だったのでは?騙されたと思って話を聞いてみた。世の中には強さだけを求める人間がいるが、彼は違った。自分とは何かを探究する一手段として武術をしているらしい。話も興味深かった。私は騙されてみることにした。愚直に幸せになれる蛸壺を信じることにしたのである。


 学園に入学した。別にしたくなかったが、私に友人がいないことを心配する父に入れられた。みんな蛸壺を抱えている私に近寄って来ない。当然だろう。近寄って来ても「話がわからない」と言われるだけだ。従兄弟が「学園にまで、抱えて来るのか?」と言うので、肌身離さず持つようにしている、と答えた。

 ある日、級友が私の持っている「幸せになれる蛸壺」に小銭を入れた。喜捨だと言う。これは「幸せになれる蛸壺」。それから、毎日のように誰かが喜捨していった。かなり溜まったので、どうするか悩んでいると、最初に喜捨した級友が「孤児院に寄付すれば良い」と言う。結構な額のようで、少しは孤児院も助かるだろう。確かに「幸せになれる蛸壺」だ。そうして、私の周りにはいつも友人がいるようになった。


 友人といると確かに楽しかったが、誰も私の話を理解してくれなかった。私は昼休憩だけは一人でいることにしていた。一人静かに考え事をしたかったのである。場所は学園の北の庭のベンチ。そのベンチは人通りの少ない木立の側にあり、森の中にいるような雰囲気が味わえるので、思索するのにちょうど良かったのである。

 そんなある日、私のベンチに一人の令嬢が座って本を読んでいた。多分、友人が話していた外国から帰ってきた公爵令嬢の転入生だろう。これは困った。学園が設置したベンチ。私の場所なので退いてくれとも言えない。しかし、ここ以外のベンチは皆が騒いでうるさい。今日は諦めよう。

 そう思っていると、令嬢が立ち上がりかけた。私に譲るつもりなのだろう。私はその必要は無いと、態度で示した。令嬢は少し考えた後、ベンチの端に座り直した。反対側に座れと言うことか。しかし、学園に設置してあるベンチとは言え、未婚の男女、令嬢の評判に傷はつかないのだろうか?しかし、そんなことを気にするくらいなら、最初から端に寄ったりしないはず。外国帰りなので、感覚が違うのだろうか?令嬢はずっと此方を見ている。座らないのも厚意を無にしたようで気になる。

 考えた末、私はベンチの反対側に座り、間に持っていた蛸壺を置いた。これで私達は何の関係も無く、偶々同じベンチに座っているだけ、ということになるのではないか、と思ったからである。

 次の日も令嬢はいた。どうしようか迷った末に、反対側の端に座った。その次の日もその次の日も、令嬢はいた。いつしか、それが当たり前になった。私は昼休憩が待ち遠しくなった。

 ある日、私は令嬢の雰囲気がいつもと違う事に気づいた。雰囲気と言っていいかわからないが、とにかく、いつもと様子が違うのである。ああ、これは風邪の極初期だと気づいたが、令嬢に言うべきか、どうか悩んだ。しかし、予鈴が鳴って令嬢が立ち上がった時、私の体は令嬢の、前に立っていたのである。

 令嬢は非常に驚いた顔をした。それはそうだろう。いきなり、男に道を塞がれたのだ。私は、風邪の症状を緩和するために、ハーブティーを飲むようにと言って校舎に戻った。

 令嬢は翌日、来なかった。その翌日も。一週間、来ていない。そんなに酷い風邪だったのだろうか。もしかして、肺炎になってしまったのだろうか。ハーブティーではなく、医者を勧めるべきだったのでは?とグルグルと考えが回っていた。

 考えが回っていると、令嬢が来たので、思わず、風邪は良くなったのか、聞いてしまった。令嬢は非常に驚いて「何故、風邪をひいていたのがわかったのか」と聞いてきたので、説明をした。しかし、私の説明はよくわからなかったようだった。また、いつものように「お前の話はわからない、支離滅裂だ」と言われるのだろうか?令嬢に呆れられてしまい、もう、この場所に来て貰えないのではないか、と非常に暗い気持ちになった。

 しかし、令嬢は「申し訳ありません。よくわからなかったので、もう一度、説明していただけませんか?」と言った。そして、令嬢の質問にひとつずつ答えていった。

 こんなに私の話を聞いてくれた人はお師様以外では令嬢が初めてだった。私は、話を聞いてくれた礼を言い、校舎に戻った。もしかしたら、令嬢は明日から来ないかもしれない。最後だと思って聞いてくれただけかも、と思ったが、それでも、最後に令嬢とたくさん話せて嬉しかった。

 

 翌日、暗い気持ちでベンチに行った。行かないという選択肢もあったが、行かずにはいられなかったのである。令嬢がいなくてもいいじゃないか。以前の状態に戻るだけだ。これでベンチを独り占めできるじゃないか。そう、自分に言い聞かせながら。

 ベンチには令嬢がいた!私は非常に嬉しくなった。

 それから毎日、彼女と話をした。彼女は大使である父親について外国を回ってきただけあり、いろいろな事を知っていた。本で得た知識しかない私には、彼女の話は興味深く、面白いものだった。

 昼休憩に彼女と話すこと。私はこの時間が、彼女のことが何より大切だった。


 ある日、彼女が非常に沈んでいた。多分、婚約のことだろう。学園の噂に疎い私にも、彼女が婚約したことは伝わってきた。何しろ、相手の男が言いふらしていたからである。相手の男は由緒ある伯爵家の次男だった。兄は優秀だったが、この次男はあまり褒められた人物ではなかった。身分を鼻にかけ、常に取り巻きを連れていた。同性だけでなく、異性の取り巻きも。噂に疎い私がいくつも醜聞を知っているくらいである。相当、酷いのだろう。彼女も婚約の話は一切しなかった。嬉しければするはずである。しないと言うことは、望んでいないのだろう。誰があんな男と結婚したいと思うだろう。

 しかし、貴族の結婚とは家と家の結び付き。個人の感情より家の利益が優先される。彼女には選択権はない。私が次男ならまだしも、変人と言われていても私は嫡男、家の後継である。一人娘の彼女とは結婚できない。私にはどうすることもできない。いっそ、両親に廃嫡をお願いしようか。しかし、廃嫡された男なぞ、公爵家の婿になどなれるわけもない。第一、彼女は私との結婚は望んでないかも知れないではないか。私にはどうすることも出来なかった。

 婚約者がいる今、私と学園のベンチとはいえ、一緒にいることは、彼女の醜聞となり得る。もう、会ってはいけない。もう、あのベンチに行ってはいけない、そう思いながらも、行くことがやめられなかった。行っても、彼女の為に何かできるわけでもない。ただ、毎日、彼女の話を聞くことしか出来なかった。私が一番幸せになって欲しい人が幸せになれないなんて、この「幸せになれる蛸壺」は何のためにあるのだろう!


 そんなある日、私は件の伯爵子息が取り巻きと何やら話しているのを見た。何を話しているのかは聞こえないが、ニヤニヤと下卑た笑いをしている。取り巻きもだ。最近、私や彼女の周りをコソコソと彷徨き回っているのは気付いていた。あの、二人のベンチに取り巻きがコッソリ来ていたことも。そいつらは私を見ると、ニヤニヤして解散した。

 昼休憩、いつものベンチに行こうとすると、取り巻きの一人に呼び止められた。私は何が起きているか理解した。すぐに友人に同行をお願いし、ベンチに急いだ。途中、騎士団団長の子息が宿題を教えて欲しいと話しかけて来たので、教えて欲しければ一緒に来るように言った。

 ベンチで彼女は伯爵子息に腕を掴まれていた。振り解こうとしている。それを見た騎士団団長の子息が、すぐさま伯爵子息を拘束した。

 解放された彼女に何故、友人を連れて来たのかを聞かれた。私が答えるより先に友人が答えてしまった。

 彼女が泣いていたのでハンカチを差し出すと、彼女は「好きな人がいるので、伯爵子息とは結婚したくない」と言った。私は彼女が助かったというのに、暗い気持ちになった。彼女には好きな人がいる。でも、それは私ではない。私なら、目の前にいるので、私だと言うはずだから!

 せめて彼女が好きな人と結婚できるよう応援するべきではないか。そう考え、彼女に、両親に正直に話すよういった。お師様からいただいた「幸せになれる蛸壺」を渡した。私はこの蛸壺に随分助けられた。友人が出来たのも、蛸壺がきっかけだ。きっと、彼女も幸せにしてくれるに違いない!


 あの件がきっかけとなって、伯爵子息のいろいろな悪事が明るみに出た。伯爵子息は退学になった。噂では、領地の屋敷に一生、軟禁されるらしい。

 私はあのベンチには行かなかった。きっと、彼女も行ってないだろう。あんな目にあった場所に行きたいと思う人間はいないはず。私は彼女と話す手段を失った。彼女とはクラスが違うし、訪ねていくほど親しいわけでもない。それに彼女は、いずれ公爵令嬢という地位に相応しい男と結婚するだろう。変人の男など、そばにいない方が良いに決まっている。


 ある日、部屋にいると慌てたジョンが部屋に来た。この男がこんなに慌てるなんて珍しい。私が「女にモテるメガネ」を購入しようとした時以来か?ジョンに連れられて応接室に行くと、見知らぬ夫婦がいた。夫婦の向かい側に座っている両親が面白いくらい畏まっている。

 夫婦が名乗った名前に驚き、話した内容にさらに驚いた。

「是非、ウチの娘と結婚してもらいたい。知っての通り、ウチは一人娘だが、君になら、嫁に出してもいいと思っている」

その後の公爵夫妻と両親、私の話し合いで、私が後目を弟に譲り、公爵家に婿養子に入る事になった。

「娘が好きな人と結婚できるだけでも幸せなのに、お相手はこんな立派な青年で、さらに婿養子に来て貰えるとは!」

と公爵は泣いていた。


 その後、私が前世を思い出したりなどあったが、それはまた、別の機会に。

 私は今から出かけねばならないのだ。この「幸せになれる蛸壺」をお師様に返しに行くのだ。これは私には必要ない。何故なら、私はもう、十分に幸せなのだから。

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